第29話 この世界の黒い閃光だ




「主よ、立てますか!?」


「あ、え、はい!」


 ピノー=クル・フォーチェと名乗った黒猫に応えるため、俺は立ち上がる。状況としては、黒猫と俺対ハンティングウルフ構図になった。


 コスケたちは俺が逃げ回っている内に、無事逃げ切っただろう。あとは俺が生き残ればそれで良い。


 なんだか知らんが、俺の味方として黒猫も現れてくれたし、もしかしたら俺の天敵にも勝てるんじゃないか?


「ピノーで良いか? これを飲んでみろ」


「これは…、強化ポーションと言うやつですな!」


「そう。力が漲るゾイ」


 インベントリから、先日ルナにも渡したポーションをピノーにも手渡す。ノータイムで飲み始めたので、ガチで俺の味方なんだなとここで改めて確認できた。


「流石は我が主。これはとてつもない効果です…!」


 ピノーはそう言うと、レイピアを構えてハンティングウルフに突撃していく。


 ピノーとモンスターの身体差は、軽く見積もっても10倍近くある。それでも臆さず突き進む姿からは、歴戦の猛者から感じられる頼もしさがあった。


『バァウッ!!』


「遅い…!」


 ピノーはハンティングウルフによる、前足での薙ぎ払い攻撃を余裕で回避すると、顔面に向けてレイピアを突き出した。


「【聖印・黒奏螺剣こくそうらけん】!」


 ピノーのレイピアが黒いエフェクトで覆われ、突き出された瞬間に、黒い光となって撃ち出された。


 突き攻撃に分類されるそれは、ハンティングウルフの脳天に直撃したかと思えば、首ごと吹き飛ばしてしまった。


「ええー…」


 防御性能が低いとはいえ、決して柔らかいわけではない。現に俺の攻撃では絶対にハンティングウルフに大きなダメージを与えられなかっただろう。


 そんなイレギュラーモンスターを吹き飛ばしたかと思えば、俺のバフを受けた攻撃では頭ごと消滅させてしまった。


「討伐を完了した」


 ピノーの言う通り、イレギュラーアラートは消え、嫌でも目につくイレギュラー発生の表示も消えてなくなった。


 黒い光なんて夏目〇石でしか聞いたことなかったが、まさかRSFで実際に経験することになるとは思わなかった…。


 まああっちは絶望的状況下だったろうが、今の俺はその真逆だな。


「改めて、拙者は元ケット・シー騎士団ブラックテイルズ副団長、ピノー=クル・フォーチェ。受けたご恩を返しに馳せ参じました」


「ごめん心当たりがー…」


 いや、怪我した黒猫を治療した事があったな。


 バルクハムに頼まれ、ファウード家へソファを受け取りに行った際、出血した黒猫の治療をしたのだが、もしかしてその黒猫か?


「ファウード家の中庭で倒れてたネコ?」


「はい! 貴方様は命の恩人でございます。あの時のご恩は忘れません。恩を返すため、騎士団を辞めてここまで来たのです。貴方様を新たな主として、生涯主の剣として生きていくことを誓いましょう!」


 なるほどよく分かった。


 これはあれだ。


「なんかイベント始まってんな、これ」


 正直言ってピノーが仲間に加わってくれるのは死ぬほど嬉しい。戦闘力の無い俺一人では、攻略の難しいエリアが多いからだ。しかもハンティングウルフみたいな俺の天敵に対する一つの答えになってくれる。


 ただここでユニーククエストと捉えられるイベントに参加してしまうと、闇医者をし難くなってしまうかもしれない。


「……まあ、参加しないわけないんだけど」


 確かに闇医者をしたいがために始めたゲームだったが、今ではすっかりRSFの虜になってしまった。


 ゲームが楽しい。それで良いじゃないの。


「そうか、俺の名前はヨル=フクロウ」


 それに、闇医者ムーブとユニーククエストの同時進行をしてこそのゲーマーだろ!


 インベントリからフクロウの仮面と黒い白衣を取り出し、仰々しく装備する。


 変身のムードを作るため、暗い灰色にエフェクトを設定した治療スキルを展開し、マントのように黒い白衣を翻す。


「仮面をつけている時はフクロウ、そうでない時はヨルと呼べ。俺は命の管理人であり、闇に生きる医師。この世界を駆け抜ける黒い閃光だ」


「は…っ!」


 決まったぁ……。


 ピノーは跪き、深々と頭を下げている。


 声質的に性別は男だろうか。背丈は俺の腰くらいで、バルクハムと比較しても小ささが目立つ。


 足には黒い長靴を履いており、赤いマントを身につけている。腰にはレイピアを引っ提げており、綺麗な装飾が持ち手の技量を表しているようだ。


「顔を上げろ。お前は俺の剣となるのだからな」


「ありがたきお言葉!」


 ケット・シー騎士団って言ってたか?


 ケット・シーって言えばアイルランドだったか、どっかの国の伝承に出てくる妖精だったはず。


 あ、この子がバルクハムの言ってた妖精種ってやつか! たしか精霊を祖先に持つ種族で、人前には滅多に出てこないなんて言ってたが、珍しいんかなこの子。


「そう言えばフクロウ殿、精霊様に呼ばれ、こちらに向かう際––」


 精霊様に呼ばれって…、もしかしてコスケの精霊スキルがピノーを呼んでくれたのか?


 マヂ感謝なんですけど。


 これには心の中のギャルも出てきますわ。


「––フクロウ殿?」


「ああすまん。それで?」


「こちらに向かう途中、ウルフに襲われたのか、怪我をした探索者を数名見かけたのですが、今ではもう手遅れなのですかね…」


「……え、今すぐ向かうぞ!」


「は、はい!」


「案内しろピノー!」


「こちらです!」


 めっちゃ有能なんですけどこの子ぉ!!

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