第28話 どゆ意味〜?





 空に響き渡る咆哮は、始まりの草原全体に響き渡っているだろう。その咆哮の主はハンティングウルフ。


 全長5mほどの体躯に、灰色の体毛が全身を覆っている。それだけ聞くと、ただ体の大きい狼なのだが(それでも十分脅威)、特筆すべきは、狩りために進化した目と鼻、そして4本の足に付いている振動を感知する器官だ。


 感知能力も凄まじいが、ハンターとして、隠密にも優れており、灰色の体毛は隠蔽色となり、ぷにぷにの肉球がついた足は、ほとんど音を鳴らさない。


 ありとあらゆる感覚で獲物を感知し、絶対に逃さず狩りを遂行するハンティングウルフの名に相応しいモンスターだ。


 高すぎる感知能力ゆえに、不意打ちはほとんど効かず、攻撃する前に反撃されてしまう。


 その代わりに防御力は低いのだが、今ここにいるのは初心者のエルフと、戦闘スキルが不意打ち時限定デッドスピアのみの闇医者と、体当たりが得意なただの考察系プレイヤーだ、まず勝てるわけがない。


「煙幕使って逃げるとかは?」


「感知能力カンストモンスターなんだよ。煙幕プラス隠密スキルの俺十八番おはこムーブが効かなかった絶望感はもうゴリゴリなんだ」


 ハンティングウルフは、俺たち3人を誰一人逃さない気でいるのか、雑に飛び込んで来ずに、少しずつ距離を縮めてくる。


「すぅー…、コスケぇ」


「なに?」


「アイテム、特に何も持ってないよね?」


「え、うん。…ちょっとまって嘘でしょ?」


「囮ぃ〜とかダメっすかね?」


「私も囮ならコスケだと思うわ」


「おいおい、初心者に優しくないなぁ。でも一番逃げ足速いのはヨルじゃんか」


「確かに…」


「ちょちょ、落ち着けって」


 醜い囮のなし付け合いに、ハンティングウルフは首を傾げている。このまま時間稼いでればルナが助けに来てくれるとかありませんか?


 なさそうですねぇ…。


「私が囮の案はないのね」


「瞬殺で囮になんねえだろ」


「うん、一瞬で食べられちゃうと思う」


「……知ってたもん」


 あーあ、ウイセが拗ねちゃった。でも事実だからしょうがないよね!


 ってそうこうしているうちにジリジリとハンティングウルフが迫って来ている。ガチのマジで絶対絶命ってやつではある。


「こうなったら唯一可能性のある精霊スキルを使ってみろ。何とかならないか?」


「試してみるよ」


 コスケは今一度精霊スキルを発動した。そのエフェクトに驚いたのか、ハンティングウルフが二、三歩後退したのを見て、僅かばかりの希望を見出す。


 再び現れた精霊は、先ほどよりも少し大きく感じられた。


「精霊さん、何とかしてくれない!?」


 コスケの声に反応したのか、精霊は一際強い輝きを放つと、木々の中へ真っ直ぐに帰っていった。


「……」


「……え、終わり?」


「精霊さぁん!?」


 膝から崩れ落ちるコスケとそれを慰めるウイセ。困惑しているのか、俺たちと精霊の向かった先を交互に見るハンティングウルフ。


 なんかもう逆に逃げられそうじゃね?


「あー、一応煙幕投げるから、3人一斉に別の方向に逃げるってのはどうよ」


「…一人は確実に死ぬ感じ?」


「もうしょうがなくないですかぁ!?」


 ハンティングウルフも吹っ切れたのか、もう迷いはないみたいだ。姿勢を低くし、いつでも噛み付いてきそうな姿勢をとっている。


「行くぞ!」


 煙幕を下に投げつけ、同時に別の方向へ走り出す。一応モンスターの視界は潰している。奴が頼りにするのは振動と匂いだけになっているはずだ。


「それでも逃げ切れないから天敵なんだよ」


 誰が追われているのかは煙幕が晴れてようやく分かる。トゥルワに一番近い道を走るのがウイセ。その次に近いのがコスケで、一番遠いのが俺なのだが、本当にコスケを狙っていて欲しい。


「煙幕が晴れるまで、3、2、1…」


 ゼロって事で後ろを確認すると、大きな口を開けたハンターが目前まで迫っていた。


「俺かよっ!?」


 ハンティングウルフの牙を寸前で避ける事には成功したが、その場で転がってしまう。すぐに起き上がり、木々を盾にしながら一刻も早くトゥルワに入らなければならない。


 小柄な事を生かし、木と木の間をすり抜けるように走っていくのだが、5mあるはずのハンティングウルフは、俺よりも速く駆け抜けてくる。


「この先行ったらもう障害物の無い草原エリアなんだが!?」


 罠を設置…、する時間はない。


 隠密は効かない。


 虫取り網じゃどうにもならない。


「え詰んでね…?」


 林エリアを抜け、草原エリアに飛び出ると、ハンティングウルフもほぼ同時に飛び出してきた。


 トゥルワは目と鼻の先なのに、最短距離上にデカ狼が居座りやがる。


「マジで、ツイてないな…」


 ハンティングウルフが大口を開けて、喰われてしまう一歩手前。デスペナを覚悟した時だった。


「【聖印・黒奏剣】!」


『ワグゥウッ!?』


 ハンティングウルフは、口を開けたまま吹き飛ばされ、大きく距離を離される。誰が助けてくれたのか、攻撃の飛んできた方向を確認すると、そこには長靴を履いた黒い猫が二足歩行で立っていた。


「元ブラックテイルズ副団長、ピノー=クル・フォーチェ。恩人の危機とあり、ここに参上した!」


『グルル…ッ!』


「野蛮な犬っころよ、我が剣のサビにしてくれる!」


 突如始まった剣を握るネコ対、5mの凶暴なイヌの闘い。俺個人としては何が何だか本当に分かっていない。


「主よ、見ていてくだされ!」


「どゆ意味〜?」








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