第24話 俺の唯一の戦闘スキル



「イリヒト様は何を警戒してるんですか?」


「警戒?」


「その腰の剣ですよ。装飾品なのかなあって思いもしたんですがね、なにせ戦闘でよく使い込まれたような剣ですから」


「はは、警戒などしていませんよ。第一、警戒するような人物を屋敷の中に入れるわけがないでしょう」


「ははは、その通りですね」


「えっと…?」


 俺とイリヒトとの会話に違和感を覚えたのか、ルナは不安そうに俺を見つめてくる。


「失礼します。ソファをお持ちしましたので、確認をお願いします」


「ご苦労」


 ジルさんが部屋に入って来たため、俺たちはさっさとソファを回収するだけで良いのだが…。


 俺の行動が裏目に出れば、不敬罪かなんかでルナごと捕まりそうなんだよなぁ。


「まあいいか…」


「なに?」


「イリヒト、お前人間じゃないな? そのは誰につけられたんだ?」


「え!?」


「ヨル様…?」


 立ち上がりながら、ナイフを構えてイリヒトを問い詰める。ルナは驚いた様子だが、俺の後に続いてくれた。


 対するイリヒトは肖像画の前から動こうとしない。このままシラを切られれば、俺たちはどうなるのだろうか。これはある種の賭けだな。


「……ふ、ふはははっ。そうか、私に気づくのか、ヒュームよ」


 ヒューム。俺の事を指しているということはヒューマンのことだろうか。突然変わった口調に意味深なセリフ。どうやら俺は賭け事に強いらしい。


「ならば消す他あるまい。他にも拠点に出来そうな場所の目安は付いているのでな」


 イリヒトが苦しそうに胸を掴んだかと思えば、背中が隆起し、翼が派手な服を引き破って現れた。体は一回り大きくなり、肌の色も黒く変色していき、額にはツノが伸びている。


「そんな、イリヒト様…」


「あれ、魔族ってやつじゃね?」


 こうなるなら魔族についてバルクハムからちゃんと聞いておけば良かった…!


「さあ足掻いてみろ、ヒューム!」


 イリヒトから強烈な殺気が飛ばされ、画面に武装制限の解除が報告される。この屋敷での一連の流れは、戦闘イベントだったわけだ。


「戦闘イベントで合ってますか!?」


「ああ、安心して武装しろ。戦闘スキルも使えるはずだ」


「…うわ、ホントだ」


「ジルさん、助けを呼んできてくれ。俺たちでコイツを食い止める」


「…かしこまりました」


 ジルさんは頷き、部屋を飛び出して行った。あんなに速く動けるなら最初からそうして欲しかったとは、あまり大きな声で言わないようにしよう。


 時間を稼ぐため、煙幕を床に叩きつけ、視界を遮断する。今回はルナもいるため、戦闘中の煙幕の使用は効果が薄そうだ。


 そうこうしている内に、ルナは剣をインベントリから装備し、胸当てを今着ている服の上から装着する。戦闘モードというやつだ。


 俺もするとしようか。


「ここには他にプレイヤーもいないしな」


 梟の仮面に黒い白衣。闇医者フクロウとして、俺もこのイベントに参加せざるを得まい!


「それにしても、何で彼が魔族だとわかったんですか?」


「診察スキルの応用だよ」


 ネコの名前を言えなかった時点で俺は診察スキルでイリヒトの


 診察スキルで得られる情報は、HPの量と状態異常、そして怪我の位置と言ったものなのだが、イリヒトの状態異常欄には、初めて見る『浄化』というものがあり、わずかにHPも減っていたのだ。


「それに、HPの総量がまず人じゃない。あれはモンスターとかと同類の量だったな。それこそグリフォンと同じと考えていい程だったぜ、ルナ」


 イリヒトは不用意に煙幕には近づかない判断をしているらしい。確かに、煙幕が晴れてから攻撃すりゃ良いもんな…。


「敵なら倒すまでです。ヨルさん、準備は良いですか?」


「え、俺戦えないよ」


「いや、え…?」


 そんなタイミングで煙幕が晴れ、もう一度投げようとするのだが、それをイリヒトは許してくれない。


「いつまで喋っているつもりだ!」


 イリヒトは腰な剣を抜き、切り掛かってくる。モーションは速いわけではないが、空を切る音から、威力の大きさが何となくわかってしまった。


「俺がくらったら一撃で致命傷じゃね…?」


「戦えないってどういう意味ですか!? グリフォンだって倒せてたじゃないですか!」


「そのまんまの意味だ! 俺のステ振りと持ってるスキルは、俺の作った闇医者像に完全特化させたガチのネタビルドなんだよ」


 キャラの速さや身のこなしに関わるステータスにポイントを振っていたおかげで、攻撃を避けられてはいるが、反撃が出来ない。


 ステータスをバランス良く振っているルナも、攻めあぐねている感じ、イリヒトはやはり強敵として設定されているようだ。


「じゃあ私一人で戦うんですか!?」


「そうは言ってない。前衛は無理でも後方からのサポートは出来る。これとこれ、飲んでみろ!」


 インベントリから液体が入った瓶を二つ取り出し、それぞれをルナに投げ渡す。イリヒトの攻撃を避けつつ、器用にキャッチする姿はら流石攻略組と言ったところか。


「これは?」


「強化ポーションだ。赤い奴は『力』、青いやつは『移動速度』に2分間のバフがかかる」


「え、凄いじゃないですか!」


 もともとは、ジジババに売るための栄養剤を作ろうとした時に出来た失敗作だったのだが、実用可能な効果を得られるようになるまでになったのがこの強化ポーションだ。


 2分間10%のバフを付与すると聞けば、さっきのルナのように褒めて貰えるかもしれないが、ポーションによるバフ効果が切れると、4分間のステータスデバフが重くのしかかってくる。


「これなら何とか!」


 ルナもウキウキしてるし、デバフの件は黙っておこう。2分間で倒せば良いんだ。ルナならやれるさ!


「それに、ルナも俺の狙いをちゃんと把握してるみたいだしなって、やべ!」


 イリヒトが魔法による攻撃をしてきたため、慌ててそれを回避する。自慢の黒白衣が少し焦げてしまった。


 今のところイリヒトのモーションは剣による攻撃と魔法による遠距離攻撃。


 剣での攻撃は避けやすいが威力が高く、魔法での攻撃は、タメがあるものの、独特なリズム感で飛んでくる避け難さがある。


 また翼による飛翔は、グリフォン等の空を飛ぶモンスター特有のウザさがある。


「早く飲め、ルナ!」


「は、はい!」


 2本同時にポーションを飲んだ事により、これでバフがかかったはず。後は頼むぞルナ。


「これ、すっご……」


 ルナは一歩踏み込むと、その一踏みでイリヒトの懐に潜り込んだ。そこから俺の知らない剣スキルの攻撃を、イリヒトに次々と叩き込んでいく。


「ヨルさん、これ凄いです!」


「お、おお…!」


 何だか本当にルナ一人で2分以内にイリヒトを倒せそうだな…。って慢心油断は死に直結するんだ。俺は俺の役割を果たすぞ!


「なんだこの娘、突然動きが…!?」


 ルナは飛翔して距離を取ろうとするイリヒトから決して離れず、攻撃を流れるように繰り出す。


 イリヒトはルナの攻撃と、後ろで動き回る俺との二人に意識を割いているため、次第に速くなるルナの動きへの対応が、段々と雑になり始めているのがわかった。


 ルナに関して言えば、常に近距離のため、イリヒトの攻撃を剣での攻撃モーションに限定させ、尚且つすでにそのモーションは攻略済みのようだ。


「ぐおお!?」


 こそこそと動く俺に、一瞬意識を向けてしまったイリヒトの左腕を、ルナが切り落とした。集中を欠いた生ぬるい行動を、そのまま咎めた形になる。


「この小娘がぁ!!」


 イリヒトがルナへ意識を集中させ、新しい攻撃モーションに入ろうとした瞬間。俺はこの状況を待っていた。


 イリヒトが怒りから俺の存在を忘れ、意識外に自分の身を置いたこの状況だ。


 不意打ち判定の場合に、確定でクリティカルヒットになる、俺の唯一の戦闘スキル。


 【デッドスピア】

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