第21話 ソリ滑りしたら絶対に楽しい!








 あれはRSFがリリースされて一ヶ月経った頃だったか。雪がしんしんと降り積もった寒い日の事だった。


 いつもと違い、雪のあるスタットの街はそれはもう魅力的に見え、テンションが爆上がりしたのを覚えてる。


 他のプレイヤーと同じく、スタットの街を観光していると、人混みに流され、自分の知らない裏道に出て、気付いたら良い感じに滑れそうな坂を見つけた。


「あのちょっと良いですか?」


「なに?」


「今何の話してます? 私はバルクハムさんとの出会いを聞いたんですけど…」


「だからその話をしてるの。最後まで聞きなさい」


 えーと、どこまで言ったっけ…?


 そうそう、いい感じの坂を見つけ、NPC店も降雪により臨時休業という形で、そこにはプレイヤーも居らず、完全な穴場となっていた。


 俺は雪がどのくらい積もっているのか調べ、転ばないように坂の上まで登ったところで確信した。


「ここでソリ滑りをしたら絶対に楽しい!」


「だから何の話してるんですか!?」


「ソリ滑りの話だよ」


「バルクハムさんは!?」


「あー、そうだった」


 インベントリからソリを取り出し––。


「––何でソリ持ってるんですか」


「ちょっ、うるさい」


「あ、ごめんなさい…」


 今時の若い子は話を聞かずに遮って…。


 インベントリからソリを取り出して、いざ滑ろうとした時。急に坂に誰かが飛び出して来たら危ないと思い、大きな声で「ソリ滑りするので気をつけてください!」と数回繰り返した。


 そしたら丁度近くをパトロールしてた衛兵NPCに、近所迷惑だと注意されたのだが、雪遊びは人の迷惑にならない程度にならやっても良いよと許可をもらえた。


「ヨルさん、大人なのに……」


 何だか可哀想な人を見る目で俺を見てくるが、別にゲームの中でくらい童心に従って良いだろ。


 衛兵NPCはパトロールに戻り、俺は早速ソリ滑りの準備に入る。坂には誰もおらず、思い切って滑り出した。


 雪の上を滑るソリは、どんどんと速度を上げ、どうやって止まるのかを考えていなかった自分を後悔していたっけ。


 すると坂の中間にある店から小さな人影が突然出て来た。手にはシャベルを持っており、雪かきをしようと外に出たのだと分かる。


「それがバルクハムだった」


「急にバルクハムさん出てきた!」


「で、バルクハムを轢いた」


「バルクハムさん!?」


 ソリを止められず、進む方向も変えられない俺は、小さなおじさんバルクハムに助けてくれと声をかけた。


 バルクハムはシャベルを投げ捨て、「俺に任せろ!」とソリの真正面に立つと、衝撃が走り、目を開けると、吹き飛んだバルクハムと、変わらない速さで後ろに消える景色があった。


 俺の「おじさーん!!」と言う声が響き渡る中、何とか坂を滑り終えた後に待っていた雪の塊に突っ込む事で止まれたのだが、時すでに遅し。


 倒れるバルクハムの側には、俺の叫び声に戻って来たのか、先ほどの衛兵NPCがおり、俺はしっかりと拘束され、詰所にぶち込まれたのだった。


「多分轢いた瞬間に止まれてれば、事情説明して拘束は免れたかもしれないけど、なにせすぐに止まれなかったからさ。轢き逃げ判定されちゃったのかもしれないね」


「ヨルさんって本当に意味わからない人なんですね…。ってそれだけじゃ仲良くはなれなくないですか?」


「そこは俺の懐がデカかったのさ!」


 用事を終わらせたのか、バルクハムはタオルで手を拭きながら店の奥から出てくる。


 自慢の長い白髭は毎日手入れをされており、触り心地はとても良い。


「ヨルが罪を償いこの街に戻って来た時、俺に謝罪として菓子折りを持って来てな。しばらく無給で働く事を条件に許してやった。コイツとはその日からの仲さ」


「そうだったんですね」


 ルナは同じ仲間を見るような目でバルクハムを見つめる。まるで「私もあの変な人に巻き込まれた人なんです」と言っているかのようだ。


「それはそうと、話ってなんだ? それを聞きに来たんだろ?」


「ああ…、なんだっけ?」


「エルフとドワーフがどう言った存在なのか聞くんですよ」


「うん、覚えてたけどね? それで、エルフやドワーフについて教えてくれないか?」


 もちろん覚えてたさ。ちゃんとメモもしてあった。本当だよ?


「もちろん良いが、俺はあんまエルフの事は知らんぞ?」


「ドワーフの事だけでも十分だ」


「ふむ、まあ探索者にも分かりやすいよう説明してやるよ」


 バルクハムはそう言うと、簡単にこの世界でのドワーフについて、説明を始めた。


 ドワーフは職人種族であり、小さい体には似合わない老け顔が特徴だ。


 ドワーフのほとんどが物心持つ前に、手に職を持つらしい。特に金属の扱いには長けており、鍛治を得意とするドワーフは多いのだとか。


 商売にはあまり興味がなく、引きこもって作品を黙々と作る事が多いらしい。衣食住は自分で確保するドワーフもいれば、バルクハムのように街で作品を売り、生活しているドワーフもいる。


「確かにこの街ではドワーフも珍しいが、アヴェロア以降ではそんなに珍しいわけじゃない。特にイルルーンは貿易地点だからな、商売しにくるドワーフも多い」


「イルルーン。アヴェロアの次の街だな?」


「ああ。港がある貿易街だな。アヴェロアと海を渡った先にあるシードラ、そして陸路から繋がるガルガントの三つの街からの貿易で大きくなった街だ」


「ガルガント…」


「鉱山の近くにある街でな。武器や防具、その他アイテムが豊富に取り揃えられてる俺の故郷だ」


 以前バルクハムについて聞いた時には、ガルガントなんて名前出て来なかったからな。やはりNPCにもアップデートが来ている。これで仮説は確信に変わった。


「それで、エルフについては…?」


 俺が仮説の立証を終えたところで、ルナがバルクハムに尋ねる。


「エルフは好かんのだがなぁ…」


 面倒くさそうな顔のバルクハムは、洗濯物を取り込んでいる時の母の顔を思い出させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る