第20話 雪の日が出会いかな




「アップデートが始まってる?」


「ああ。あっ、店員さんすいませんありがとうございます」


 店員に礼を言い、一万ゴールドをチップとして手渡す。


「……いえいえ、また何かあればお声がけください」


 店員がこの場から離れて行ったので、ルナと向き合う。


「イルルーンはアヴェロアの次の街の事らしい。俺も、攻略組のルナもイルルーンなんて初めて聞いただろ?」


「次の街の情報が今まさに開示され始めたってことですね?」


「そゆこと」


 話が早くて助かる。確かにサイトには3月16日にアップデート完了予定とは書かれていたが、いつからアップデートが開始されるのかは書かれていなかった。


 つまり、16日に一気にアップデートされるのではなく、16日に向けて徐々にアップデートされて行っているのだ。


 念の為イルルーンが公開されていないか調べてみるが、この仮説が合っていると言って良いだろう。


「じゃあ、このアップデート期間に情報を集められたプレイヤーが、攻略において優位に立てるって事か…」


 ルナは攻略組の目線に立ってそう呟く。俺としては闇医者が出来るなら新しい街等はどうでも良い人間だったのだが、こんなアップデートの仕方をされたらゲーマーとしてワクワクしてしまう。


「流石だぜRSF。あ、釣り竿は川釣り用の安いやつが初心者にはおすすめだってよ」


「なるほど、じゃあ買ってきちゃいます。色はショッキングピンクで良いですよね!」


「ああ、それで……、ちょっと待て!」


 虫取りの時と一緒だ。なんでショッキングピンクなんて色を扱ってるんだよ……。




******************



 店を出ると、ピンクの釣り竿を持った白衣の変人が出来上がっていた。


「あの、隣歩かないでもらって良いですか?」


「二回目だぞこれ!」


 さっさと桃色丸2号をインベントリにしまい、転移のインターバルを確認する。釣具屋での会話で時間を潰せたため、もう転移は可能だ。


「よしルナ、スタットに行くぞ」


「わかりました」


「その前にフレンド登録しとくか、そうすればメッセージも送れるし」


「そうですね」


 転移の前に忘れていたフレンド登録を済ませておく。ここでしなかったら多分一生しない気がしたからだ。


 転移すると、スタットでは相変わらず日々増え続ける新規プレイヤーで溢れかえっていた。


「ルナ、逸れるなよ」


「は、はい…」


 手を掴み、物理的に逸れる事を阻止する。俺の向かう先はドワーフの友人が経営している家具屋だ。


 プレイヤーの多い大通りから横道にそれ、目的地を目指す。人混みを抜けてはいるが、ルナが迷子になる事が一番面倒くさいので、手は離さないでおこう。


 横道から一回り大きい道に出ると、傾斜のある通りが見えてくる。そこの中間にあるのが俺たちの目的地だ。


「ルナもうすぐだぞ」


「……」


「ルナ?」


 後ろを見ると、顔を赤くしたルナが繋がれた手を見つめていた。強く握りすぎたのかと思い、力を少し緩める。


「すまん、痛かったか?」


「…いえ、強引な男の人が嫌いなだけです」


 目を逸らしてそう言うルナは、手を離そうとはしなかった。


「……もう手は離していいぞ。ここだからな、目的地」


 店の入り口の上には、『バルクハムの家具屋』と鉄で加工された看板が立てかけてあった。相変わらず高い鉄の加工技術だ。


「バルクハム、いるか?」


「おお、ヨルじゃねえか! 俺の作ったナイフは良い子にしてるか?」


 店に入ると、俺の胸ほどの身長をしたドワーフが短い足を動かしてやってくる。


「おや、この嬢ちゃんは? もしかしてヨルの女かぁ?」


「ヨルさんのお、女…!?」


「違う、フレンドのルナ。今日はバルクハムに聞きたい事があって来たんだが、今時間あるか?」


「おう! 残ってる仕事終わらしてくるからちょっと待ってろ!」


「あいよ」


 そう言うとバルクハムは店奥へと行ってしまった。


 彼は元々、違う街で武器職人として金属を叩いていたらしいのだが、武器よりも家具の方が需要があると言う事で、鉄の加工技術を売りにした家具屋をスタットにオープンさせたのだ。


「ルナ、そこのソファにでも座ろうぜ」


「あ、はい」


 鉄で出来た家具に関してはメリットもあればデメリットもある。耐久性は木に比べれば遥かに高いが、普通に硬い。


 このソファも自分の家には置きたくないしな。


「あの、バルクハムさんとはどこで知り合ったんですか? そもそもドワーフ自体珍しいですよね」


「あー、雪の日にバルクハムを轢いたのが出会いかな」


「轢いた?」


「え、うん」


 ルナは一瞬だけ理解しようと考えたが、無理だったらしく、また俺に聞いてくる。


「その轢くって車に轢かれると同じ漢字ですか?」


「そう」


「あごめんなさい意味わかんないです。なんで轢いた人と仲良くなれるんですか? なんでバルクハムさんは轢いてきた人と仲良くなれてるんですか?」


「落ち着けって…」


 鉄のソファから身を乗り出して聞いてくるので、俺はルナを宥める。


 確かに今の話だけ聞くと、本当に意味わからないよな。ドワーフを轢くってなに? って俺も聞き返す自信がある。


「詳しく説明してください!」


「わかったよ。長くなるかもだけど最後まで聞けよ?」


 あれは雪の降り積もるスタットでソリ滑りをした日だった。





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