第14話 RSFに取り憑かれた廃人として





 日が暮れる前、凹凸平野にて手を振ってくれたプレイヤーも、同じ装備を身につけていた。


 確かにスタットで買える一般的な装備ではあるが、彼の装備だと断言出来るほどに、現場証拠が揃いすぎている。


 焚き火に照らされるテントがある時点で気づけたはずだ。熱中すると周りが見えなくなる俺の悪いところが、最悪のタイミングで出てきた。


「……」


「どうしたんだ、フクロウさん。治療してくれよ」


「あの落ちてる装備、あれはどこで手に入れたんだ…?」


 治療スキルは展開したまま、人数不利かつ囲まれてる状況下を打開するため、時間を稼ぐ。


「気付いたみたいだな。俺たちはPKクラン【野生連合】。プレイヤーを殺して手に入れたただの戦利品だよ」


 やはりコイツらはPKプレイヤー。プレイヤーを殺して、ドロップした装備やアイテムを奪う者たちだ。


 指名手配され、セーフゾーンでの活動が制限される代わりに、サバイバルゾーンでの生活保障が最低限与えられる。


 その証拠に、野営地スキルを使用したテントが置かれている。これは、中に入ればモンスターやプレイヤーに攻撃されずにログアウトする事が可能になるものだ。


 対人で場数を踏んだ彼らに肩を並べられるプレイヤーは居らず、サバイバルゾーンでの生活が長いプレイヤーは、モンスターをも相手にしているため、戦闘においてRSF屈指の実力を持っている。


 お手伝いクエストやら虫取りやらに現を抜かしていた俺が、正面からの戦闘じゃワンチャンスすらない相手だ。


「今、回復薬を切らしててな。良かったら分けてくれねぇか」


「ハハッ、タダでとはいかないかな!」


 テント内はセーフゾーンとして認定されるため、街への転移が可能になる。街に入れば、指名手配されているPKプレイヤーは、そう安易には追って来れないはず。


「さっさと治療して回復薬を渡せ、鳥頭」


「俺はフクロウだっての…」


 俺を囲む3人のプレイヤーは、武器を俺に突きつける。治療中だからか、それとも持っているであろう回復薬を最大限手に入れたいのか、攻撃は仕掛けてこない。


 俺が医者だと言うのが広まっていた事が、攻撃を抑制してくれていると考えると、ルナには感謝だな。


「…治療はしてやる、武器を下せ。話はそれからだ」


「どっちが上か分かってないみたいだな?」


「どうだろうな、分かってないのはそっちだと思うぜ?」


 俺は治療スキルを展開したまま、設定を開く。そこからエフェクトの色彩設定に移動し、治療スキル使用時のエフェクトの色を、毒々しい紫に変更した。


「今コイツに遅効性の強化毒を打ち込んだ。解毒剤は一つで、俺のインベントリの中。俺を殺そうとすれば、この毒を死ぬ前にお前らにも打ち込む」


「なんだと…?」


「ほう…」


 もちろんハッタリだ。遅効性の強化毒なんて物は無いし、解毒剤を一つだけ持つ事なんてありえない。薬と毒は紙一重と言えば毒を持っている事にはなるか…。


 それはさておき、コイツらは治療スキルを完全に知っているわけじゃない。エフェクトの色をそれっぽいのに変えたのも、相手目線では毒使用エフェクトに見えるはず。


「ハッタリだろ。さっさと殺して薬を使えば全部解決だ」


「あり得るかもしれない可能性を捨てて、俺を殺せるのか?」


「……」


 さっきの一連の会話で、誰がボスなのか何となく理解できた。ここからはロールプレイの完成度で死ぬか生きるかが決まってくる。


「…回復しろ。取り引きをしよう」


「それで良い」


 エフェクトの色を戻し、切創の状態異常の回復に移る。


 彼らPKプレイヤーは、セーフゾーンの恩恵を捨ててでもプレイヤーをキルしたい、大胆な快楽殺人者だと思われがちだが、案外そんなPKプレイヤーは少ない。


 彼らはどうすれば上手く殺せるのか、どうすれば衛兵NPCから上手く逃げられるのか、どうすればサバイバルゾーンで生活基盤を作れるのか、常に考えRSFを楽しんでいる。


 俺が闇医者のロールプレイをしているように、彼らも現実では出来ない、殺しを生業にしている荒くれ者のロールプレイをしているのだ。


 狼紅蓮なんかよりよっぽど好感が持てるレベルで、俺は彼らに親近感を覚えるよ。


「まだか?」


「…もう終わるよ」


 切創の状態異常だけを治した状態で、麻痺薬を使用。


「こんの…!」


「動けないよ…。よし、取り引きだ」


 麻痺薬で動けないプレイヤーの後ろに周り、ナイフを首元に押し当てる。HPの回復をせずに治療を終了したため、すぐにでも殺せる人質として、有効になるはずだ。


「抜け目ないな、フクロウ」


「アンタも、テントとの一直線上に立たないでくれよ」


 黒い大剣を背負った男は、ニヤりと笑って無造作に転がっている革鎧と剣を拾い上げる。


「お前が来る前に、凹凸平野初攻略のソロプレイヤーを襲った。回復薬が目当てだったんだがな、中々手強く、プラスかマイナスかで言えばマイナスだ」


「あっそ」


「…俺はノガミ。フクロウ、お前は?」


「教えるわけねぇだろ」


 ノガミは「だろうな」と笑いながら言い、拾った装備を焚き火の近くに投げ捨てた。悪役のロールプレイっぽいと、本来なら喜んじゃいそうだが、あの装備の持ち主を知ってると、割り切れない気持ちがあるな。


「ポチ太郎を殺したらお前も指名手配されるぞ」


「そん時はちゃんと罰を受けるよ」


 え待って、ポチ太郎って名前なの、コイツ。雰囲気壊れるからやめて欲しいんだけど…。


「そんな事言わずに、野生連合に入れ。ヒーラーは俺たちPKプレイヤーには貴重だからな」


「クランには入らんよ」


 今日は本当に良く勧誘されるなぁ。頼むから自分で治療スキル取ってヒーラーになってくれ。


「街に行って出頭しろよ。何人殺したのか知らんが、ちゃんと贖えばセーフゾーンでの活動に戻れる。それに看守のクエストを––」


「––その話はいい」


 俺の時間稼ぎ用の話を遮り、ノガミは続ける。


「俺は、いや俺たちはこの状況を楽しんでるんだ。衛兵NPCからギリギリで逃れた時のスリル。上手く攻略組のプレイヤーを殺せた時の達成感。俺たちも他プレイヤーと同じくRSFを心底楽しんでるぜ」


「……ああ、知ってるよ」


 やっぱりコイツらは俺に似てる。同じRSF


 もちろん否定的な意見も少なくはない。PKや、ワーハルがやったような害悪プレイが原因でRSFをやめてしまったプレイヤーも、確かにいる。


 ただそれは他のゲームも変わらない。俺もティタニティで死体撃ち&屈伸煽りをされた時は、VR機を投げ捨てた。その後に半泣きでコスケに愚痴を言ったのも覚えてる。


 この残酷な世界がRSFなんだ。それが嫌なら他のゲームをプレイしろと、心ない言葉を俺は言ってしまうかもしれない。


「ノガミ、俺の名前はフクロウ。RSFに取り憑かれた廃人として、勝負と行こう」


 覚悟を決め、俺は煙幕を地面に投げつけた。





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