第6話 虫取りがしたかっただけなのに




「フクロウさん? なんの事ですか?」


「いやもう無理ですよ。あの変なマスクはどうしたんですか?」


「変なマスクだ!? かっこいいだろ、あれ」


 あ…。


「ほらフクロウさんじゃないですか」


 ルナは俺の腕を掴んだまま、したり顔でそう言う。誤魔化せるとは思っていなかったが、まさかこんな簡単に自分から墓穴を掘るとは思わなかった。


「でなに、文句でも言いにきたの?」


「いえ、感謝と謝罪をしたいと思ってたんです」


 感謝と謝罪だぁ〜、それは俺がしないといけないやつなのでは?


「……なにゆえ?」


「フクロウさんのおかげでデスペナくらわずに済みましたし、配信も盛り上がったので、その感謝です。それと、γに許可なく動画を投稿しちゃった事を謝りたくて。ほら、すごい広がり方してたので…」


「ああ……」


 まあトレンドにもなるくらいだしな。確かに晒されて闇医者ムーブがしにくくなりつつあるが、それ以上にルナ相手に好き放題やれた事が楽しかったし、別に気にしてないんだけどね。


「良いってことよ」


「でも30万の請求はまだ許してませんよ?」


「うぇ、もしかしてちゃんと払ったの?」


「え?」


 あ、この子あの請求に強制力無いの知らなかったんだ。てか知らないプレイヤーの方が多そうだなこの感じ。次からはそこら辺の説明も取り入れつつ闇医者してこう。


「あれには強制力無いから別に払わなくても良かったんだよ。律儀だね」


「そうなんですか!?」


 売買との違いを説明し、ルナの30万が治療費として俺の懐に渡ってしまった事をしっかり理解してもらった。


「じゃあ返してくださいよ!」


「いやもう俺の金だもん」


「な!?」


 ルナには悪いが、これが大人の世界なんだよ、諦めてくれ。


「へぇ〜、フクロウって名乗ってましたけど、ヨルってプレイヤー名なんですね〜」


「な、は?」


 俺はそこで通知に一件のフレンド申請が来ていることに気づく。


 RSFではプレイヤー名検索からフレンド申請を送る場合と、一定時間プレイヤーに触れる事で、その対象にフレンド申請を送る場合の2パターンあるのだが、その際に『〇〇にフレンド申請を送りました』と通知が入るため、RSFでのプレイヤー名を判別する事が出来るのだ。


「手を離せぇ!」


「もう遅いです、ヨルさん」


「これに関しては修正案件だろ! 名前からのフレンド申請だけで支障ねぇだろバカが!」


「うわ〜、おじさんの暴言怖ーい」


「おじさんじゃねーよ! お前こそ高校生ってガキじゃねえか」


「な、なんで高校生って知ってるんですか」


「どうせ配信内で言ったんだろ、γで見たわ。ネットリテラシー習い直してから配信始めろ。てかたった30万でケチケチしてんじゃねぇ!」


「それブーメランですけど大丈夫ですか? たったの30万だと思ってるなら返してください」


「なんだこのガキっ…」


「それに良い年したおじさんがフクロウのお面被って年下からお金巻き上げるとか、普通に恥ずかしくないんですか? 私だったら死ねるんですけど。あとなんで虫取り網と虫籠持ってるんですか? あっ、もしかして毎日が夏休みってやつですか。仕事早く見つけた方がいいですよ?」


「言い過ぎだろ!」


 我ながら大人気なく高校生とガチ喧嘩してしまうとは思わなかった。確かに口喧嘩では負け、いや引き分けたかもしれないが、ここまで来たら最後の最後まで相手してやんよ、俺やってやんよ。


「よーし、ルナ。お前に大人の怖さってやつを見せて––」


 本気を出すため、持っていた虫取りセット一式をインベントリにしまおうとした時、肩を結構な力で強くおさえられる。


 振り返るとサリアの衛兵NPC二人組が真顔で俺の事を見ていた。


「えっと、なんですか?」


「大人が子ども相手に怒鳴りつけていると通報を受けた」


「へ?」


 すると衛兵NPCは2人がかりで俺を拘束し、連行を始めた。こーれは非常にまずい。


 RSF内でも警察の様な役目を持つNPCが存在しており、ゲーム内での犯罪を彼らは処罰しにやってくる。セーフゾーン内では武器やスキルの使用が制限されているため、抗えずに従うしかないのだが、連れて行かれる場所によってはかなり時間が潰される。


 罪に応じて罰も用意されており、留置所や独房などが存在していて、簡単に言えば懲役刑が施行されるのだ。


 一番短いもので30分。長いものでは十数時間も拘束される。看守などから受けられるクエストをクリアする事で、報酬として刑期の短縮が与えられるが、それでも無駄な時間を過ごすことに変わりはない。


 それはルナも分かっていたのか、慌てて衛兵NPCを止めようとしてくれた。


「ま、待って! 怒鳴られてたって言うか、おふざけですから大丈夫です!」


「俺たちは街の安全を維持する。これはそのための行動だ」


「え、ちょ、ちょっと!?」


 ルナの呼びかけも、ギリギリ会話が成立していない様なセリフで一蹴する。もうこうなっては遅い。経験としては三度目になるが、連行モードに入った衛兵NPCは必ず任務を遂行する。


「ルナ、また会おう……」


「ヨ、ヨルさん……」


 俺はただ、虫取りがしたかっただけなのに。







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