第3話 それではお大事に〜!
「もう治療開始しちゃいましたぁ!」
「最悪だよもう!」
このゲームの仕様上、HPを回復させるだけでは不十分な事がある。出血や毒、混乱などの、状態異常に分類されるものを取り除かねば完全な治療とは呼べないからだ。
彼女の場合は出血が酷く、HPの全体量が低下したり、回復スピードが遅くなるなどのデバフがついている。そこでまずは治療系スキルで傷を塞ぐ。
薬剤スキルで作った止血剤を治療スキルの補正で扱い、さっさと出血の状態異常を取り除く。これで後はHPを回復させる簡単な作業だけだ。でもその前に…。
「それで探索者さん、今おいくら持ってるんです?」
「う、む、無一文ですケド……」
「嘘は良くないですなぁ。治療キャンセルしても良いんですよ〜?」
治療以外のスキルも同じく、途中でキャンセルをすると進行状況もリセットされる。今の状況で言えば、わざわざ止まった血がまた流れ出てしまう。
治療スキル使用時はHPの減少が一時的に止まるが、彼女にはほとんど時間が残されていない。足の小指をぶつけるだけで死ねるレベルには時間がない。
「うわぁ言います、言いますから!」
「はい、手持ちいくらですかぁ?」
「その語尾ムカつくんだけどっ、……手持ちは120万ゴールドです」
さすがに多いな。ゴールドの価値はそのまんま日本円で考えてしまって良い。ゲーム開始時点でプレイヤーが持ってる金額は10万。
そこから増やすも減らすもプレイヤー次第ではあるのだが、攻略組は基本的に金を持ってる。手持ちが100万越えてると言うと、銀行には4桁万円はありそうじゃない? いやもっとか?
攻略組が金を持ってる理由としては現状使い道が少ないってのがデカい。消費する回復薬や食料にゴールドを使うにしてもたかが知れており、彼らはプレイすればするほどゴールドが溜まる一方なのだ。
これがアップデートによる新マップの開放があればまた変わってくるのだろうけどね。
「じゃあ医療費100万ゴールドで」
「高すぎでしょ!? 街の10倍じゃない!」
そういやアヴェロアの医療機関では医療費10万だったっけ。計らずして良い塩梅の値段になったな。
彼女の言うように、街での医療費も無料と言うわけではない。ただ街によって金額も変わってくる。なんなら最初の街スタットでは100ゴールドだし。
進めば進むほど医療費が高くなるのだが、セーフゾーン間で転移すれば節約っぽいこともできる。できるが、転移にもインターバルがあるので、そこはお財布やプレイ時間と要相談という事で。
「でも治療しちゃいましたよ?」
「勝手に治療したんじゃん!」
俺のセリフとしては医療費を払うよう言っているが、あくまで茶番だ。俺はHP回復する作業に移るのだが、彼女の反応のおかげで気持ち良く闇医者ムーブが出来ている。
ガチギレするでもなく、無視するでもなくツッコミを入れて流れが死なないよう調整してくれてる雰囲気すら感じる。
ここで俺は画面に、自身が配信に映っている事を示すマークが表示されている事に気付いた。
このゲームが一躍大流行している要因として完成度だけでなく、動画配信サービスを利用した宣伝効果も確実に存在している。大手の配信者や映像を垂れ流しているだけの人など、色んな人がいるのだが、このマークはそんな人が近くにおり、その人の配信に映っている事を示すものだ。
この付近には俺と彼女以外プレイヤーがいない。つまり配信しているのは治療を受けている彼女本人。
どうする、これじゃあ晒されてるみたいなもんだろ。さっさと回復して謝罪するか?
いやそれこそ流れを殺さないでくれた彼女に失礼だ。ここは、それすらも利用して盛り上げる!
「それでは医療費を払わないという事で?」
「え、いや、高すぎるってだけで……」
「配信を見てる皆さん聴きました!? あなた達が応援してる配信者は絶体絶命のピンチを助けてもらったのに医療費払わないんですってぇ!!」
「なぁっ!?」
彼女視線が大きく動き、俺から離れる。きっとコメントを読んでいるのであろう。後は彼女の視聴者に任せて、医療費の妥協点を模索する。
視聴者は配信者に似るというのが自論なのだが、彼女の視聴者はより面白くなる事を望んでくれると判断した。
ここで言う面白くなるは俺にとってのものだが、きっとそれが彼女の配信の取れ高になると信じてる。
「んなぁーっ、じゃあ20万!」
「30万で請求しますねぇ」
「ばかぁ!」
可愛い声なのに口悪いんだよなぁこの子。
そしてここで俺の行動が規約違反にならない所以が現れた。と言うのも、RSFでは個人的にプレイヤーへ請求出来る機能があるのだが、これに関しては別に払わなくても良いと言うもの。
もちろん売買の場面では強制的にゴールドのやり取りが発生するのだが、今回の状況はまるで違う。
俺が勝手に治療して、勝手に請求をしただけなのだ。そこに売買による強制は働かないので、彼女は別に治療を受けた後、請求を却下すれば医療費が無料になる。
プレイヤーの時間を奪うと言う観点で言えば悪質に見えるかもしれないが、市販の回復薬で治せない傷は、街の医療機関に行く他ないので、ゲームのシステムに時間を奪われるか俺に奪われるかの違いでしかない。
HPが回復したのを確認して、治療スキルが終了した。一応痺れ薬を散布しておく。
「……うわっ、一発ぶん殴ろうとしたのに体動かないんだけど!?」
「見え見えなんですよ探索者さぁん」
あっぶねぇ、痺れ薬なかったら俺に治療スキル使わないといけないところだった…。
「そう言えば、お嬢さんお名前は?」
「ルナですけど? もう少し近づいてくれませんか? 殴れないんですけど??」
血の気が多すぎるんだけど…。めっちゃおもろい。
「やだなぁ、心優しいお医者さんを殴ろうとしないでください。さてルナさん、これからもいっぱい怪我してくださいね。
「心優しいお医者様はそんなこと言いません!」
痺れ薬の効果が切れるギリギリの場面で煙幕を下に投げつける。煙幕の効果と隠密スキルの効果で一気にルナさんの認識から外れることで追跡を許さない。
「この闇医者ぁ!」
「それではお大事に〜」
木々の枝を飛び移り、アヴェロアに向かうと、後ろからルナさんの声が続けて聞こえてくる。
木に反射して何を言っているのかは結局分からなかったが、夢だった闇医者ムーブを決められて俺はめちゃくちゃ舞い上がってしまった。
満足した俺はこの後街の宿屋ですぐにログアウトして惰眠を貪るのだが、そのせいでγで「闇医者」がトレンド入りしているのに気が付かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます