第22試愛 優Side ラウンド4


 真緒のバカッ!! 私の気も知らないでッ!! 私がどれだけアンタの事を好きだか知ってんのかよッ!! 真緒と出会う度。真緒と目が合う度。真緒と手を繋ぐ度。真緒の匂いを嗅ぐ度。真緒の体温を感じる度。真緒とキスをする度。


 私が一体どんな思いでいるかッ!! フワフワしてドキドキするんだよッ!! 真緒が好きで好きで堪らなくなるんだよッ!! 溢れるこの思いを押さえ付けるので精一杯なんだよ? 好きでおかしくなりそうなんだよ?


 だって。私の恋心は。真緒に伝えられないから。伝えたら戦争ゲームに負けちゃうから。真緒には絶対に負けたくないから。この思いは伝えられないんだよ? 真緒が私に堕ちてくれるまではさ。


 なのに真緒は。平気な顔して私を誘惑してくるんだ。さっきだって私にお尻を向けてフリフリ振ってくるし。なによ? もしかして私を誘っているの? 私に滅茶苦茶にされたいの? でも。そんな事は出来るはずも無くて。


 してしまえばきっと。真緒に嫌われてしまう。この関係が壊れてしまう。だから。

 歯を食いしばって、拳を握り締めて。この欲望に耐えるしかないんだ。


 でも今日は。それを我慢出来そうになかった。だからああして真緒の尻を叩いて、逃げ出したんだ。まさかあんな声が真緒から出るとは思わなかったけど。


 もっとあの声を聴きたいと思う自分が居て。嫌気がさした。だって。恋って言うのはもっと純粋で、綺麗なモノの筈だから。こんな低俗な欲求を抱いてしまうなんて。

 まるで私がビッチみたいじゃん。下品な女みたいじゃん。そんなの嫌だ。


 嫌だッ!! 嫌だッ!! 嫌だッ!! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!!


「――きゃっ!?」


 下向いて早歩きをしていたので、前から来ていた人に気付かずにぶつかってしまった。謝らないと。悪いのは前方不注意の私だから。私は相手の顔も見ずに頭をペコペコと下げた。


「ごめんなさいッ!! ごめんなさいッ!!」

「ふーん? 謝れば済むと思ってんの? このクソアマ?」

「……え?」


 男のドスの効いた低い声に、私は恐る恐る顔を上げる。そこには持っていた飲み物が顔に掛かっている男がいた。好き好んで自分から被っている様でなければ。きっと、私がぶつかった所為である。


 男はハリネズミの様に逆立てた金髪をした、浅黒い肌のチャラそうな見た目をしていた。私が苦手とする人種である。こう言う人を見ると、中学二年生の頃を思い出す。嫌な記憶だった。思い出したくも無い類の。


 だから。その時の記憶がフラッシュバックして。私は身動きが取れなかった。


「ねぇ? どうしてくれんのコレ? 身体がベトベトなんだけど?」

「え……いや……あ」

「え、あ、じゃ無くてちゃんと喋れよッ!!」

「ヒッ!?」


 男の怒鳴り声に思わず腰が抜け、私は地面にへたり込んでしまう。

 気付けば頬を涙が伝っていた。


「ん? 泣いてんの? そんなんで許されると思ってんのかよッ!! アァッ?!」

「ごめんなさいッ!! ごめんなさいッ!! ごめんなさいッ!!」


 ポロポロと涙を零しながら、私は必死になって謝った。許してもらえるように謝った。なのに男は。


「だから、謝って済めば警察いらないだろうがッ!!」

「ごめんなさいッ!! ごめんなさいッ!! ごめんなさいッ!!」


 私はひたすら謝るしか無かった。この嵐が去るのをじっと震えながら待つしか無かった。周りのお客さん達は、見て見ぬ振りをするばかりで。誰も助けようとしなかった。


 あはは。そうだよね。こんな私を助ける人なんて誰も居ないよね。だって。私の身体は。もうとっくに穢れてしまっているから。そんな私を助けてくれる人なんて。居ないよね。


「……身体。そうアンタの身体で払ってくれるなら。許してやってもいいぜ?」

「ッ!? そ、それだけは嫌ぁッ!!」

「チッ! 良いから来やがれッ!!」


 そう言って男は、私の細い腕を乱暴に掴むと強引に立たせた。


「痛ッ!?」

「ほらッ!! 行くぞッ!!」

「嫌ァッ!! はな……してッ!!」

「ごちゃごちゃうるせえんだよッ!! このクソアマァッ!!」


 男の腕が上がる。その手は平手の形。何故だか打ち下ろされるその平手が。ゆっくりとスローモーションに見えた。その時間が数分にも何時間にも感じられ。あぁ、私は今からこの男に頬を叩かれるんだ。痛いだろうなぁ。と。冷静に自分が辿るであろう結末を分析した。


 私はゆっくりと目を瞑る。来るべき衝撃に備えるように。現実から目を背けるように。これが夢であって欲しいと懇願するように。私は目を閉じた。


「――ッ…………?」


 だが。男の平手打ちが私の頬に堕ちることは無かった。恐る恐る目を開ける。そこには。真緒の後ろ姿が。右側のお尻に赤い紅葉の跡が付いている。あれは私の掌だ。

 真緒のお尻を叩いた時の。痛かったよね? ごめんね真緒?


 真緒は男の腕を掴んでいた。


 真緒は言う。その声は今まで聞いたことが無いような、激しい怒りを湛えた声色。


「こんな可愛い女の子を傷つけようとするなんて。あなた……最低の黒豚ね?」

「なッ!? 誰が黒豚だとッ!! このクソアマがッ!!」

「? あなた以外にいないでしょう?」

「このッ!! はなし……やがれッ!!」

「はいどうぞ?」

「おわッ!?」


 男は腕を引き離そうと力を込めていた為、後ろにたたら踏んだ。


「無様ね? 豚さんトコトコね?」

「いい加減にしやがれッ!!」


 激昂した男は、真緒に殴りかかる。私は堪らず声を上げた。


「真緒ッ!?」

「――大丈夫よ」


 そう。確かに聞こえた気がした。時間にして一秒にも満たなかったけど。確かに私の耳にはそう聞こえた。


 真緒は男の拳を払い除ける。そして一歩踏み込むと同時。掌底を男の鳩尾に叩き込んだ。


「か”は”ァ”ッ”!?」


 男が数メートルは吹き飛ぶ。


「――猛虎硬爬山」


 ポツリと。真緒の独白が零れた。


「……一度やって見たかったのよね。攻撃後に必殺技の名前を言うの。……あら? 如何やら気絶してしまったようね。情けない黒豚ね?」

「……真緒」


 手を叩いてこっちを向いた真緒。


「大丈夫だったかしら? 優? 腕痛く無い?」

「う、うん……大丈夫」


 私は男に掴まれた手首を擦って答えた。


「そう。良かったわ。……じゃあさっさと此処からずらかりましょう? ここじゃあおちおちしていられないもの」

「……うん」


 真緒は私の手を優しく握るとその場を後に――。


「アデュー」


 ――する前に。人差し指と中指を立てて、顔の横で一振りして真緒がそう言った。





 ***





 喧騒から取り残されたように静かなベンチ。私と真緒はそこに肩を寄せ合って座っていた。私の手は真緒の太ももの上に置かれ、その指は真緒と絡め合っている。

 言葉は無かった。真緒はじっと私の傍に居てくれた。


 その事に私の心は少しずつ解けていく。真夏に外で放置したアイスクリームみたいに甘く溶けていく。


あの時。周りの人達は誰も助けようとしなかった。ただ遠巻きに眺め、同情心と憐れみ、スパイスに保身と後悔を少々。つまりは見て見ぬ振りをした。


 だけど真緒は。私の事を助けた。その後ろ姿はカッコ良かった。キュンと来た。

 あぁ、やっぱり。私には真緒しか居ないんだ。真緒しか私を理解わかってくれないんだ。だから。


 私は真緒が大好きなんだ。好きで好きで堪らないんだ。もう。真緒が居ないと駄目なんだ。だったら、この秘密を打ち明けてもっと私の事を知って欲しい。

 この醜くくて穢れた私の事を理解わかってほしかった。


「……真緒」

「なにかしら優?」

「……あのね? 私……」

「うん」


 そして私は言った。打ち明けた。心の奥底に仕舞い込んでいた腐った果実おもいでを頬張った。口の中に臭くて苦い、ドロドロとしたものが溢れる。


「……昔、男にレイプされた事があるんだ」

「……え」

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