第18試愛 優Side ラウンド4


 私は真緒とトイレの個室でディープキスをした。切っ掛けは私がうっかり口を滑らしてしまった事だった。


『ううんッ!! 平気ッ!! それに真緒のよだれだったら、この前散々味わってるしッ!!』


 そう、言ってしまった。ナマコに海水を掛けられた真緒に、私が自分のハンカチを渡そうとしたら。真緒がそのハンカチは大事なものなのでしょう? って言って来て。あぁ、あの時の事を見られていたんだと。


 確かにこのハンカチは大事なものだ。だって。真緒のよだれが染みついているから。後でその臭いを嗅ごうと思っていたなんて言えるはずも無くて。

 でも真緒のよだれを海水で上書きしたく無くて。大事なものと言ってしまった。


 適当に買った安いハンカチなのに。ホント。ウソついてごめんね真緒。でも。このハンカチは後で大切に嗅がせてもらいます。これで過酷させてもらいます。

 こんな変態な私でごめんなさい。


 だけど。わたしは口を滑らしてしまって。初めてのディープキスで真緒の唾液を味わっていた事がバレてしまった。あの時の真緒の唾液は。仄かに甘くて、真緒なんだっていう味がした。美味しかった。


 そしたら真緒は。もう一度味わってみる? なんて。言って来て。そんなの味わいたいに決まってんじゃん。だからその申し出を承諾した。それにコレは思っても居なかったチャンスでもあるのだ。


 だって。あの時以来、真緒とディープキスをしていないんだもん。そんなのしたいに決まってんじゃん。あの時の事を思い出して何回シたことか。とは言え、まさかあんな変態的な事をするとは思っていなかったけど。


 そう。真緒は己の唾液を口の中でくちゅくちゅして、私の口に流し込んで来たのだ。でも私は。その変態的行為を喜んで受け入れた。幸せだった。好きな人の唾液をこうして口一杯に味わえるのだから。さらに真緒の一部だったモノが、私の中に入るっていう。何とも言えない背徳感が気持ち良かった。足に力が入らない程に。


 そんな私を真緒は優しく腰を抱いて支えてくれた。あぁ、やっぱり私は。真緒の事が好きなんだ。と改めて思うと同時に、ますますその気持ちが膨らんで行った。





 ***





 あの後、足に力を取り戻した私は真緒と恋人繋ぎをしながら館内を巡った。定番のものから珍しい魚まで色々見た気がするけど。心ここに在らずと言った感じで、あんまり記憶に残っていない。


 しかし。幾つか記憶に残った事もある。真緒がチンアナゴを見た時。自分の身体をくねらせて「ちんあなご~」とモノマネした事や。巨大水槽の前で真緒が泳ぐ寿司ネタの気持ちを知る為に「さかな~」と言って片足立ちになって両手を広げたポーズを取った事だ。それで真緒は、寿司ネタの気持ちが分からなかったと言っていたが。


 当たり前だ。そんなんで分かるはずが無い。それに泳いでいるのは寿司ネタじゃ無くて魚でしょ? と思わずにはいられなかった。


 その後、私達は敷地内にあったレストランでお昼を取る事に。予想通り、真緒は海鮮丼を頼んだ。私はせっかく七夕なので、限定メニューの天の川カレーとデザートに星屑パフェを頼む事に。真緒もデザートに私と同じものを頼んだ。


 天の川カレーはご飯が左右に盛られ、その間に水色のカレーが注がれていた。その派手な見た目に反して、味は普通のカレーだったけど。真緒にあ~んをしようか迷ったけど止めた。周りの目があるしね。恥ずかしくて出来る訳がない。


 でもそれは真緒も同じなのか、真緒からもあ~んをしてくることは無かった。


 楽しみにしていたデザートの星屑パフェは。青、黄色、緑、白とカラフルな見た目をしていて、上に乗ったバニラアイスには星型のクッキーが刺さっていた。

 甘くて美味しかった。


 お昼を食べ終えた私たちは。そのままの足でイルカのショーを見に行く事に。ただ、開演ギリギリだった為に席は一番後ろになってしまう。まぁ、楽しめたからいけどね? どうせなら一番前で見たかった。けど。お客が水を掛けられていて、やっぱり一番前はいいやと思い直すことに。


 ショーを見終わった後は、海洋動物エリアでペンギンに餌やりしたり。アザラシやアシカ、カワウソなど。いろんな動物を見て回った。


 で、私と真緒が最後に来たのがココ。クラゲの展示エリアである。このエリアの照明は薄暗く、クラゲたちが幻想的にライトアップされていた。


「――わぁ~ッ!!」

「すごいわね」


 そして今。私と真緒は天の川を渡っていた。正しくはガラス張りの床下で、クラゲたちが光に照らされて揺蕩っている所を、私達は歩いていた。まるで。私が織姫、真緒が彦星になって年に一度だけのデートを楽しんでいるみたいに。


 私は繋いでいた手に力を籠める。真緒が握り返してきた。そのことが無性に嬉しくて。フワフワしてドキドキした。


 ……そうだ。私にとって真緒は彦星なんだ。夜空に燦然と輝く一番星なんだ。だから真緒。夜空になんか居ないで、私の元に堕ちてきてよ。お願いだから。


 地上に居る私には。このこころを伸ばしても届かないから。自分で告白する勇気は無いから。だから。私の元に堕ちてきてよ。……真緒。


「ねぇ、優?」

「どうしたの?」

「あそこ……」

「あそこ?」


 真緒の白く細く長い指が何かを指し示す。そこには、笹飾りがあった。


「えぇ。あそこにわたし達の短冊。飾らないかしら?」

「……うん」


 クラゲの天の川を渡り切ったその先で。私達は笹に短冊ねがいを飾った。

 それぞれの願いが分からない様に。因みに私の願いはこうだ。


『好きな人とお付き合い出来ますように』


 である。勿論、好きな人と言うのは真緒の事だ。それ以外に居るはずが無い。だって私には真緒しか居ないから。私の事を対等に扱ってくれるのは。全力を出しても付いてこられるのは。目の前に居る真緒だけだった。


 そんなの好きになるに決まってんじゃん。……あぁ、そうか。私は。真緒に出会ったその瞬間から好きだったんだ。ただ、この思いに気付いていなかっただけで。私は好きだったんだ。真緒の事をずっと。それこそ前世から。


 そうだったんだ。勇者わたし魔王アイツが好きだったんだね。

 でも。敵同士だったから。その恋は叶わなかったんだ。だからもう一度恋したんだね。魔王アイツに。


 だけどごめんね? 勇者わたし。私はアンタみたいに立派な勇気を持っていないから。臆病だから。自分から魔王アイツには告白出来ないの。


 ホントにごめんね勇者わたし。だから魔王アイツから告白されるまで待ってね?


「……ゅう……優っ!」

「わわッ?!」

「大丈夫? ボーっとしていたけれど?」

「ううん。何でも無いよ。……ほらッ!! 行こッ!! ここだとお客さんの邪魔になっちゃうよッ!!」

「……それもそうね」


 私は真緒の手を引いてその場を後にした。全く。考え事をしている時にいきなり顔を近付けないでよ。ドキっとするじゃない。この心臓の音。真緒に聞こえていないよね? 大丈夫だよね? はぁ~。何回もキスして慣れていると思ったのに。やっぱり真緒の顔は何回見ても心臓に悪いよ。


 美人の顔はすぐに飽きるって言うけど。真緒の顔はいつ見ても飽きないじゃん。

 誰だよそんな事言ったのは。間違ってんじゃん。


 こうして一通り水族館を見て回った私達は、お土産物が売っているエリアに来た。


「――お土産? あぁ、欲しけりゃくれてやる。この水族館のお土産すべてをそこに置いて来たッ!! さぁッ!! 探せッ!!」

「は? なにその大航海時代に似た語感の時代が始まりそうな台詞は」

「乗るなッ!! 優ッ!!」

「いや、アンタが乗せたんでしょうが」


 なによ、私は時代の敗北者だって言いたいの? 真緒はレッドドックだったの?


「で? 何が言いたいワケ?」

「こほん。優にこの中から好きなモノを選んで欲しいのよ」

「好きなモノ?」

「そう。好きなモノ。その選んだモノをわたしが買ってあげるわ」

「え? 何で?」

「だって。今日は優の誕生日じゃない」


 ちょっと待ってコイツ。まさか……ッ!?


「それが誕生日プレゼントとか言わないよね? 流石に無いよね? ねぇッ!?」

「そうだけれど? 何をそんなに怒っているのよ優?」

「……はぁ~~」


 思わずクソデカため息が出る。だって。そうでしょう? 誕生日プレゼントっていうものは。送り手が相手の事をあれこれ考えて、悩み抜いた末に選んだモノを送るのが。誕生日プレゼントって言う奴でしょうがッ!?


 なのに私が選んだモノを買うぅ? 何言っとんじゃボケがッ!! 私は真緒が選んだモノが欲しかったっつってんのッ!!


「で、でも。こうした方が時間の無駄が省けるし……」


 そうだった。コイツはこういう奴だった。私が初めてお弁当を手作りした日も。カロリーバーとビタミン剤を持って、それをお昼だとのたまっていたでは無いか。

 最初から期待していた私がバカだった。いや、真緒もバカだよ。


 プレゼントを用意していないんだから。ホント。バカばっか。ブイ。


「その時間の無駄が大事なのよ。全く。……それに誕生日プレゼントを自分で選んでどうするのよ。真緒が買ってきてよ。この中からさ」

「わたしが?」

「そう。真緒が選んだモノが良いの」

「……そう言うものなのかしら?」

「そう言うものなのッ!!」

「そ、そう……」

「ほらッ!! 分かったら買ってくるッ!!」

「う、うんッ!」


 そう言って真緒は人波へと航海に出た。ひと繋ぎのお土産を求めて。なんちゃってね? さて。私は他のお客の邪魔にならない様、外に出てますかね。


 私はお土産エリアを抜け、外に出た。生ぬるい風が頬を撫で付ける。うへ~。動いてないのに熱いよ~。館内に冷房が効いていたせいもあって、余計に外が熱く感じるじゃんね。


 日影からそっと手の平を日向に出してみる。あぢぃ~。焼けるぅ~。灰になるぅ~。スナァ。なんて。吸血鬼は毎日こんな思いをしてるの? 大変だね~?

 ま、私には関係ないけど。


 と吸血鬼の生き辛さに共感しつつも、突き放していたら。真緒がビニール袋を持って出て来た。その瞬間。うげぇ~という顔になる真緒。ホント。美人ってどんな顔しても映えるんだね。


 此方に気付いた真緒は、キリっといつもの静謐な顔に戻った。その切り替えの早さに思わず笑ってしまいそうになる。でも。いつものあの顔が私は好きだ。


 超然としていて、何者をも寄せ付けない意志の強い瞳。それを縁取るは刀の様に鋭い切れ長の瞼。とってもカッコ良くて凛とした顔。


 だけど。私は知っている。あの顔が私の前では、だらしなく頬を緩める所を。私は知っている。あの顔がくしゃと崩れて無邪気に笑う所を。私は知っている。


 その事に優越感を覚えた。真緒のあんな顔やこんな顔を知っているのは私だけ。

 だから。真緒。私以外には見せないでね? 真緒は私だけのものなんだから。


「優? どうしたの? そんなに私の顔をジーっと見て?」

「ん? 真緒の顔が好きだなって」

「え?」

「何よ? そんな魔王が聖剣を喰らったみたいな顔して?」


 私おかしな事言った? 事実しか言ってないんだけど? ……あ。


「ッ!?!?」


 マズいマズいマズいッ!! す、好きってッ!? 好きって言っちゃったよッ!!

 どうしようどうしようどうしようッ!! も、餅つくのよ私ッ!! いや、餅ついてどうするのよッ!? ……落ち着け私。そうだ。真緒の顔が好きと言っただけで。別に真緒本人に好きと言ったわけでは無い。


「……その。わたしも好きよ? 優の顔……」

「べ、別にアンタの事なんか好きじゃないんだからねッ!! 勘違いしないでよねッ!! ふんッ!!」

「……つ、ツンデレッ!? ぶ、ブヒィィィィィィッ!!」


 真緒は私の見事な照れ隠しのツンデレにブヒった。その顔は心なしか赤いような気がする。もしかして私の言葉に照れたとか? だからこんなブヒって誤魔化してる?

 ……いや、違うか。きっと暑くて顔が赤くなっているだけだ。そうに違いない。


 と。そうだった。肝心な事を忘れる所だったじゃん。プレゼントだよプレゼント。

 真緒は一体何を選んだんだろうな? 楽しみだ。


「ま、真緒? それで、プレゼントは?」

「そ、そうだったわね。まさかわたしが豚になる日が来るなんて思わなかったわ。ブヒって忘れる所だった。……はい。お誕生日おめでとう優」

「ありがとう……」


 私は真緒からプレゼントが入ったビニール袋を渡される。この水族館のロゴが印刷された袋だ。まぁ、当然か。ここで買ったんだしね。

 どれどれ。中には何が入っているのやら。変なモノじゃないと良いけど……。


 勿論、真緒から貰うなら変なモノでも嬉しいけど。いや。前言撤回。言い過ぎた。

 変なモノはやっぱ嫌だ。ん? この箱は……。


「ジグソーパズル?」

「そうよ。ピース、ピース」

「いや真顔でピースされても……」


 真緒は両手をピースサインにして、顔の左右に掲げていた。て。パズルのピースとかけてるのか。ピースサインを。


「てか何でコレ?」

「えぇ。そのパズルを作りながら、この日のデートを思い出せるし。たとえ完成したとしても、完成した絵を見ればいつでもデートの事を思い出せるでしょう?」

「……確かに」

「どう? 気に入ったかしら?」


 まぁ、変なモノじゃ無かった事は良かった。それにどちらかと言えば気に入ったかな? だって真緒がそんな風に考えてコレを選んだって思うと。それだけで嬉しかったから。


 ほら。やっぱりプレゼントは。思いの籠ったモノが良いんだよ。


「うんッ!! ありがとう真緒ッ!!」

「ッ!? ……どう……致しまして」

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