第17試愛 真緒Side ラウンド3


 水族館と聞いた時。優は微妙な顔をしていた。何よ優。楽しいじゃない水族館。

 だって。新鮮どころか生きている寿司ネタが泳いでいるのよ? パクパクならぬワクワクじゃない。そう。まるで回転寿司に来た時のように。さぁ、一体何から食べようかと。悩む時のあの高揚感に似ている。


 それに加え。泳いでいるネタを見ながら、その味を脳内で想像するのも乙なもので良いわよね。ワビサビって言うのかしら? え? 違う? まぁ、良いじゃ無いの。

 何たって寿司にはワサビが付き物なのだから。


 にしても。今日の優は可愛いわね。白いフリルワンピースが良く似合っている。

 まるで、ひまわり畑で舞い踊る妖精さんのようだった。優はわたしに見つめられ、モジモジと身体をくねらせる。その目は何かを期待するような光が宿っていた。


 わたしは優が期待しているであろう言葉を掛けた。


「その服。似合っているわ。とっても可愛いわよ、優」

「ッ!? ……ぁりがとぉ……えへへっ」

「ッ!?」


 にへらぁと緩んだ顔で笑う優は。わたしの心臓を握りつぶした。やばい。何て破壊力なんだ。思わず即死してしまったじゃないか。まるで真夏の太陽みたいなその笑顔はわたしに効く。こんなの。ますます優の事が好きになってしまうじゃない。


 身体が熱を持つのが分かる。わたしの中で優への好きが溢れているからだ。これじゃあ、熱中症じゃ無くて優中症で倒れちゃうわ。


「……その。真緒も凄く似合ってる……よ?」

「……そう。ありがとう」


 なんて。思わずぶっきらぼうに返事を返してしまう。それほどに優からの誉め言葉が嬉しい。つまりは。わたしなりの照れ隠し。


「――デュフッ! デュフフッ!」

「……真緒。笑い方キモイよ」

「……うふふっ」


 マズい。嬉しさが隠しきれていなかったようね。如何やら、オタク笑いが出てしまったようだわ。わたしは口元に手を当て、上品に笑って誤魔化す。


「真緒」

「うん? 何かしら優」

「……手、繋ご」

「そうね。デートだものね? はい」


 優に手を差し出す。わたしの手を優の小さな手が握る。そして指と指が互い違いに絡み合った。恋人繋ぎである。


 そうしてわたし達は手を繋いだまま、電車に乗って目的地の水族館へと向かった。





 ***





 入館料金を払い、水族館の中に入る。因みに入館料金は高校生で千二百円である。

 それを二人分。わたしが払った。何たって今日は優の誕生日だ。未来のパートナーであるわたしが払うのは当然だった。最初、優が自分で払うと言って来たので。キスを軽く堕として黙らせた。


 あの時の優の赤い顔。可愛かったなぁ。そしてわたしは優と手を繋いだまま連れ立って水族館の中に入った。するとスタッフから短冊をそれぞれ一つ貰った。わたしは紫。優は黄色だ。如何やら館内の至る所に笹飾りが置いてあって、自由に願いを書いた短冊を付けて良いらしい。


 そこでわたし達は。先に願いだけ書いておいて、良い場所を見つけたらそこに飾ろうという事になった。早速、願い事を短冊に書く。ほぼ同時に書き終わった。わたしが書いた願い事は。


『好きな人と付き合えますように』


 だった。勿論好きな人と言うのは優の事である。それ以外に居るはずが無かった。

 短冊を優に見られない様にポシェットに仕舞う。


「それじゃあ。行きましょう優」

「うん」


 離していた手を繋ぎ直し、先ずは七夕特別展示エリアに向かった。


「――わーッ!! 見て見てッ!! シマウマみたいッ!!」

「本当ね」


 優の言う通りその魚は。卵型の白い身体に、黒い縦縞が三本入っていた。そしてヒレが長い。名前は。アマノガワテンジクダイ。なるほど、名前からして七夕に相応しいわね。如何やら絶滅危惧種であるらしく、さらに食用ではないらしい。残念。タイって名前に入っているから食べられるかと思ったのに。


 わたし達は次の水槽に移る。


「わーッ!! 今度は全身斑点だッ!!」

「ふふっ、そうね」


 さっきもそうだったが、まるで少年みたいな反応をする優。微笑ましくて笑みが零れてしまう。少女の愛らしさに少年の純粋さ持った優は。とっても尊くて大切な存在の様に思えた。いや、大切な存在だ。


 わたしにとっては、優しかいないのだ。わたしを理解してくれて、機械じゃ無く人として接してくれるのは。全力を出しても潰れないのは。目の前に居る優しか居ないのだ。だから魔王わたし勇者ゆうが好きなんだ。


 て。ちょっと。割り込んでくるんじゃ無いわよ魔王。確かに私が優に恋をしたのは、あなたの恋心が切っ掛けなのでしょうけれど。今ではこの恋心は。わたしのものなのよ? だから邪魔しないでもらえるかしら?


「? どうしたの真緒?」

「……この魚食べられるかなと思って」

「……えぇ~。それは無いでしょ」

「確かに。食べられない様ね。この魚は」


 優の言う通り、如何やらこのシモフリタナバタウオは食用では無く観賞用らしい。

 残念。シモフリっていう、美味しそうな名前しているから食べれると思ったのに。


 わたし達は隣の水槽に移った。


「わーッ!! 今度は背中に斑点だッ!!」

「どれどれ……」


 この魚は食べれれるのかしら? わたしは解説のパネルを見る。

 名前はホシササノハベラ。ふむふむ。この魚は性転換するらしい。初めは全員がメスとして産まれ、オスになった個体はハーレムを形成。そのオスが死ねば、代わりにハーレム内で一番体の大きいメスがオスになるという。


 へぇー。ならわたしがもしこの魚だったら、オスになるのかしら? だってわたし。背が高くて胸も大きいし。ま、男になる気はこれっぽちも無いけど。


 それはさておき。わたしは肝心の解説に目を通す。食べられるか否か。解説には食用と書かれていた。その身は白身で、塩焼きや煮付けにすると美味しいらしい。主に西日本で食べられているという。しかし釣り人の間では、この魚を食べる事は外道と言われているらしい。ま、釣り人ではないわたしにはそんな事関係無いけど。


 ふーん? そう言われて見ればこの魚。背中の白い斑点が、まぶされた塩のように見えて来たわね。


「じゅるり」

「真緒。よだれ出てるって」

「あぁ、わたしとした事が」

「ほら。ハンカチ貸してあげる」

「ありがとう優」


 優から淡いピンクのハンカチを貰う。わたしはそれで口元のよだれを拭った。ハンカチを優に返す。優はそのハンカチを大事そうにポシェットに仕舞った。ん? そんなに大事なハンカチだったのかしら? なんだか悪い事したわね。


「……ん」

「はいはい」


 わたしは差し出された優の手を握った。指を絡め合う。その手は汗でしっとりと湿っていた。それでも不快に感じないのは。相手が優だからかしらね? 優の手汗なら喜んで舐め回したいぐらいだし。





 ***





 わたしと優はふれあいコーナーに来ていた。ここでは様々な海の生き物とふれあい体験が出来るコーナーだった。まぁ、名前通りの場所なのだけれど。


 ふれあいコーナーにいるお客は、ほとんどが家族連れだった。当然か。よほどのもの好きじゃ無ければこんな所に来ないわよね。なんせ、見た目がアレなナマコとかが居るし。子供なら好奇心から触るだろうが、大人はそうは行かない。


 無駄に知識が豊富になった分、未知の存在には尻込みしてしまうというもの。本能を優先する子供と違って、大人は理性を優先してしまうのだから。……でも。わたしと優はそのどちらでも無い立ち位置に居るのだ。


 本能と理性の間で綱引きをしているのだ。そしてわたしは今。理性が勝っていた。


「ほらッ! 真緒も触ってみなってッ! ぷにぷにしてて可愛いよ?」

「いやッ!? 裏っかわを見せないで頂戴ッ!? 気持ち悪いッ!!」

「えー。ナマコちゃんが可哀想だよぉ? ねーっ?」


 するとナマコがそうだッ! と言わんばかりに海水をわたしの顔にぶっかけてきたではないか。クソッ! この犬畜生がッ!! ……いや、海畜生か? 兎に角わたしの顔が磯臭くなってしまったでは無いかッ!? これじゃあ優とキスが出来ないわ。


「わわッ!? ごめんッ!! ……大丈夫? 真緒?」

「えぇ。平気よ。これくらい」

「ハンカチ使う?」

「いいえ。自分のを持っているから大丈夫よ?」


 それに。そのハンカチ大事なものなのでしょう? ならこんな、海畜生が吐いた海水で汚すわけには行かないわ


「……いや、別にコレはそう言うのじゃ……」

「あら? 違ったかしら? だって私がよだれを拭いたあと、大事そうにポシェットに仕舞っていたから」

「あ……うんッ!! 大事だったッ!! そう、すっごく大事なものッ!!」


 優は慌てたようにそう言った。


「やっぱり。そうだったのね。ごめんなさいね。わたしのよだれで汚してしまって」

「ううんッ!! 平気ッ!! それに真緒のよだれだったら、この前散々味わってるしッ!!」

「え?」

「あっ」


 ふーん? あの時、わたしの唾液。味わっていたんだ。へぇー? 勿論、わたしも味わったわ。優の唾液。仄かに甘くて、優なんだって味がした。


「ねぇ、優? もう一度味わいたい?」

「ッ!? …………ぅん」

「そう。ならトイレに行きましょう。ここだと人目も多いし、何よりもガキどもの教育に悪いしね?」

「……ぅん」


 そしてわたしは自分のハンカチで顔を拭った後。優と連れ立って近くにあったトイレに向かう。連れションならぬ、連れチュウである。中に入り、だれも居ないことを確認。個室の鍵も確認した。全部、青だった。どうやら奇跡的に誰も居ないみたいね。さぁ、誰かが来る前に済ませて終おう。


 わたし達は個室に二人で入った。わたしは便座に座ると、優を膝の上に乗せた。優の麦わら帽子が邪魔だったので脱がし、個室の壁に引っ掛ける。

 

 よく見える様になった優の顔は。真っ赤だった。まるで茹でダコみたいに。可愛いわね。わたしは優の顎先を指で持ち上げた。


「優……するよ?」

「…………ぅん」


 優が目を瞑る。わたしは顔を少し傾け、優の唇に軽く口づけた。二度三度と行う。


「優、舌だして」

「んれぁ~」


 唾液でヌメついたその舌を。わたしは吸った。そして前後に動かす。優が身体を引こうとするので、頭を両手で押さえて逃げないようにする。観念したのか優は身体をわたしに委ねた。


 やがて、ちゅぽんとわたしは優の舌を抜く。


「口。開けて?」


 その口を己の口で塞ぎ、舌と舌を絡め合う。脳内に直接水音が響いて、それ以外の音が聞こえなくなる。今この瞬間、世界はわたし達だけになった。


 と。息苦しくなって来たので一度口を離す。肺が酸素を求めて横隔膜を下げる。


「「はぁ……はぁ……」」

「……優。あなた、わたしの唾液を味わいたいのよね?」

「……ぅ、うん」

「なら、少し口を開けて待ってなさい」

「……分かった」


 わたしは口の中でくちゅくちゅと唾液を溜めた。意図を察した優の瞳が歓喜の色を灯す。ふふっ。何時もわたしの事を変態って言っている癖に。案外、優も変態なのかしらね?


 餌を待つ雛ペンギンの様に口を開けている優。そこに私は餌では無く、唾液を流し込んだ。


 優は恍惚な表情を浮かべ、わたしの唾液を口の中でくちゅくちゅと味わう。

 そして嚥下した。


「どう? 美味しい? わたしの唾液?」

「……ぅん。ぉいしぃよぉ……」

「ふふっ。そんな蕩けた顔して。可愛いね優?」

「ぁぅ」


 本当に可愛いわ優。


 だから。もう少しだけわたしの唾液を、味あわせてあげる。

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