第14試愛 優Side ラウンド3
間延びした家のチャイムが、私の微睡んでいた意識を覚醒させる。誰だろう? きっと私をお見舞いに来たお客では無い筈だ。そんなお見舞いに来るような友達は居ないから。いや、友達なら一人だけ居たわ。
……真緒。私がひそかに想いを寄せる人だ。でもその想いは真緒に伝える訳には行かない。私は勇者だから魔王に負ける訳には行かないのだ。私が真緒にこの思いを伝えてしまったら。堕とし愛と言う名の
それだけは嫌だから。だからこの思いは胸の奥底に封印する事に決めた。それだけじゃ無い。真緒に告白してしまえば、この関係が崩壊してしまう。そのことが無性に怖かった。あと。もし私の告白が断られたら? 私の事を友達としか見ていなかったら? 同性から告白されて気持ち悪いと思われたら?
なんて、あれこれ考えると。告白するのが、とても怖くて恐ろしいものの様に思えて仕方が無かった。なのに。知らない誰かは、真緒に告白していた。
正直、腹がたった。こんなに私が悩んで苦しんでいるのに。その誰かは。真緒へと自分の想いを、自分の好きを、声高に叫んでいたのだから。羨ましかった。私だって真緒に告白したかったよ。……でも。出来ない。魔王に負けてはいけないっていう、勇者のプライドが邪魔をするから。それに何よりも。今の関係が崩れてしまうのがとてつもなく怖かったから。
それに。私の好きな真緒が、その誰かに取られると思うと。体の内側から火あぶりにされるような。怒り。憎しみ。苦しみ。痛み。嫉み。妬み。絶望。そう言った負の感情が。私の中で渦巻き、
その
……真緒。その誰かの告白を真緒は受けたのかな? はいって。不束者ですがよろしくお願いしますって。言ったのかな? もう私の事なんか忘れて、その誰かと楽しく過ごすのかな? 私にしたみたいに、キスするのかな? 恋人繋ぎで街を歩いたりするのかな? それに……。真緒は。その誰かと。キス以上の事もするのかな?
もう。私は。真緒の隣に居られないのかな? もしそんな事になったら私。家から一歩も出られなくなっちゃうよ。だって外に出たら。真緒とその誰かが、楽しく一緒に笑い合っている所をこの青い瞳で見てしまうから。まるで見せつけられている様な気がして。嫌だから。だから。家から出られなくなると思う。
気付けば、私は泣いていた。ベッドに潜り込んだまま、声を必死に押し殺して泣いていた。声を上げてしまえば、お客さんに聞かれてしまうから。こんな情けない姿を家族以外に見せたくないから。必死に声を押し殺して泣いた。
がチャリ。私の部屋のドアが開く音が聞こえた。どうして? 何で私の部屋のドアを開けるの? やめてよママ。こんな恥ずかしい姿。お客さんに見せられないよ。
「……優」
「……ッ?!」
その玲瓏な声は。私の唯一の友達で。私が一途に想いを寄せる人で。そして今一番会いたくない存在だった。だって、昨日あんなに怒鳴り散らして。泣いている所を見られて。逃げるようにして別れたのに。そして今も。こうして声を必死に抑えて泣いているから。
合わせる顔なんて無かった。なんで会いに来るのよ。ていうか。そもそもなんで私の家が分かったんだよ? 真緒は私の家なんて知らないはずなのに。
「……その。風邪って聞いて。お見舞いに来たわ」
部屋に入って来た真緒の足音は。私がいるベッドの脇で止まった。
「……優。もしかして寝てるの? ……そっか。昨日の事、謝りたかったのだけれど。寝ているんじゃあ仕方ないわね」
え? 昨日の事? それってあの時の? でも謝りたいって。どうして? アレは私が悪いのに。私が勝手に嫉妬して、泣いて、怒鳴り散らして逃げた私が悪いのに。
なんで真緒が謝る必要があるのよ。
「……また来るわね優。……お大事に」
「……待ってッ!」
だから私は。真緒が謝る必要は無いと。悪いのは自分だと。そう言う為に。私は被っていた布団から顔を勢いよく出して。真緒の手首を握った。
真緒が振り向く。その黒い瞳に映る私の顔は。涙でグシャグシャに汚れ、擦り過ぎた目尻は赤く腫れていた。ホント。酷い顔。こんなの誰にも見せられないじゃん。
てかもう、今まさに真緒に見られてるし。でもそんなのどうだって良い。
「……優。その顔……」
「気にしないで良いから」
「いや、でも」
「良いからッ!! ほらッ!! 隣、座ってッ!!」
「……う、うん」
体を起こした私は。ズレたキャミソールの肩紐を掛け直し、パーカーを羽織る。そしてベッドに腰掛け、隣を手で叩いて真緒に座る様に促した。素直に応じた真緒は。私から人一人分ぐらい開けて座った。その間を私は詰める。真緒がまた離れようとしたので、私は真緒の膝の上に座って向かい合う。
これなら逃げられない。
「ゆ、優ッ?!」
「だってアンタ。逃げようとするんだもん」
「……で、でも」
「でももヘチマも無いッ! 良い? 真緒?」
「……はい」
「よろしい」
私は真緒から目を離さないようにして、本題に入った。
「真緒。さっき謝るとか何とか言っていたけど……」
「……そうね」
「別にアレは真緒が悪いワケじゃ無いわ」
「え?」
「アレは。私が個人的感情で怒鳴ったのであって。アンタは悪くないわ。だから謝るのは私の方よ」
そうだ。真緒は全く悪くない。私が嫉妬したのがいけないんだ。
「――それは違うわよ優」
「え?」
「わたしがあなたの気持ちを考えないで。あんな。揶揄うように言ったのがいけないの。……告白してきた人が誰か。優は気になっていたわよね?」
「……それは」
当たり前だ。私の好きな人が誰に告白されたかなんて。気になるに決まっている。
寧ろ気にならない方がおかしい。
「ごめんなさい。あの時は答えられなくて。でも大丈夫よ。今日はちゃんと答えるから」
「……誰なの?」
「山田太郎」
「やまだ……たろう?」
よく目にする、サンプルみたいな名前だな。ソイツが真緒に告白した誰かか。名前からしてソイツは男だよね? ……そっか。やっぱり真緒は。女の私なんかより男の方が良いんだ。
「そう。そいつがわたしに告白してきた男」
そして私は、もっとも気になっていた事を聞いた。
「…………返事は?」
決まっている。そんなの……。私は耳を塞ぎたくなる気持ちを抑えた。聞きたくないけど、ちゃんと聞かなきゃ。そうして、私の恋心に別れを告げなきゃいけないんだから。私は覚悟を決めた。真緒が言うであろうその言葉を受け止める為に。
「――勿論、断ったわよ」
「へ?」
今何て言った? 真緒は今なんて言った? 断った? 受けたでは無く? ホントに? 断った? 私はその瞬間。ふっと身体の力が抜けるような。心の重石が軽くなったようなそんな感覚に襲われた。
気付けば。私はまた泣いていた。ポロポロと涙が頬を伝う。
「……優?」
「あれ? どうしてだろう? 何で私。泣いているんだろう? あはは……」
パーカーの袖で拭っても拭っても、その涙は止まらなかった。でもその涙は悲しいからと言うより。安心して泣いているような感じがした。そっか。私。安心したんだ。真緒が告白を断った事に。
その事実に気付いた私は。自分の想いを止められなかった。想いに突き動かされる様に、私は真緒に抱きつく。
「まおっ!!」
「ちょっとッ?!」
強く強く抱き締めた。離れない様に。離さない様に。何処にも行かない様に。何処にも行けない様に。真緒は自分のものだと言うように。私は抱き締めた。
そうして私は真緒の肩に自分の顎を乗せて。思いっきり泣いた。
「怖かったッ!! 真緒が私の知らない所に行っちゃうのがッ!! とってもとっても怖かったッ!! ……真緒が。知らない誰かの所に行っちゃうのが嫌だった。私が置いて行かれちゃうのが嫌だった。……真緒の隣に居られなくなるのが辛かった。――だから。もうちょっとだけこうさせて?」
「……うん」
真緒は私の背中をよしよしと優しく擦ってくれる。まるで幼子をあやすみたいな優しさだった。私は真緒の温もりと匂いに包まれ、ひたすら泣いた。今まで貯めていたものを吐き出す様に。
暫くして。落ち着いて来た私は、真緒を抱きしめていた腕を離す。そして真緒の顔を見つめて言う。
「……キス。……いつものじゃ無くて。舌を入れる奴して?」
「……本当に良いの?」
「うん。して欲しい」
「……分かったわ」
と言って真緒は。膝から私を軽々と持ち上げ、そのままベッドに横たえさせた。真緒は私の上に跨ると。白く細く長い指で私の頬を優しく撫で、地続きに唇をなぞった。真緒の顔がグッと近付く。真緒の呼吸は少し荒かった。私も同じだった。
「……するよ?」
「……うん」
私は目を瞑った。真緒の唇が軽く私の唇に触れる。続けざまに二度三度と触れる。
そして真緒は私の唇に舌を這わす。ペロっと舐められただけなのに。甘い快感が脳を焼く。我慢できずに私はその舌を咥えて吸った。
じゅるっといやらしい水音が頭に響いた。真緒が唇をぶつける。焦ったように私の口内に真緒の舌が侵入。舌同士が絡み合い、先程よりも激しい水音が脳髄を犯す。
「……ぅんっ」
ふと真緒の舌先が私の上顎をなぞった。ビクッと身体が跳ねる。思わず声を漏らしてしまう。それほど気持ち良かった。その快感をもっと味わいたくて。舌で真緒を誘導した。意図を察した真緒は上顎を何度も舐め上げる。その度に身体がビクビク反応して。下半身が疼く。
私はその快感を真緒にも知って欲しくて。仕返した。
「……んっ」
真緒の艶めかしい声が私の中で響く。その声に思わず理性のタガが外れる。真緒の頭を抱き寄せ、その舌を貪るように蹂躙した。負けじと真緒も反撃してくる。お互いに呼吸を忘れるほど激しく求めあった。
やがて息が苦しくなった私達は、口を離して酸素を求める。と、粘っこくなったお互いの唾液が。混ざり合って一つの橋を掛けていた。
「「……ハァ……ハァ……ハァ……」」
「……まおっ」
「……ゆうっ」
そして私達は。再び、お互いを激しく求めあった。
あぁ。せっかくこの思いを封印したのに。このキスの所為で。ますます真緒の事が好きになってしまった。激しく求めてしまった。もうこうなったら、認めるしか無いじゃないか。
私は真緒の事が大好きだと。
余談だが。翌日、真緒が風邪で休んだのは言うまでも無かった。
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