第13試愛 真緒Side ラウンド2


 わたしは建物の影から、転んだ優が去っていくのを見ていた。傘は差していなかった。だって追い掛ける時に邪魔だったから。傘は畳んで右手で握り締めていた。

 優が転んだ時、わたしは助けなかった。いや。助けられなかった。あんな後なら尚更に。


 だから。見つからない様に建物の影に隠れた。あんな風に感情を露わにしていた優は初めて見た。何で優がそんなになったのかは。正直、憶測でしか無いが。きっと。

 優は嫉妬したんだと思う。わたしが告白されたから。


 一年の時にもわたしが告白された事があったが。その時はこんな風にはならなかった。なのにさっきは。あんなにも感情を高ぶらせていた。何故? 何故、優はわたしが告白されたことに嫉妬したんだ? ……まさかわたしの事が好きなのか?


 だからあんなに怒っていたのか? 涙が出るほどに。それはつまり、それだけわたしの事が好きだから? その思いが強い分、あんなに怒ったのか?


 そうだとしたら。わたしは。なんてひどい事をしたんだろう? わたしは優の事が好きなのに。いや、だからこそ優の好きが見えていなかったのか? だからわたしは。優を揶揄う為にあんな事を言ったのか?


 最低だ。優の思いに気付かないで。優をあれだけ苦しめたなんて。きっと優は。とても苦しくて痛い思いをしているに違いない。火刑に処された聖女の様に。優は嫉妬の炎に焼かれている。


 そんなにわたしの事が好きなんだ。と思う自分が居て、反吐が出た。だってそれは。優が傷つきながらわたしに向けた感情だから。優を傷つけたのはこのわたしだから。なのに。その感情を向けられて喜ぶなんて。そんなの最低だ。だから自分で自分に反吐が出た。


 そんな自分が許せなくて。わたしは唇を強く強く噛んだ。口の中に鉄の味が広がる。どうやら、嚙み過ぎて唇が切れた様だった。こんなの。優の痛みに比べたら何でもない痛みだ。わたしは血の混じった唾をアスファルトに吐き捨てる。そしてローファーの靴裏で踏みにじった。


 まるでそれが。自分自身であるかのように。わたしは責め苦を与えた。こんな事ではわたしの犯した罪なんて。許される筈も無いのは分かっている。だから。


 明日。学校に行ったらちゃんと謝ろう。そしてちゃんと言おう。あの告白は断ったと。ちゃんと言おう。そう。心に決めた。


 だが。優の事が好きだとは伝えない。伝えられない。もしも優がわたしの事を好きじゃなかったら? わたしの事を友達としか見ていなかったら? もしわたしの告白が断られたら? そんな事になれば。わたし達のこの関係は崩れてしまう。


 それが怖かった。だから言わない。言えない。まるで。RPGで勇者たちが来るのを、ずっと一人で城の中で待っている魔王の様に。そう。わたしは魔王だから。

 勇者が来るのを、ずっと待つことしか出来ないでいた。





 ***





「そこのあなた。ちょっと良いかしら?」

「はい……な、何でしょう……か? み、明星……さん?」


 翌日。昼休み。わたしは意を決して優のクラスにやって来た。空いたドアから見える教室には。優の姿が見えなかった。なので、手近にいた優のクラスメイトの女子にこうして話しかけたのだけれど。


 何よ? そんな警戒しなくたっていいじゃないの。何も取って喰おうって訳でも無いんだし。それに。人型の豚を喰っても不味いに決まっているもの。


「優を知らないかしら?」

「ゆう? ……えーっと。聖護院さんだよね? うん――いや、はい。今日は学校を休んでいるみたい……です」

「……そう。悪かったわね。お昼時に邪魔して」

「い、いえッ!? 滅相も御座いませんッ!?」


 あの優が? 学校を休んだ? 皆勤賞だったはずの優が? ……きっと昨日のわたしの所為だ。優の心をあんなに弄んだから。だから優は。それに。あんなに雨に打たれたんだ。風邪でも引いているかもしれないわね。謝るついでにお見舞いでもしてこようかな? あ。でも優の家知らないや。どうしよう?


 などと顎に手を当てて考え事をしていたら。誰かとぶつかってしまった。


「きゃッ!?」

「あぁ。ごめんなさい。少し考え事をしていたものだから。大丈夫かしら?」

「ッ!? ……は……はぃ……だ、大丈夫ですぅ……」

「そう。良かったわ。ほら掴まって?」

「ッ!? だ、大丈夫ですからーッ!?」

「?」


 どうしたのかしら? あんなに慌てて? まぁ、良いわ。今はそんな事より優だ。いったいどうすれば優の家の住所が分かる? ……って。優のクラスの担任に聞けばいい話じゃないの。


 そうと決まれば職員室ね。わたしは二年生の教室がある二階から、一階にある職員室に向かった。


「――先生。優の住所を教えてくれませんか?」

「駄目だよ。生徒のプライバシーなんだから。そうやすやすと教える訳には行かないよ。悪いね」

「……これでもですか?」


 そう言ってわたしは。ブラウスの第二ボタンを外す。今度は先生の顔を見て、ゆっくりと焦らす様に。第三ボタンを外した。そして胸の谷間が良く見えるように、胸元のブラウスを左右に開く。


 深い谷間が現れた。チラリと覗く黒いブラ。


「わ、分かったからッ!? そう言うのは止めなさいッ!? ……ほらッ!? これが聖護院さんの住所だからッ!」


 先生は優の住所をメモ用紙に走り書きして。その部分を破ってわたしに渡してきた。ありがたく貰う。


「……ふふっ。ありがとうございます。?」

「ッ!?」


 よし。これで優の住所は手に入れた。後は放課後になるのを待ってから、優のお家に行くだけね。……と。そうだったあともう一つだけ用事があったわ。

 わたしはそのもう一つの用事を済ませに向かう――。


「――えーっと? 何かな? 明星さん?」

「下の名前」

「え?」

「あなたの下の名前。教えてくれるかしら?」


 体育館裏。わたしに昨日、告白してきた男子にそう言った。優の言った事にちゃんと答えられなかったから。たかが豚の名前と思っていたけれど。優の問いに答える為だ。仕方ないから豚の名前を憶えてあげるわ。感謝しなさい?


「どうして? 昨日、僕の告白を断ったのに? ていうか。僕の名前覚えていなかったんだね。こんなに僕はキミの事を思っていたのに……」


 イラッ。あなた如き豚の思いなんて知らないわよ。わたしに思いを寄せて良いのは優だけなのだから。それ以外の思いなんてどうでも良いのよ。


 わたしはその苛立ちを行動で示した。即ち。足ドンである。体育館の外壁に背中を預けていた豚の、その腰の横にわたしは足を突っ張った。


「ヒッ!?」

「あなたの思いなんてどうでも良いの。だからさっさと、下の名前を教えなさい?」

「た、太郎ッ!? 僕の名前は太郎だッ!?」

「そう。ならもうあなたに用は無いわ」


 太郎って。まるでサンプルのような名前ね。

 わたしは足を退ける。豚は腰が抜けたのか、地面にへたり込んでしまう。


「あぁそうそう。最後にこれだけは言っておくわ。もう二度とわたしと聖護院に関わらない事。分かったかしら?」


 そうだ。わたしと優がこうなったのは。あなたが昨日、わたしに告白なんてするからよ。だから。もう二度と関わらないでもらいたい。それに、男の豚に付きまとわれるのは勘弁だしね? どうせ付きまとわれるなら、Y豚ちゃんの方が良いわ。


「……」

「返事は?」

「は、はいぃぃぃッ!!」


 そう言うと豚は脱兎の如く逃げて行った。豚のくせに足が速いわね。

 さてと。これで準備は整ったわ。あぁ、後。先生の話では如何やら、優は風邪を引いているみたいだから。お見舞いにコンビニで何か買って行こうかしらね。





 ***





 放課後。わたしは真っ先に学校を出た。そして近くのコンビニでスポーツドリンクとポッキーを買う。店を出るとわたしは。先生から教えてくれた、優のお家の住所がある場所に向かった。


 着いた場所には。五階建てのマンションがあった。わたしはエントランスに入って奥にあるエレベーターに乗り込んだ。三階を押す。ガコンとわずかな振動の後、ゆっくりとエレベーターが動き出す。


 チンと音が鳴りエレベーターが止まる。ドアが開いたのでわたしは外に出た。通路の突き当りにある部屋へと向かう。表札には、聖護院と書かれていた。ここね。ここがあの優が暮らしているハウスね。


 わたしの白く細く長い指がインターホンを鳴らす。ピンポーンと間延びしたチャイムが鳴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る