第11試愛 真緒Side ラウンド4


 やばいやばいやばいッ!? どうしようどうしようッ!? す、好きってッ!? 優がわたしの事好きって言ったッ!? まさかこれって夢じゃ無いわよねッ?!


 わたしは試しに、優に抓られたのとは反対の頬を抓った。


「いてっ」


 如何やら夢じゃない様ね。なら優がわたしの事を、好きって言ったのは事実って事ね。……でもそれはきっと。優がわたしの事を好きだから言ったんじゃなくて。わたしを堕とす為に言ったのよねきっと。堕とし愛という戦争ゲームに勝つ為に。


 それでもやっぱり。好きな人から好きって言われるのは。気持ち良すぎだろッ!?

 濡れるッ!! やばいやばい。そんな事言ったら本当に……。あ。ちょっとトイレにイかせて頂きますでそうろう


「――ふぅ。スッキリした」


 一応言っておくと。別に致した訳では無いわ。濡れてしまった所を拭いて。ついでにお花を摘んだだけよ。いくらわたしでも、真昼間から公共の場で過酷するなんて事。する訳が無いじゃない。盛りがついた犬じゃあるまいし。ま。おっぱいは付いてるけど。


「あ。真緒、どこ行ってたの?」


 ベンチに戻ると。飲み物を買い終わった優がちょこんと座っていた。可愛い。


「お花摘みにイっていたわ」

「そう。……はいコレ。真緒が来るの遅いから、少し私が飲んじゃったけど」

「ありがとう。頂くわ」


 そうして手渡されたのは。黄昏の紅茶、通称たそティーのレモンティーだった。五〇〇mlペットボトルの奴である。優の言う通り中身が少しだけ減っていた。ん? 待てよ。という事はだ。間接キスってコトォ!?


 ごくり。わたしはペットボトルのキャップを回す。露わになった飲み口を凝視。これがついさっき、優の口内に入っていたのか。わたしはその飲み口を吸った。


「チピチピチャパチャパ」

「ドゥビドゥビ……って何してんの?」

「? ……だって。優マッマがおっぱい飲ませてくれないから。代わりに優マッマの唾液汁を吸っているのだけれど?」

「なッ!? そんな変態的な赤ちゃんいないわよッ!? 大体そんな事するんだったらソレ。飲ませてあげないわ……よッ!」

「いやん」


 優がわたしが持っているペットボトルを、奪おうとしてきたので。わたしはサッと身を翻して距離を取る。


「むぅ。逃げんなし」

「逃げるわよ。だって喉乾いているんだもの。……ふぅ」


 一口二口と中身を飲み下す。息を一つ吐き、キャップを閉めると。ペットボトルを優に返した。


「ん? もう良いの? それにコレ。真緒に買ったものなんだけど?」

「だってソレ。わたし一人で飲み切れないもの。……だから優も飲んで良いわよ。それにもう、既に飲んでいたようだしね?」

「うッ! だってあれは。真緒が来るのが遅かったからで……」

「そう言う事だから。優も遠慮なくわたしの唾液をチピチピチャパチャパしていいからね?」

「ドゥビドゥビしないしッ!?」





 ***





 その後わたしと優は。絶叫系以外のアトラクションで遊んだ。絶叫系は別に怖くないのだけれどね? ただ、少しわたしが気絶するだけ。べ、別に怖くないんだからねッ!? ホントなんだからねッ!? ふんッ!?


 ここは脳内ツンデレちゃんに任せておいて。では、具体的にどんなアトラクションで遊んだかをこのわたしが説明しよう。


 まずはティーカップで回レ回レ回レをしたり。し過ぎて危うくゲロインしそうになったり。メリーゴーランドでキャッキャウフフしたり。ゴーカートで峠を攻めたり。

 ワンコインで動くパンダの乗り物に乗ったり。小さいお友達と一緒にプリプリでキュアキュアなヒーローショーを見て。あぁ、わたしにもこんな時代があったなぁとしみじみしたり。迷子になった女の子を優が助けたり。ナンパ男の金的を蹴り上げたり。


 お昼を食べるのも忘れて、わたし達はひたすらに遊んだ。まるで今まで遊んでいなかった分を取り戻すかの様に。優と目一杯遊んだ。


 そうして時間的にも次が最後のアトラクションとなった。最後はどんなアトラクションに乗るのかは。遊園地に殆ど言った事が無いわたしでも分かる。


 そう、観覧車だ。最後に夕日に照らされた観覧車に乗って、頂上で愛の告白をしてキスをする。いろんな創作物で散々擦られてきた。もはや擦り過ぎて穴が開いているぐらいだ。なのでこんなわたしでも知っていた。


 わたしと優は手を繋いだまま、観覧車の列に並ぶ。並んでいるのはほとんどがカップルだった。わたしと優もあんな風になれたら良いと思う。それが何時になるかは、まだ分からないけれど。きっとなれる筈だ。いや、なってみせるんだ。


 ――堕とし愛。そのためにこんな戦争ゲームを用意したのだから。優がわたしの事を好きになってくれる為に。こんな茶番を作ったのだ。だってこの勝負は。始まる前から既に決着が付いているのだから。


 だから。ねぇ? 優。早くわたしに堕ちてよ。わたしに溺れてよ。わたしが居ないと駄目な体になってよ。お願いだから。


「? どうしたの真緒? そんな思いつめたような顔して?」

「え? わたし今そんな顔してたかしら?」

「うん。してた。……あ。もしかして真緒って高い所苦手なの? 頭が良いから?」

「確かに。馬鹿は高い所が好きって言うけれども。でも。それだと優も苦手って事にならないかしら?」

「ふふっ。ホントだ。私、高い所苦手だったんだぁ。ねぇ? だからさ。観覧車乗るの止める? 私も怖いからさ?」


 なんて。怖くない癖に。わたしが高い所が怖いんだと思って。自分も怖いって言って。わたしが断りやすい雰囲気を作って。本当に。優って。優しいね。さっきだって迷子の女の子を助けてたし。誰もが見て見ぬ振りをしていたのに。わたしだってそうしたのに。だけど優は。そうするのが当たり前みたいな顔をして。女の子を助けた。


 何故だかそれは。勇者だからとかじゃなく。優だから。優だから助けたんだと、わたしはその時そう思った。だからわたしは、ますます優の事が好きになった。


 それなのに。その後、優をナンパしてきた男がいて。わたしは優が奪われたく無くて。汚らわしい男に触れられたく無くて。気付けば男の金的を、わたしは思いっ切り蹴り上げていた。わたしは震えていた優を優しく抱きしめて。大丈夫だよ。私が居るよと声を掛けた。すると優は安心したのか、身体の震えが収まった。


 わたしはその震えの理由を聞かなかった。だってそれは。優にとって心の傷だと思うから。誰だって傷を無理やりほじくり返されたくは無いでしょう? そんな事わたしはしたくは無いし。しようとも思わない。ただその傷を優しく包むだけ。


 なのに。優は。そんな心の傷を抱えているのにも関わらず。わたしを。こうやって気遣ってくれる。その優しさが。美しくて。尊くて。何よりも温かくて。だからわたしは優の事が、もっともっと好きになった。


「別にわたしは高い所は怖くないわよ? それに。悪役は高層ビルの屋上で腕組して、地上を睥睨しているものでしょう?」

「でも。映画とかだと悪役は決まってその高層ビルの屋上から、ヒーローに突き落とされて負けちゃわない?」

「そうね。でもわたしならそんなヘマしないわ。寧ろヒーローの方を突き落としてやるわ」

「うわぁ。そんな映画。見たくないね。つまらなそう」


 そうかしら? わたしはそんな映画あったら見てみたいわ。きっと面白いもの。だって。悪役は。何時もヒーローに負けてばかりだから。って。今のわたしも負けているんだったわね。勇者である優に。そう、わたしは既に優に堕ちている。


「ま。そう言う訳だから。高い所は平気よ」

「そっか。良かった。私こういうのに憧れてたからさ」

「え?」

「こうやって友達と観覧車乗るの。で、頂上で夕日を眺めるの。それって何かエモくない?」


 そこは恋人が良かったなんて。今は言える訳がなくて。だって。優が。こんなにも輝いているのだから。それは夕日に照らされたせいかもしれない。優の金髪がキラキラしてるし。でもそれ以上に優が輝いていたから。


 わたしはその言葉を飲み込んだ。代わりに別の言葉で濁す。


「そうね。エモいわね。なら夕日を背に頂上でツーショットでも撮る?」

「良いねソレッ!! 撮ろ撮ろッ!!」


 優は嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねた。可愛い。本当に可愛い。優を好きになって本当に良かった。


 わたし達は観覧車に手を繋いだまま乗った。ゆっくりと周りの景色が昇って行く。頂上に着くまでの間。お互いに会話は無かった。でもその沈黙は嫌では無かった。寧ろ心地いい。それに。言葉で繋がっていなくても。手で繋がっているから。互いの体温が溶け合って混ざり合えるから。わたし達は一人じゃないって思えるから。


 だから。わたしはもっともっと深く繋がりたくて。優の指の間に自分の指を挿入した。優はビクッと驚いた様子だったが。嫌な素振りは見せなかった。さっきよりも深く繋がる。言葉はもはや不要だった。わたし達はもう一人じゃ無かった。


 完璧が故に孤独だったわたしは。もう、一人じゃ無かった。優が居る。ここに優が居る。それが全てだった。


 やがて観覧車は頂上に着く。


「……撮ろ」

「……そうね」


 優がスマホを取り出す。そのスマホには。私があげた、お腹を見せたキジトラのストラップが楽し気に揺れていた。


 わたしと優は恋人繋ぎをしたまま、肩を寄せ合う。優がコテンと頭をわたしの肩に乗せた。金の髪が露出した肩を擽る。ふわりと優の甘い匂いが鼻腔を通り抜けた。


 優が掲げたスマホ。わたしと優は、それに向かって視線を送る。


「行くよ?」

「えぇ」

「はい。ちぃーず」


 パシャリ。シャッター音が観覧車の密室に響く。優は撮れた写真を確認。


「ねぇ。何で真顔なの? 笑ってよ」

「いや、わたしは笑顔とか苦手なのだけれど」

「何言ってんの? 私の前ではいつも笑顔だったじゃない」

「え?」

「何? 気付いてなかったの?」


 そうだったのか。気付かなかった。でも確かに優といると楽しい。なるほど。どうやら、わたしも気付かない間に笑っていたらしい。当たり前か。楽しければ自然と笑顔になるのは。


「ほら。笑って真緒」

「こうかしら? うへ~」

「違う。それはおじさん」

「こう? イーッ!」

「それは。ショ〇カー」

「「……プッ」」

「そうそうッ! その笑顔だよッ!」

「ふふっ」


 こうして撮れた写真には。優から送られてきたその写真には。夕日を背に、楽しそうに笑い合っているわたしと優が映っていた。

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