第8試愛 優Side ラウンド1
「真緒。はい。あ~ん」
「あ~むっ。……モグモグ」
昼休み。私と真緒はいつもの様に屋上でお昼を食べていた。そして今。私は真緒にあ~んをしている。あ~んしたものは、私が今朝作っただし巻き卵である。
ここ最近で一番出来が良い。と言っても、まだ料理を初めて一か月も立っていないのだが。
あの日。私達は晴れて天敵から
堕とし愛。私と真緒の九九九戦九九九引き分けに、決着を付ける
しかし何故。あ~んしている私の方が、こんなにドキドキしているのだろう? この感情が一体何なのかは、未だに分からない。……でも。決して嫌な感情では無いのは確かである。
「どう? 美味しい? ここ最近で会心の出来なんだけど?」
「……ごくん。えぇ。とっても美味しいわ。優のラブジュースの出汁が効いていて最高よ?」
「ッ!? そんなもの出汁にして無いわよッ!? 普通に市販の顆粒だしよッ!?」
全く。なんて事を言うのだ真緒は。まだお昼だって言うのに。そんなはしたない言葉を使うなんて。淫乱ピンクかよ。いや。淫乱ブラックか?
「うふふっ。それじゃあわたしのラブジュース入りの、だし巻き卵をあ~んしてあげるわ」
「だからそんなもの入ってないってッ!! っていうかそれ。私が作った奴だからねッ!? アンタの体液入れるんじゃ無いわよッ!?」
ホントにそんなもの入っていないからね? ホントだからねッ!?
「そんなに否定すると、かえって怪しいわよ?」
「なッ!? ホントに入ってないってッ!! そんな――」
「――えいっ!」
「――もごッ?!」
と話していた途中で。真緒は。私の口の中にだし巻き卵を突っ込んで来た。何すんのよッ!? 喉に詰まらせたらどうするのよッ!? ……モグモグ。あ。美味しい。
ん? 真緒? 自分の箸をじっと見つめてどうしたんだろう?
「レロレロレロレロレロレロ」
「は?」
真緒は。私の口に突っ込んだ自分の箸を、舌で舐め回し始めた。……うわぁ。気持ち悪い。小学校の頃、男子が私のリコーダーを舐めていたのを目撃したぐらいに気持ち悪い。
「真緒。キモイよそれ」
「レロレロレロ……ん? レロレロレロ――」
「――だから止めなってッ!? それは学校では恥ずかしい事なんだよッ!?」
思わず私は、真緒の手を掴んで口元から箸を離す。それでもなお真緒は。顔を近付けて箸を舐めようとしてくる。私は真緒の顔を掴んで引き離す。真緒の顔は両頬が潰れ、唇が飛び出した変顔になった。
「くッ!? 何て強い力なんだッ!? これが妖怪箸舐めハゲ女の力かッ!?」
「ベロベロベロベロベロベロッ!!」
「うわッ!? 私の手を舐めるなッ!? 妖怪箸舐めハゲ女ッ!?」
妖怪箸舐めハゲ女は、私の手を勢いよく舐め出した。ヌメヌメした舌の感触に驚いて、私は手を離してしまう。これ幸いにと、箸を舐め出すかに思えた妖怪箸舐めハゲ女だが。如何やらターゲットを私自身に切り替えた様だった。
「フシューッ! フシューッ! ……ハゲって……言うなぁーーッ!! ベロベロベロベロベロベロッ!!」
「うわぁーーーーッ!? ごぺんなさーーいッ!? もう二度とハゲって言いませんのでーーッ!?」
妖怪箸舐めハゲ女は、学校の屋上で私を追いかけ回す。
「……ハゲって……言うなぁーーッ!?」
「うわーーんッ!? 胸がデカすぎますッ!?」
妖怪箸舐めハゲ女の胸は豊満であった。走る度にぷるんぷるんと揺れていた。
おっぱいぷるんぷるんッ!! 内なる総統閣下もお怒りである。
「……ハァ……ハァ……。休憩……させて。……急に走ったから……いてて……脇腹が痛いっす……」
「……ハァ……ハァ……。そうね。わたしも……同じっす……いてて」
無駄に疲れた私達は。大の字になって屋上に寝転ぶ。青い空は今日も、私達を見下ろしていた。どうもっす。そうしてボケーっと空を見上げ、脇腹の痛みが治まるのを待った。
そうしてふと。私はある事を思いついた。
「……そう言えばさ。真緒」
「……んーッ? っはぁ。……何かしら?」
声の様子からして、如何やら真緒は身体を伸ばした様だった。わたしも体を伸ばしてから続きを言う。
「……今度のゴールデンウイーク。一緒に遊園地に行かない?」
「……そうね。良いかも知れないわね?」
「でしょ? それで何時なら行けそう?」
「うーん? わたしなら何時でもウェルカムよ。ばっちこいよ。だって優以外には友達いないもの」
「うん。知ってる。それに私も、友達は真緒以外には居ないし……」
「「……プッ!」」
私達は同時に噴き出す。そして噴き出したが最後。心の底から笑いが湧き上がり、私達は屋上で笑い合った。
そしてその笑い声は。四月の終わり往く空に溶けていく。
***
ゴールデンウイーク半ば。真緒と遊園地で遊ぶ約束をした日。私は今日が楽しみで昨日あまり寝れなかった。まるで遠足に行く小学生みたい。それも無理ないか。なんせ初めて出来た友達と遊びに行くのだ。楽しみに決まっている。
それに。この名前の分からない感情もソワソワと浮足立っていた。もしかしたら。今日、この感情の名前が分かるかも知れない。そう思うと。昨日は寝れなかった。
でも眠くは無い。眠気よりも楽し気が勝っているから。私は今日の為に気合を入れて、いつもなら絶対に着ないような可愛い服を着ていた。なんでかって? それは。
真緒にもう一度、可愛いと言ってもらう為である。
あの時の。恥ずかしいようで嬉しいような。フワフワでドキドキした感覚が忘れられない。出来るならもう一回味わいたかった。だから。何時もなら絶対に着ない可愛い服を着たのだ。つまり。
淡いピンクのフリルブラウスに、黒いフリルスカート。俗にいう地雷系ファッションである。これならば真緒に可愛いと言ってもらえる。そしてあわよくば私に堕ちて欲しい。
今日は純粋に、友達として遊園地で遊ぶ事になっているが。堕とし愛はまだ終わった訳では無い。だから。決して油断はしない。堕とせるなら堕としてしまっても構わないのだろう? と言う事である。何? それは死亡フラグじゃないかって?
そんなの関係ねぇッ! そんなの関係ねぇッ! はい。おっ〇っぴーッ!
ほら。私の中のよしおもこう言っている。大丈夫だ。問題ない。
なんて。頭の中でパンイチのよしおが拳を打ち下ろしていたら。待ち合わせ場所の駅前広場に着いた。辺りを見回す。あれ? 真緒は? まだ来てないのかな?
私は駅前にある時計を確認する。待ち合わせの時間まであと九分弱だった。
真緒ならもっと早く来ていると思ったが。これじゃあ。お待たせ、待った? が出来ないじゃないか。何だ。残念。一度はやって見たかったんだけどな。
て。それじゃあまるで。私が真緒の彼女みたいじゃないかッ!? わ、私は別にそう言う意味でやりたかったんじゃ無いッ!? ただお待たせ、待った? をやりたいのであって。別に、真緒の彼女になりたいワケじゃ無いッ!? そうッ!! これは純粋な興味であって。そう言う感情は一切無いんだッ!?
ハァ……ハァ……。一体私は誰にムキになっているんだ? それに何だ? 否定する度に胸がチクりと痛むのは? これじゃあまるで……。
「――うわっ!?」
「――だ~れだ?」
突然、私の視界が何かに塞がれる。背後から聞こえて来たこの玲瓏な声は。毎日の様に聞いているこの声は。人を揶揄う魔王の様なこの声は。そう。真緒だった。
私は真緒に手で目隠しされたのだ。そうだった。真緒がただ普通に待っている筈が無い。そんなの分かり切った事だったじゃないか。この、からかい上手の明星さんが普通に登場する筈が無いじゃないか。
クソ。私は見事に真緒の手のひらで踊らされたワケだ。こんなんじゃ。お待たせ、待った? なんて出来る筈も無い。もしかしたら。私がこう考えるのも真緒がそういう風に誘導しているからだったり? なんて。それは流石に考えすぎか。
でも。癪なのは変わらない。勇者の背後を取るとは魔王卑怯なり。私は誰何に答えず、真緒の手を引き剥がす。そして後ろに振り返った。
「――何よアンタ。素直に待てない……ワ……ケ……」
私は文句の一つでも言おうとするが。言葉尻にかけてその勢いが衰えていった。
そこには。真緒が居た。いや、それは当たり前なんだけど。着ている服が。ね?
前に一度、真緒の私服を見たことがあったが。その時は清楚なお姉さんといった感じだったのに。今は。カッコよさと大人の色香を併せ持った感じになっていた。
すらりと長い真緒の脚が。ぴったりとしたスキニーデニムに覆われ、よりその長さを強調し。さらに。白いオフショルダーの露出した肩から浮かび上がる鎖骨が、何とも言えない艶めかしさを醸し出していた。
加えて。スッキリした首の上に鎮座している頭の髪型が。ストレートから、その長い髪を後ろで束ねたポニーテールに。変わっていた。スッキリとした真緒の顔は。美しくて。カッコよくて。それでいて可愛かった。
「えっと? そんなにジロジロ見られると、恥ずかしいのだけれど……」
「……似合ってる」
気付けば私の小さな口は。そう言葉を吐いていた。真緒の顔がポッと赤くなった。何照れてんのよ。可愛いじゃない。いつもは超然としている癖に。こういう誉め言葉に弱いんだから。
ほら。今度は真緒の番だよ? 私の事を可愛いって言って。言えよ。
私はスカートを摘まんでアピールした。望む言葉を掛けて欲しくて。
「ど、どう? 可愛い?」
あぁ。思わず自分から言ってしまった。……でも。その言葉は真緒から直接聞きたくて。身長の関係上は勿論あるが、私は自分から進んで上目遣いで懇願した。
可愛い。その一言が欲しくて。なのに。真緒は。
「バキバキ童貞です」
なんて。意味の分からないことを言いやがった。
誠に遺憾です。
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