ハーフタイム 私はまだ知らない


 私は勇者失格だ。

 なんせカラオケデートで自分の事を優先するあまり。明星の気持ちを考えないで、強引にキスをしてしまったのだ。更には、軽く啄むキスだけでは飽き足らず。その先の、大人なキスまでしようとした。


 当然、明星は私を拒絶した。当たり前だ。私だってそうする。きっとあの時の私は。とっても怖かったと思うから。だって。自分の為に相手を利用する事しか、考えていなかったのだから。まるで人を物みたいに扱ったのだから。


 でも。私をこんな風にしたのは。全部、明星が悪いんだ。そう。私にキスをしたあの日からだ。私がおかしくなったのは。あれ以来。何時も明星の事ばかり考えてしまう。


 明星の唇の感触を思い出しては悶々としたり。明星の身体に触れると、何故か心臓がドキドキしたり。ふわっと香る明星の甘い匂いに頭がクラッとしたり。今まではそんな事無かったのに。気が付けば明星の事を考えてしまう。


 きっとこの感情は恋愛感情では無い筈だ。だってアイツは。勇者わたしの唯一の天敵なのだから。そんな相手に恋愛感情を抱くなどあり得ない。だからこの感情は別の何かだ。なら一体何だと言うのだろうか?


 それを知りたくて私は。明星にあんなひどい事をしてしまったワケだ。本当に最低だな私って。でも何故だろう? 明星に拒絶された時。胸が締め付けられるような感じがしたのは。まさか私がアイツに嫌われたくないとでも言うのか? アイツは私の天敵なのに? 私が倒すべき敵なのに?


 じゃあこの感情が恋愛感情じゃないなら。どういう感情なんだ? ……まさか友情? いや、それこそまさかだ。そんな筈はない。本当に? なら私は、アイツの事をどう思っているのだろうか?


 私は今一度。明星との関係を振り返ってみる。アイツとの思い出は。どれも彼もが戦いの思い出ばかりだ。戦いと言っても何も、生死を賭けた血生臭い戦いの事ではない。現代でそんなことをすれば、警察のお世話になってしまう。それだけは避けねばならない。将来に影響しちゃうからね。


 そこで私たちはそれ以外で戦う事にした。つまりは。テストの点数を競ったり。ゲームで対戦したり。スポーツで試合を行ったり。おおよそ、勝負と名が付くものは一通りやったと思う。……でも。


 私達はこれまで九九九回戦って、九九九回引き分けに終わっている。だが、今思い返してみれば。その戦いのどれもが楽しかった様な気がする。だって。私が全力を出しても勝てない相手なんて。明星が初めてだったから。


 勇者の記憶を思い出してからの私は、何をしても上手く出来た。まぁ、料理はして来なかったから例外だけど。つまりは。自分で言うのもあれだが。私は完璧超人だったという事。


 それで苦労した事と言えば。何をしても上手くいったので、毎日がつまらなかった事と。友達が出来なかった事と。周りからイジメられた事ぐらい。勿論、イジメてきた奴らは。私がこの手で鉄拳制裁してやった。


 が。それで私をイジメていた奴らが。その罪を全部、私に被せて先生に言いつけやがった。だが。完璧超人だった私は。こういう時の為に。私がイジメられていた証拠を残しておいたのだ。こうしてイジメていた奴らは。私に形ばかりの謝罪を行い。転校していった。


 以来。周りからイジメられることは無くなった。寧ろ。周りが私を遠ざけている様に感じた。それはそうだろう。誰も噛み付いたと思った相手から、手痛い反撃を喰らいたくは無いのだから。


 閑話休題。こうして孤高の一匹狼だった私は。高校に入学と同時に、私の唯一の天敵になる女。明星真緒と出会う事になった。以降は先に述べた通りである。


こうして思い返せば。私と明星って。戦いってことを抜きにすればまるで。そう。まるで仲良く遊ぶ友達みたいよね。……あ。そうだったのか。私達って天敵と書いてともだちと読む関係だったんだ。


 そうか。この感情は。友情だったんだ。今まで友達が居なかったから分からなかったけど。フワフワしてドキドキする。一緒に居て楽しい。つい、相手の事を考えてしまう。それが友達って言うのか。


 ならもっと早く、明星とキスをしておくんだったな。そうすればこの感情にもっと早く気付けたのにな。ん? でも待てよ。キスって好きな人同士で、するものなんじゃないの? そうだとすれば。明星が私にキスしたのって……。私が好きってこと?


 いやいやいやッ!? 無い無い無いッ!? 絶対無いッ!? そんなはず無い。だってそうだったら。明星は。堕とし愛をする前から、私に堕ちていたって事になる。

 でもそれじゃあ勝負にならない。初めから負けている勝負に明星が挑むなんて。そんな事アイツがする筈が無い。


 あと、友達同士でもキスってするのだろうか? うーん? 余計に分からなくなった。……でも。もし。もしもだよ? 明星が私の事をその……好きだとして。

 あの時、屋上で私とキスをしたと言うのなら。


 私が感じているこの思いは。一体何なのだろうか? 恋、ではないと思う。なら友情かと言われれば。どこか違う様な気がする。……だーーッ!! 益々この感情が何なのか分からなくなったじゃないかッ!!


 クソッ! 一体どうすれば良いんだ? 誰かに相談する? でも相談できる相手なんて両親ぐらいしかいない。だが、両親に相談すればきっと。揶揄って来るのが目に見えている。それだけは絶対に嫌だった。こっちは真剣に悩んでいるのに、馬鹿にされているみたいで嫌だから。


 でもそれじゃあ、どうすればこの感情の手掛かりが掴める? ……そうか。小説。

 同性愛を題材にした小説なら。私のこの感情が。恋愛に起因するものなのか分かるかも知れない。小説は登場人物の内面を描写することに長けているって言うし。


 と。ここまでが私の昨日の回想。以下に記すことが翌日の土曜。休日に起こった事である。





 ***





 我々はこの感情の正体を掴むべく。同性愛を題材にした小説を探し求め、知識のジャングルへと足を踏み入れた(とある書店に来ていた)。この書店は人目に付かない所にある、個人経営のお店だ。何故、大手の書店ではないのかって? そっちの方が品揃えも豊富じゃないかって?


 いや考えてみて欲しい。同性愛への理解が進んで来ているとは言え。それを題材にした小説を買うのを、クラスメイトに見られる所を。もっとわかりやすく言うなら。

 エロ本を買っている所を。


 そんなの見られた日には、恥ずかしくて学校に行けなくなるでしょ? だからクラスメイトが来ないであろう、個人経営のそれも人目に付かないような所の書店に来ていたのだ。


 なのに。私はそこで、今一番出会いたくない女に出会ってしまった。そう。明星真緒である。明星は私が取ろうとしていた本を取って、揶揄って来た。この本を返してほしければ。時間を貸せと。そう言って来た。


 私はその申し出を承諾した。だって、カラオケデートの時の事を。ちゃんと謝れていなかったから。何やら明星の方も話があるらしい。きっと。私と同じ事だと思った。ただし。私に罵詈雑言をぶつける為だと思う。だって。あんなひどい事をしてしまったんだから。当然だ。


 だと言うのに。アイツは。明星は。自分の方から頭を下げて来た。あなたを拒絶してごめんなさいと。そう言って来た。そんなのずるいよ。悪いのは私の方なのに。明星の気持ちを考えないこの私なのに。


 ホント。勇者に相応しいのはどっちなんだか。自分の気持ちを押し付けるだけの私は、魔王の方がよっぽどお似合いだよ。……それでも私は。前世では勇者だったんだ。ここで謝らないでどうする? そうしないと、本当に勇者失格だ。いや違うな。


 ――天敵ともだち失格だッ!!


 だから私は。明星に。ううん。真緒に。頭を下げた。

 そうだ。今はこれで良い。この感情が何だとしても。この思いは変わらないのだから。だから。この感情の正体は。これから少しずつ分かって行けば。それで良い。


 その後。私達は何故か、私が買った小説を肩を並べて二人で読むことに。どうして? という思いもあるが。でも。真緒が隣に居る事が。真緒の体温が感じられる事が。無性に嬉しいのだ。


 真緒は私の顔を見てエロいだとか。デカ乳を押し付けられ、危うく窒息しそうになったり。私の頬に付いたケチャップを真緒が舌で舐め取ったりと。相も変わらず私を揶揄って来た。何だかんだで真緒に揶揄われるのは。嫌じゃない。


 それだけじゃ無い。真緒と手を繋ぐのも嫌ではない。こうして手を繋いで街を当ても無くブラブラするのが。真緒と一緒だと思うと、まるで違う街に来たみたいで。ワクワクドキドキして楽しかった。


 でも。楽しい時間はあっという間に過ぎて。だから私は。真緒にこの時間を忘れてほしく無くて。この一瞬を大切にしてほしくて。私の事を忘れてほしく無くて。形に残す事にした。そう。真緒に星のストラップをプレゼントすることにしたのだ。


 お詫びと言う名の建前で。だが。真緒は純粋にお詫びとして、私にプレゼントをくれると言う。そんな事しなくても良いのに。アレは私が悪いんだから。でも。真緒のその黒い瞳は。真夜中の空みたいに真っすぐで。だからそれを汚したく無くて。わたしは断れなかった。


 真緒がくれたのは。キジトラがお腹を出して寝そべっているストラップだった。どうしてと問えば。私が猫に似て可愛いからだと言う。真緒は何度も私の事を可愛いと言った。その度に私の心臓が。ドクンと跳ねる。こんなにも嬉しいと感じたのは生まれて初めてだった。


 私は真緒から貰ったストラップを握り締める。何処かに行ってしまわない様に。自分の一部のように。真緒。このストラップは一生大事にするね? だから真緒も私があげたストラップを大事にしてね? 絶対だからね?


 そして私は。自分のこの嬉しい思いを、少しでも共有して欲しくて。気付けば可愛いと真緒に向かって口走っていた。私の見間違えじゃ無ければ、真緒の顔は赤く染まっていた。その顔を私は改めて可愛いと思った。


 とそこで私は重大な事を思い出す。そう。私達は連絡先をまだ交換していないことに。こんなんじゃ友達と呼べないよねと。お互いの連絡先を交換した。


 それは。連絡帳に初めて家族以外が登録された瞬間だった。私はスマホに映る真緒の連絡先を眺める。ただの文字の集まりの筈なのに。何故だか真緒という文字を見たら、ドクンと心臓が跳ねた。


 その感情の名前を私はまだ知らない。

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