第5試愛 マオウSide ラウンド1


 聖護院とカラオケデートをした翌日。

 今日は土曜日。学校は休みだ。


 その事に何処かホッとしている自分が居る。どうしてかって? そんなの決まっている。聖護院と顔を合わせるのが気まずいからだ。


 あんな積極的な聖護院。初めてだ。それはもう怖いくらいに。何か鬼気迫るものを感じるほどだった。どうしたんだろう一体?


 今わたしは姿見の前で。外出する為の服を選んでいた。今日はパンツにしようか? それともスカートにしようか? うん。スカートにしよう。


 初めて聖護院の方からキスしてきた。今まではわたしの方からしていたのに。そこまでなら驚く事こそあれ。わたしは大歓迎である。……でも。聖護院は……。


 わたしの唇を舐め、閉じていた口蓋をこじ開けようとしてきた。それは舌と舌を絡め合う、所謂ディープキスという奴で。わたしがまだしていない事を聖護院は。


 してこようとして。わたしは。拒絶した。もちろん嫌と言う訳では無い。寧ろばっちこいである。なら何故。拒絶したのかと言えば……。


 単にわたしの中の魔王プライドが邪魔しただけである。そう。わたしの中の魔王は。魔王であるだけに。無駄に自尊心が高く。自身の天敵想い人である勇者に先を越されたくないのだ。初めてを奪うなら自分から。そう思っているから。


 何とも難儀な性格である。……でも。自分の前世のその気持ちは。わたしにも少し分かる。だってユウシャ可愛いんだもん。普段は完璧超人なのに。こっちから攻めたら。顔をリンゴみたいに赤く熟すんだもん。

 それに。わたしの為に。手を怪我をしながらも、慣れない料理に挑戦するなんて。健気で思わずキスしてしまう位にとっても可愛いのだ。


 何よりも。初めてを奪った時のユウシャのあの顔。呆けたようで蕩けたような。困惑したようで羞恥したような。何とも言えない表情をしていた。あの顔は……。

 子宮にクルものがあった。だから。初めては自分から奪いたい。


 これがエゴだと言うのは分かっている。でも。それでも良いじゃないか。恋をするっていう事は。自分のエゴを他人に押し付けるって言う事なのだから。

 エゴは……。人間が持つ本能よくぼうみたいなものなんだから。


 あれ? 結局、わたしも魔王と同じ気持ちじゃないの。如何やらわたし達。似た者同士の様ね? ……って。それもそうようね。だって。魔王は自分自身前世の自分なんだから。……だけれど。魔王がわたしの聖護院を拒絶したのは許せない。


 魔王。さっさとその未練を捨てなさい。あなたはもう死んでいるのよ? 今この身体はわたしのものなの。死人風情が出しゃばるなよ。死人に口なしって言葉。ご存じでない? まぁ? 聖護院に恋する切っ掛けをくれた事には? 感謝してるけどね。


 だから邪魔はしないで貰いたい。だってこの恋心は。もうわたしのものなのだから。分かったら、さっさと成仏しなさい。魔王。


 とは言え。聖護院を拒絶してしまったのは事実。今度会ったら謝ろう。

 わたしはそう決意した。


「……うーん?」


 所で上はどうしようか? 今日はシャツ一枚だと肌寒いし。そうね。このカーディガンでも羽織るかな。


「……よし」


 姿見に映るわたし。ダークグリーンのロングスカートに、白シャツとベージュのカーディガン。大人っぽいコーデに仕上がっている。


 わたしはポシェットを肩に下げ、玄関でブーツを履くと外に出た。





 ***





 わたしの休日の過ごし方は地味だ。先ずは書店で気になった小説を買う。そしてレトロな喫茶店でその小説を、お昼時になるまでひたすら読む。で、お昼はそのまま喫茶店で済ませる。そして喫茶店を出ると。当てもなくぶらぶらと街を練り歩く。


 何とも現役JKとは言えない、地味な休日の過ごし方である。だが。わたしはその地味な過ごし方が好きだ。生き急がず、今の時間をゆっくりと噛み締める。


 そんな。贅沢な時間の使い方をした、休日の過ごし方がわたしは好きだ。

 でも……。この日は違った。出鼻から挫かれた。


 なんと。書店で聖護院と出会ったのである。わたしがいつも利用しているその書店は。個人経営の小さな町の本屋で。滅多に人が来ないような路地裏にあって。

 だから。まさか知り合いに出会うとは思わなくて。それもわたしが恋焦がれる相手ともなれば。尚更に。


 わたしは咄嗟に本棚の影に隠れた。様子を伺う。なんで隠れるのかって? そんなの気まずいからに決まっている。確かに、今度会ったら聖護院に謝ろうと思っていたが。まさかこんなに早く会うとは予想してなかった。会うとしたら学校だと思ったから。当然、謝罪の言葉や心の準備が整っている筈も無く。


 こうして長身の身体を丸め、本棚の影に身を隠したのだ。あと。休日に知り合いとばったり会ったら気まずいのもある。


 聖護院は本棚を穴が開くほど舐め回していた。にしても。聖護院の私服。初めて見た気がする。言われてみれば。これまで九九九回も聖護院と戦ってきたが。その戦場は決まって学校や放課後だった。つまりは制服姿しか見てこなかったという事。


 聖護院は白シャツに黒いナイロンジャケット。それにデニムショートパンツを穿いていた。頭にはキャップを被っている。ストリート系のコーデだった。

 カッコイイ。キュンです。聖護院は可愛いだけじゃなく、カッコイイも併せ持っているなんて。そんなの反則だと思うのだけれど。


 と。聖護院は気になった本があったのか。背伸びして本棚に手を伸ばした。だけど。その手は。本に触れる事は出来なかった。いや。届きそうに無かった。今度はぴょんぴょんと飛んで手を伸ばすが、それでも届かない。


 あ”~。心がぴょんぴょんするんじゃ~。て。聖護院に萌えている場合じゃない。

 ここは未来のパートナーであるわたしが、スパダリな所を見せなければ。


 わたしは聖護院の後ろから気付かれない様に。差し足忍び足で近づく。そして横合いからわたしの長身を生かして。聖護院が取ろうとしていた本を手に取った。


「……あ。ありがとうございま……す……ッ!?」

「……へぇ」


 その本の題名は。百合の花園。

 表紙には女性同士が向かい合うイラストが描かれている。


「……ユウシャってこういうのに興味あるんだ?」

「べ、別に良いでしょッ!? 私が何を読もうが私の勝手でしょッ!? ほらッ!!良いからその本、早く渡しなさいよッ!?」


 わたしはその本を高く掲げ、聖護院の手が届かない様にする。どうしようかな? このまま暫く、こうしてユウシャを揶揄うのも。それはそれで面白いが。

 

 ここで聖護院と出会ったのも何かの縁だ。ここは聖護院を誘って。何とか昨日の事を謝ろう。そうしよう。


「そうね。この本を渡してほしければ」

「……ければ?」

「今日一日。ユウシャの時間をわたしに頂戴。そうしたらこの本を返してあげるわ。イエスかノーか半分か。さぁ、どれかしら?」

「……なによ半分って。まぁ、良いわ。私の時間。マオウにあげるわ。……これで良い?」

「よろしい。其方にこの本を授けようぞ」

「ふん」


 わたしは掲げていた本を聖護院に授けた。ぶっきらぼうに本を受け取った聖護院は。そのままの足で店のカウンターに向かう。わたしはその後を追う。

 今日は本を買わなくていいや。だって聖護院と一緒の時間を過ごせるのだから。


 それに勝る事なんてこの世には存在しないのだ。

 聖護院さいこーッ! 聖護院すきーッ! 聖護院あいしてるーッ!

 何たって聖護院の可愛さは、世界一ィィィッ!! いや。宇宙一ィィィッ!! なのだから。


「? そんなとこで突っ立ってんじゃ無いわよ。マオウにあげた私の時間。無駄にするつもり?」


 と聖護院は店の出入り口で。今だ店内にいたわたしに声を掛けた。おっと。聖護院教の伝道師たるわたしとした事が。聖護院の可愛さを宇宙に知らしめるあまり。トリップしていたようだ。

 いかんいかん。こうしては居られない。教祖様の時間を無駄にしては駄目だ。


 わたしは書店から出た。


「……で。マオウ。これから私の時間を使って何するのよ?」

「うーん? そうね……」


 何しよう? 昨日の事を謝ろうとするあまり、そこまで考えてなかった。どうしよう。うーん? 謝るのにちょうどいい場所……。

 そうかッ!? 喫茶店だ。わたしが休日によく行くあそこだ。あそこなら静かで落ち着いているから。真面目な話をするにはちょうどいいかも知れない。


「喫茶店とかどうかしら?」

「喫茶店?」

「そう。喫茶店。丁度、ユウシャに話したい事があったし。あなたも話をするのなら、落ち着ける所の方が良いでしょう?」

「……そうね」


 そうしてわたし達は喫茶店に向かった。

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