第4試愛 ユウシャSide ラウンド2


 明星を引き摺るようにして学校を後にした私。放課後戦争ラグナロク・デートの目的地である駅前のカラオケ屋の前に来ていた。そう。歌唱戦争カラオケ・デートである。何やら歌って戦う変形ロボットや変身ヒロインのアニメが始まりそうな予感のするデートである。


 密室に女二人。何も起きないはずが無く……。触れ合う肩。絡み合う指。近付く唇。太腿を伝う手。やがてその手は聖域へと伸ばされ……?


「――ねぇユウシャ?」

「――ひゃッ!?」


 と過熱する思考が、遂に危険な領域へと突入する。いや、しそうになった所で明星の玲瓏な声が私の思考を冷ました。

 て。何を考えようとしていたんだ私はッ!? 別に私は……み、明星とそう言う関係になりたい訳じゃないのにッ!? 


 ただ明星を恋に堕として、勝負に勝ちたいのであって。決してそんなやましい考えで、カラオケデートを計画したんじゃないッ! クソッ! 私がこんな事を考えちゃうのも全部。明星が悪いのよッ!!


 大将ッ! 今日やってる? みたいなノリで。私にキスしたり。油を差したばかりの機械の如く、さらりと好きだと口説いて来たり。全部、全部。明星が悪いんだ。


 マオウが悪いんだ。……だから覚悟しなさい。ユウシャであるこの私が。貴様を退治してくれるッ!!


「ひゃッ!? だって。ひゃッ!? 可愛い声だったよ? ユウシャ?」

「ッ!? か、揶揄わないでよッ!? ……で? 何よ?」

「あぁ、そうだったわね。まぁ、わたしとしてはやぶさかではないのだけれど……」

「けれど何なのよ?」


 明星は胸に手を当てて言い淀む。溜めなくていいから、早く言いなさいよ。


「……手」

「手? 手がどうしたのよ?」


 まさか。突然、寄〇獣みたいに右手が喋り出したとか言わないわよね? て、流石にそれは無いか。手だけに。


「――わたしの右手が突然、しゃ――」

「――そう言うのいいからッ!!」


 ねぇ、アホなの? アホアホなの? アホウドリなの? アホウ、アホウって鳴くの? どうなのよ。


「こほん。……手。何時まで握っているのかしら?」

「…………え?」


 右手を見ると。明星の左手と繋がっていた。それはもうがっしりと。……あ。

 そうか。あの時。恥ずか死にそうだった私は。テンパって明星の手首を掴んだつもりが、誤って手そのものを掴んでいたという事か。


 じゃあ、それから今までずっと……?


「シュワッチッ!?」


 私はパッと手を離して、明星から距離を取る。そしてファイティングポーズを決めた。クソッ! これが孔明の罠かッ!?


「なにその3分間しか戦えない巨人みたいな掛け声は……?」

「おのれッ!? くらえスペ〇ウム光線ッ!!」


 ビーームッ!! フハハハッ!! どうだッ!! 参ったかッ!! 降参したかッ!!


「…………。さぁほら。早く中に入りましょう? お母さん恥ずかしいわ」


 そう言うと明星は。スペ〇ウム光線ポーズの私を置いて、カラオケ屋の店内へと。自動ドアを潜って入って行った。


「ちょっ! ちょっとッ!! 何時からアンタは私のお母さんになったのよッ!? ねぇッ! ねぇってばッ!! 待ってよッ!? おかあ~~さ~~んッ!!」





 ***





「――愛してる~~ッ!!」


 カラオケ屋に入った私と明星。あてがわれた部屋に入るとすぐさま。ドリンクと軽食を注文した。そして注文したものが届くまでの間。デンモクで歌う曲を選ぶ。


 暫くして。どれを歌うか決めた頃、ちょうど注文が届いた。私はコーラをストローで一口飲んで喉を潤す。そして今。私は一万年と二千年前から愛を叫んでいた。


 誰に? 勿論、明星ではない。この握り締めたマイクにだ。私が今歌っているのは。スポーツドリンクみたいな名前の曲だ。あなたと合体したい系ロボットのアニメソングだ。


 なに? 古く無いかって? そんなのはどうでも良いんだよ。名曲には新しいも古いも無いんだよ。盛り上がれば何だって良いんだよッ!!


 私は今まで散々、明星から揶揄われて溜まっていたストレスを。歌にぶつけて発散した。ふぅ~。スッキリした。


「はい。次はマオウの番よ」


 握っていたマイクを明星に差し出す。受け取った明星はデンモクに自分が歌う曲を入れ、立ち上がる。私はソファーに座って、ストローでコーラを飲む。ズズズッ。

 うん。美味しい。お、前奏が流れ始めた。……これは。


 そして明星は非常に高いキーで歌い始める。この歌は。ドラ〇もんによく似た昔のアニメの歌じゃ無いか?

 小さい頃、ローカルテレビで再放送していたのを覚えている。


 ていうか。シュールだな。明星が高い声で真顔のまま歌っているの。

 

「――はじめて~の~ちゅう」


 とそこで明星は。己の下唇に人差し指を当て、私に向かってウインクしてきた。

 私の心臓が撃ち抜かれる。トクンと。……初めてのチュウ。そのフレーズに一昨日の事を思い出す。私は学校の屋上で明星と初めてキスした。


 明星は私の天敵なのに。魔王は勇者の敵なのに。何故、キスされて嫌だと思わなかったのか。何故、ドキドキと心臓が五月蝿いぐらいなっていたのか。理性じぶんでは嫌だと思っているはずなのに。どういう訳か本能わたしは違うと言っている。


 それに。昨日のキス。少し嬉しいと感じている自分が何処かに居た。

 どういう事なの? 私は明星の事は嫌いなはず。なのに。何故なんだ?


 歌い終わった明星はマイクをテーブルに置き。乾いた喉を潤す為。ソーダをストローでちゅうちゅうと飲み始める。私は嫌でもその唇から目が離せなくなった。


 ストローを咥える唇。明星の唇。私にキスをした唇。

 どれもただの唇の筈なのに。なんで私の心はこんなにもさざなみが立っているんだろう? 訳が分からないよ。


 ……そうだ。そうだよ。この感情の正体が一体何なんだか。確かめる方法があるじゃないかッ!! そう。それはキスだ。もう一度キスすれば。この感情の正体が何なんだか、掴めるかも知れない。こうしちゃいられない。善は急げだ。


 私はソファーから立ち上がり。テーブルを迂回して。明星の隣に腰掛けた。


「何かしら? ユウシャ?」

「……」


 明星のその問いには答えず。私はテーブルに置いてある、ポッキーを一つ取った。

 そして私は。


 座っている明星の膝の上に跨り、向かい合う。明星の後ろの壁に片手を突く。所謂壁ドンと言う奴である。


「……ユウシャ?」

「……マオウ。ポッキーゲームするわよ」

「え……?」

「ほら。いいからこれを咥えなさい」

「ちょっ……むぐっ」


 強引にポッキーのチョコが付いた先っぽを。明星の口内へと挿入した。私は反対側のクッキー部分を咥える。明星と目が合った。その瞳の光は困惑の輝きを放つ。


 これで。このままポッキーを食べ進めて、そのままキスをすれば。私の中にあるこの感情の正体が。何なんだか掴めるはず。


 私は一口二口とポッキーを食べ進める。何時もなら積極的にキスするはずの明星が。この時は何故だか。顔を後ろに引いた。……でも。明星の後ろは。壁だ。


 逃げ場は無い。大人しく私にキスされなさい。そして私に堕ちなさい。


 さぁ――堕とし愛ましょう?


 気付けばポッキーが後一口で。無くなる。私はそこで一旦止まった。互いの鼻息が掛かる。明星は長い睫毛で、己の黒い瞳を覆い隠す。その下の頬は赤かった。


 私は少し顔を傾ける。こうしないとキスをする時、お互いの鼻がぶつかってしまう。明星が私にキスする時。そうしていたから。私もそうする。


 そして遂に私は最後の一口を食べた。唇同士が触れあう。高鳴る心臓。身体の内側からフワフワと、ナニカが込み上げてくる。私はそれを確かめたくて。離した唇をもう一度。くっ付けた。


「……んっ」


 吐息が漏れる。

 ……でも。この感情の正体は。掴めなかった。まるで雲を掴むように、するすると私の手をすり抜けていった。


 足りない。もっと。もっとだ。もっと深く繋がらないと。私は明星の柔らかい唇に舌先を這わす。そして固く閉じられた口蓋をこじ開けようとした。しかし……。


「……だめ……ッ」


 明星が私の肩を押し返した。反動で唇が離れてしまう。勿論。この感情の手掛かりも一緒に。


「……あ」


 とそこで重大な事に気が付いた。私、今。何をしようとした?


「……どいて。……わたしの上から」

「……う、うん……」


 押し殺すような明星の声。私はその膝の上から退く。


「……ちょっとトイレ行ってくるわ……」

「……」


 明星はそのまま部屋を出て行った。


「…………はぁー」


 ソファーに寝そべって天井を見上げる。片手の甲で目元を覆うと、深いため息を零す。何してんだよ私。自分の感情が知りたいからって。相手の事を考えもせずに行動するなんて。……最低だ。こんなんじゃ勇者失格だ。


「……ホント。何してんだろうな。私って……」

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