第3試愛 ユウシャSide ラウンド1
「痛ッ!」
髪を洗う為に泡立てたシャンプーが、今朝包丁で切った傷に傷に沁みる。その痛みを我慢して私は自慢の金髪を洗う。そしてシャワーで流さず、続けて今度は身体を洗い始める。
やがて全身泡だらけのあわあわ人間になった私。しかし頭からシャワーを浴びた事で、全身ピカピカのピカピカ人間に変身した。ピッカァッ! 違うそれは電気鼠の鳴き声だ。
こうして、髪も体も一緒に流した方が時短になるし。何より水道代が抑えられる。いや。私の家は貧乏って訳ではない。かと言ってお金持ちでも無い。所謂、中流階級と言う奴だ。
とは言え。節約できるなら節約するに越した事は無い。何たってお金は大事だからね。
そうして身体が綺麗になった私は、湯船に浸かった。
「あ”~~ッ!」
現役JKから出てはいけない類の、オッサンボイスが飛び出る。だって仕方ないじゃないか。身体から力が抜けるこの感覚。気持ちいいんだもん。
「ふぅ~~」
にしても。私は湯船のお湯を顔に掛け、今日のお昼の一件を思い出す。
初めて作った手作り弁当。それまで一度も料理をしたことは無かった私。だって料理は両親が作ってくれたから。自分から作る必要が無かった。
だから早起きして、両親に教わりながら作った。両親からは、好きな人が出来たのかと散々揶揄われたが。そうなら良かったけど。残念ながらこれは違う。
これは勝負なんだ。勇者と魔王の。決着を掛けた最終戦争だ。そのための手作り弁当である。相手を堕とすにはまずは胃袋から。きっとこの法則は古今東西変わらないはず。
作戦は一応成功したと思う。明星は宇宙一美味しいとか言っていたから。でも。
問題はその後だ。私は明星の言った事が信じられず。ホントかどうか尋ねた。
そしたらどうだ? アイツはいけしゃあしゃあと口説いて来たじゃないかッ!?
さらには……。き、ききききききキスまでしてきたんだぞッ!?
落ち着け私。まだ勝負は始まったばかりだ。こんなに取り乱してどうするんだよ。
クソッ。なんで私だけこんなにドキドキしているんだ。明星の奴も、私の作戦で少しはドキドキしているといいんだけどな。
て。これじゃあまるで私がアイツに恋しているみたいじゃないッ!? 断じてそんな事は無いッ!? これはそうッ!! いきなり好きって言われたり、いきなりキスされて頭が混乱してるだけッ!! そうッ!! きっとそうだッ!!
私はそんな事を考えながら。湯船に口を付け、蟹の如くブクブクと泡を吐いていた。考えていた間、ずっと泡を吐いていた為。肺の空気を出し切ってしまい、酸素を取り込もうと口を開く。当然お湯が口の中に入って来た。慌てて口を湯船から出す。
「プハァッ!! ゲホッ……ゲホッ……。あぶねぇ。お風呂で溺れる所だった。セーフ」
死因がキスされた事を思い出して溺死とか。そんなの恥ずかしくてお嫁に行けないよ。とほほのほのホトトギス。あ。死んだらそもそもお嫁に行けないか。
「……。あークソッ!」
湯船を握り締めた拳で叩く。パシャリと跳ねた飛沫が顔に掛かる。乱暴に顔を拭い、その拭った手の平を見つめた。握り締める。
明日こそ絶対に、ギャフンと言わせてあげるんだからッ! 覚悟しなさいッ!
て。何だか三下の悪役みたいな台詞だなこれ。どちらかというと私は、正義の味方サイドなんだけどな。前世が勇者だし。
ま。兎にも角にも。明日の作戦を考えないとね。
***
翌日の放課後。
私は明星のクラスを襲撃した。ん、クラスを襲う。おっと。私の中の狼ちゃんステイだよステイ。私は狼ちゃんをなだめつつ。一応、誤解の無い様に説明しておく。
襲撃というのはつまり。真緒ちゃん、遊びましょ。と誘いに来ただけである。
以上。解散。
しかし。教室中の何処を探しても。掃除用具入れの中を覗いても。燦然と輝く黒い一番星は見当たらなかった。どこ行った?
……はッ!? まさかッ!? 敵前逃亡ゥッ!? 分かっているのかッ!? 敵前逃亡は死刑案件だぞッ!?
憲兵ッ!! 奴を引っ捕らえろッ!!
サーッ!! イェッサーッ!!
私は駆け足で校門へと向かった。
「――そこッ!! 廊下は走らないッ!!」
「すいません……」
訂正。私は競歩で校門へと向かった。
「――そこッ!! 廊下は……走ってないなッ!! ヨシッ!!」
さっきとは別の先生が注意しようとして。私が走っていないことに気が付いて、現場猫ポーズを取った。
階段に差し掛かった私は。辺りを確認。よし。先生は居ないな。軽く屈伸運動を行った後。私は階段を全飛ばしで飛び降りた。
「いッ!?」
ビリビリと着地の衝撃が、足裏から頭の天辺に突き抜けていく。
いってぇぇぇぇぇぇッ!! ……でも。脱走兵を逃がすわけには行かない。
持ってくれよ。私の身体……ッ!!
そして昇降口に付いた私は。上履きを自分の所に突っ込み。ローファーを引っ張り出す。ローファーを足に引っ掛けた私は駆け出した。夕日ではなく校門に向かって。
目標をセンター入れてスイッチ。目標をセンター入れてスイッチ。
視界の正面に明星の後ろ姿を収める。パターン黒。真緒です。既に校門から出ようとしている所だった。
私は若者の主張ばりに声を張り上げた。
「――マオウッ!! 逃げんじゃないわよッ!! 私と一緒に
明星は振り向く。心なしか顔が赤い気がする。いや。当然か。だって西日が当たっているのだから。一昨日屋上で見た時の様にその黒髪は。風に靡き、夕日に照らされて輝いていた。
私はそのまま駆け寄り、明星の細い腰を捕まえて悪質タックルをかます。
しかし。明星は衝突の瞬間。身体を引いて衝撃を緩和。それでも尚、抑えきれない衝撃は。私ごと自分の身体を回転させて、衝撃を逃がした。
まるで草原でキャッキャウフフと、はしゃいでいる恋人たちが。クルクルと回りながら抱き合っている様に。
私は抱きついたまま顔を上げ――れなかった。なぜならば。ふよんと明星の胸部装甲がわたしの頭を押さえ付けていたから。なによ。無駄にデカい乳して。それでいて腰がこんなに細いなんて反則じゃない。神様は人に一物も二物も与えるんですね。
理不尽じゃんね? 私は背も低ければ胸もねぇ、お子ちゃま体型なのに。
明星はナイスバデーでさらに背も高いと来た。
理不尽じゃんね?
私は身体を離して、明星をキッと吊り目がちな青い瞳で睨む。神様への恨みを込めて、私はそのデカ乳をビンタした。
「あんっ。ユウシャのエッチ」
「エッチなのはアンタでしょ? そんなドスケベな体して。……ふんっ」
腕を胸の前で組んでそっぽを向く私。
その横顔へと。ボインと明星のデカ乳が押し当てられる。反動で私はたたらを踏んだ。
「……ちょっとッ! 何すんのよマオウ」
「ふふっ。お返しの乳ビンタよ?」
ぐぬぬ。屈辱だ。恨みを乳にぶつけたら、逆に乳をぶつけられるとは。
こんなの。チッチチチッおっぱ~いッ! ボインボイン~。みたいな、ふざけた歌詞のような展開じゃん。
はぁ~。これから作戦開始だってのに。戦う前から疲れたじゃないの。
そう。私は昨日、明星を恋に堕とす為の新たな作戦を考えた。それは……。
――
何やら、デートでアライブしそうな中二心を擽る作戦名だが。とどのつまりは。ただ放課後にデートするだけである。ふふん。我ながらよく考え付いた作戦名だと思うのだよ諸君。
終末である神々の黄昏と、終業時間である放課後を掛けている所とか。天才じゃね? 天才じゃね? 大事な事なので二回言いました。はい。
「……それよりマオウ。何でアンタは逃げようとしてんのよ?」
「? 逃げる? 一体何の事かしら?」
明星は小首を傾げて惚けた。
「惚けったって無駄だからね? ……そう。
「……そうね? でも。まさか勝負の為に、よくあんな恥ずかしい台詞。堂々と言えたものね? ユウシャ?」
ん? 恥ずかしい台詞? そんなの言ったっけ? ……あッ!?
『――マオウッ!! 逃げんじゃないわよッ!! 私と一緒に
言ってったわ。思いっ切り。大声で。デートって。デートって。周りに下校する生徒たちが居る場所で。思いっ切り。
「~~~~ッ?!」
スカートの裾を両手でぎゅっと握り締める。私の顔は火が出そうな程に熱くなった。何してんのよ私ッ!? こんな公衆の面前でッ!? あんな恥ずかしい台詞口走るなんてッ!? ヒーハーッ!! どうかしてるぜッ!!
思わず黒いマヨネーズが出てしまうほど。私は羞恥に悶える。あぁ。穴があったら入りたい。穴。どこかにありませんか?
こんなの。恥ずかしくて死んじゃうよッ!? 略して恥か死ぬッ!?
ユウシャ、自害しろ。イヤーッ! グワーッ!
私は明星の手を掴み。そのまま明星を引き摺るようにして、戦線を離脱した。
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