第2試愛 マオウSide


 わたしは屋上へと通じるドアを背に、自分の豊満な胸に手を当てた。

 脂肪の奥にある心臓が、五月蝿いぐらいの早鐘を打っている。


「……しちゃった」


 何を? キスを。あの聖護院とキスをした。


 ――優・シャルロッテ・聖護院。


 わたしの前世の天敵である。わたしの前世は魔王だ。その天敵という事は。聖護院は勇者の前世を持つという事。


 その相手とたった今、キスをした。何故、天敵に? と思うかもしれない。簡単だ。わたしは生まれる前から、聖護院に恋をしているからだ。

 いや、正確にはわたしの前世である魔王が、聖護院の前世である勇者に恋をしていると言った方が正しい。


 この高校に入学して、聖護院を一目見た時。わたしの全身に電流が走った。やっと見つけたと。前世の記憶わたしが震えたのを今でも覚えている。


 わたしは物心ついた頃、前世の記憶を思い出した。それからというもの。運動も勉強も常に学年一位だった。周りの人はわたしの事を、神童だとか天才だとか怪物だとか人外だとか。


 好き勝手に。賞賛したり羨望したり嫉妬したり侮蔑したり。言い放題だった。そんなのどうでも良い。わたしはわたしを理解して欲しかった。ただそれだけ。


 でも周りの人は、わたしを理解しようともせず。便利な機械か何かの様に扱うばかり。あぁ、誰もわたしの事は見てくれないんだな。周りの人間たちは、わたしが持っている力が欲しいだけなんだな。


 そう悟った時。わたしは周りの人間を、豚頭の醜い家畜と認識するようになった。どうせ誰も、わたしの事は理解しようともしないのだから。話の通じない動物でしか無い。


 当然そんな態度を取れば、周りから人が離れていくのは道理である。寂しくは無い。だってブヒブヒ耳障りな鳴き声を聞かなくて済むのだから。


 わたしはそうして自分を鎧った。


 ……だけど。唯一わたしに対等に付いてこれる人間。つまり、聖護院と出会ってからというもの。身に纏ったその鎧は、一つずつ剝がれていった。


 あなたならわたしを理解わかってくれる。そう思えたから。切っ掛けは前世の魔王の恋心かも知れない。でも。今わたしが抱いているこの恋心は。


 自分自身明星真緒だけのものだ。

 他の誰にもこの思いは邪魔させない。たとえ魔王じぶんであっても。





 ***





「――マオウッ! お昼、一緒に食べるわよッ!」


 屋上でキスした翌日。

 四限が終わって昼休みに突入。さぁ、わたしもお昼にしよう。と思って机横に引っ掛けたリュックを、ガサゴソ漁っていた時。


 教室のスライドドアを勢いよく開け放った聖護院が。教室中に響く音量で私をお昼に誘って来た。今までは私を避けるようにしていたのに。


 ふふっ。わたしとの勝負になるとこんなにも積極的とは。あの時、キスをして聖護院を焚き付けておいて正解だったわね。


 だけど悪かったわね。恋に堕ちた方が負けっていうルールだったけど。もうとっくにわたしは、あなたに恋に堕ちているんだから。

 これはそう。勝負という隠れ蓑を被ったわたしの我が儘だ。


 聖護院に振り向いて欲しい。わたしのエゴだ。だからこの勝負は、あなたがわたしに堕ちるまで続く。


 さぁ――堕とし愛ましょう? 


「――ふふっ。ユウシャがわたしをお昼に誘うなんて。どういう風の吹き回しかしら?」


 わたしは下唇に人差し指を当てて、首を傾げる。聖護院に、昨日のキスを思い起こさせる為だ。あぁ、今度は一体どんな可愛い表情をしてくれるのかしら?


「ッ!? ど、どんな風が吹いたって良いでしょッ!! ほらッ! 早く行くわよッ! マオウッ!!」


 顔を赤らめ、少し上擦った声で鳴く聖護院。あぁ。この声。真空パックにして何時までも手元に置いておきたい。と。余韻に浸っている場合じゃない。


 わたしはリュックからコンビニの袋を取り出す。教室を出ると、待ち構えていた聖護院に手首を握られる。そのまま、引っ張られて連れて行かれた。

 こんな風にわたしを強引に連れて行けるのは、恐らく聖護院だけだろう。


 乱暴にわたしを求めているみたいで、少し興奮したのは内緒だ。

 好きな人に引かれたくないから。引っ張られているだけに。うふふっ。


「何笑ってんのよ? 気持ち悪いわね」

「……何でもないわ」


 おっと。如何やら口に出てたらしい。気を付けなければ。それに気持ち悪いって。

 少し傷ついちゃうぞ。しゅん。マオウのぼうぎょがすこしさがった。


 屋上に出たわたし達。出入り口横の壁に背中を預けて、そのまま地べたに座る。

 わたしはコンビニの袋から、カロリーバーとや~いお茶。それからビタミン剤を取り出す。


「……何よアンタ。それがお昼?」

「えぇそうよ。何か問題が?」

「大アリよッ!! そんなのはお昼とは言わないわッ!!」

「そうかしら? だって食事は、エネルギーと栄養を摂取するものでしょう? これで十分じゃない」


 なにも、凝った料理を作る必要なんてない。そんな時間があったら、他の事に当てた方が有意義だ。私のお昼。そんなに変かしら?


「変よッ!? 確かに食事はエネルギーと栄養を摂るものだけど。他にも大事な事があるわッ!」

「例えば?」

「例えば……」


 聖護院は人差し指を立てて言った。


「一つ。食べる人を楽しませてくれる見た目」


 次に中指を立てて言う。


「二つ。作り手の思い」


 最後に薬指を立てて締め括る。


「三つ。食事は娯楽と言われるように、舌を楽しませる様々な味」


 突き立てた三つの指には、絆創膏が巻かれていた。


「ねぇ、その指。どうしたのかしら?」

「え? あぁこれね。ちょっと包丁で切っただけよ。……全く。慣れない事はするもんじゃ無いわね」

「ふ~ん」


 完璧で究極なユウシャにも慣れない事があるのね。

 と何やら聖護院が頬を軽く赤らめ、モジモジしだす。

 なにそれ。可愛いじゃない。


 だけれど、その言葉は胸にしまっておく。代わりに別の言葉を紡ぐ。


「どうしたのかしら? 芋虫になって?」

「なってないわよッ! ……ほらコレ。今朝、お弁当を作りすぎちゃったから。アンタにあげるわ……ッ」

「え?」


 聖護院は顔を伏せたまま、わたしに弁当箱を突き出す。反射的にわたしはそれを受け取った。なに? どうゆう事?


 ……あ。その時。わたしは。先程、聖護院が言った言葉が頭の中でリフレインした。


『……え? あぁこれね。ちょっと包丁で切っただけよ。……全く慣れない事はするもんじゃ無いわね』

『……ほらコレ。今朝、お弁当を作りすぎちゃったから。アンタにあげるわ……ッ』


 そう言う事か。完全に理解した。

 つまり。聖護院はわたしのために。初めて手作り弁当を作って来たという事。


 ひゃだっ。中々やるじゃない。わたしを堕とす為に、まずは胃袋から掴もうと言うのね?


 じゅるり。

 好きな人の愛妻弁当。


「――ニュルッフッフッフ」

「……え。なにその生徒に殺して欲しそうな先生の笑い声は……」


 しまった。思わず、内なる触手系宇宙人が出てしまったようだ。

 気を付けないと。


「何でもないわ。……それじゃあ。ユウシャの愛妻弁当。有り難く頂くわね?」

「あいさッ?! わ、私はまだアンタの妻になった覚えなんて無いわよッ!? いいから早く食べなさいッ!? このばかマオウッ!!」


 まだ。ね? テンパって思わず出た言葉だろうけど。でも。嬉しいものは嬉しい。

 だってそれは。将来はわたしの妻になるかも知れないって事だから。


「はいはい」

「はいは一回ッ!!」

「はい」


 わたしは受け取った弁当箱の蓋を開ける。左側に日の丸ご飯。右側には焦げただし巻き卵、歪なタコさんウインナー、黒焦げの唐揚げ? ほうれん草のおひたしが。


 へぇー。初めて作ったにしてはよく出来ているじゃないの。

 わたしは手を合わせ。


「いただきます」


 と言った。


 どれどれ。先ずはこのだし巻き卵から……。ぱくり。モグモグ。ジャリ。これは卵の殻ね。それに味付けが甘い。ものすごく甘い。わたしが聖護院に恋しているみたいに甘い。これはだし巻き卵というよりプリンだ。焦げた所が丁度、カラメルのような役目を果たしているし。


 ……でも。好きな人の手料理だからか。不思議と凄く美味しく感じる。


「……ど、どう?」


 なんて。さっきまでの、羞恥と怒気が綯い交ぜになったみたいな声音が。捨てられた子犬のような、とても不安そうな声色へと。塗り替わっていた。


 この不安そうな声を、もっとリピートアフタミーしたいが。一方で、聖護院には悲しい思いをして欲しくないという。相反する感情も存在している。


 そのどちらを優先するかなんて。選ぶまでも無かった。好きな人には悲しい思いをして欲しくない。それ以外を選ぶ奴なんているぅ? いねぇよなぁッ!!


「美味しいわ」

「ホント……?」

「えぇ、ホントよ。ユウシャの料理は世界一ィィィッ……いや。宇宙一美味しいわッ!」

「……えーっと。それは……流石に。言い過ぎじゃ……」


 全く。これだけ褒めてあげているのに。聖護院も欲しがりだなぁ。

 しょうがない。もっと褒めてあげる。


「言い過ぎじゃないわよ? だって……好きな人の手料理なんだから。宇宙一に決まっているわよ」

「なッ!? す、好きってッ!?」


 聖護院の顔がポッと赤くなった。やだ可愛い。照れてるの? キュンです。

 わたしは、自分の好きという気持ちが抑えられずに。思わず……。


 聖護院にキスを落としていた。

 軽く啄むようなキス。それよりディープなキスをする勇気はまだ無い。何より焦ってがっついてしまえば聖護院に嫌われかねない。それだけは嫌だから。


「……あ」

「ふふっ。これはわたしの為に弁当を作ってくれたお礼よ」


 聖護院は呆けた顔で、ぼーっと自分の分のお弁当を見つめていた。

 キスされて黙ってしまうところも、可愛いよユウシャ可愛い。

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