魔王のアイツと勇者のあなたは堕とし愛たい。

百鬼アスタ

第1試愛 ユウシャSide


 パカパカと踏み倒した上履きの踵が、生きた私の踵に抗議する。

 私は今。学校の屋上へと通じる階段を上っていた。


 階段を上がるという単調な行為。まるでデイリークエストをこなすみたいよね。

 頭が働いているのに働いていない。そんな感じ。


 だからか。私はふと、自分の事を思った――。


 ――優・シャルロッテ・聖護院。

 それが私の名前。


 歳は十六。誕生日は七月七日。七夕の日である。ラッキーセブンである。ぶい。

 身長は……背の順で前から数えた方が早いとだけ言っておく。

 体重は乙女のトップシークレットだから。ヒ・ミ・ツ。


 母親は日本人で、もう一人の母親がイギリス人のミックス。

 お陰でこうして日本人離れした、彫りの深い顔立ちの美少女が産まれたってワケ。


 とまぁ、そんな私は物心ついた頃。唐突に前世の記憶を思い出した。

 あ。私、勇者だったんだ。と。


 でもそれで変わった事と言えば。運動も勉強も常に学年一位を記録する以外、役には立たなかったが。ん? 何だって? 十分役に立っているじゃないかって?


 そんな事は無い。お陰で、今まで友達が年齢イコールだった。ぼっちちゃんである。……ギターでも始めれば友達出来るかな?


 まぁ、つまるところ。完璧すぎる人間は頼られる事こそあれ、周りからは嫌われるという事。寂しくは無い。


 だって前世の記憶わたしである勇者も、ぼっちだったから。世界を救う宿命を背負い、一人で戦う。カッコイイじゃん。一匹狼。


 今度、私のこの天然ものの金髪もウルフカットにしようかな? 私は想像した。金髪碧眼のウルフカット美少女を。……いや。流石に不良すぎる。


 私は短すぎず長すぎない、耳が隠れる位のショートな金髪の毛先を。くるくる弄って、そんなことを思う。


 と私は階段を上り切った。目の前には屋上へと繋がるドア。

 ドアノブに手を伸ばして、引っ込める。


 うーん。このままバックレようかな? 何たって私を屋上に呼んだのは、あの明星みょうじょう真緒まおだ。


 私が最も苦手な女。言うなれば天敵とも言うべき存在だ。そんな相手に呼び出されるのは、はっきり言って嫌だ。今すぐバックレたい。


 だが、そんなことをしたらきっと。明星は「わたしの呼びつけを無視するという事は、あなたの負けという事で良いのかしら?」と言ってくるに違いない。


 それだけは嫌だ。明星だけに白星を渡すのは絶対に嫌だ。この高校に入学して明星に出会ってからというもの。二年生になる現在まで、明星との勝負は九九九戦九九九引き分けなんだ。


 ここでアイツに勝たれるわけには行かない。何たって明星真緒は――。


 私の。いや。前世である勇者の敵だからだ。


 だから、引っ込めていた手を私は握り締める。よし。行こう。

 私はドアノブを捻った。


 悲鳴を上げてドアが開く。ひゅうと風に顔面を撫で回され、思わず腕で防御した。

 腕を下ろす。薄暗い所に慣れていた私の青い瞳が、四月の夕日に妬かれる。


 外の明るさに慣れて、ぼやけていた視界が鮮明に。

 そこには。


「遅かったじゃない。――ユウシャ?」


 此方に背中を向けたまま、首が痛くなる様な角度で振り返る背の高い女が。腰まで伸びる長い黒髪は風に流され、赤い夕日に反射している。まるで一幅の絵画のような美しさ。


 明星みょうじょう真緒まお


 私の天敵だ。


 明星は私に向き直り、ブレザーをツンと張らせたご自慢の胸を両腕で支える。なにそれ? もしかして私への当て付けですか? そうですよ。私の胸は平らですよ。

 優・シャルロッテ・胸平ですよ。


 落ち込んでなんかいませんよーだ。だって貧乳はステータスで希少価値だからね。


「なによ。屋上になんか呼び出して。――マオウ?」


 そして声色に剣が混じっているのは。コイツがアタシの天敵だからであって。決して貧乳を馬鹿にされて、イラついているからじゃない。決してない。断じてない。


 明星は切れ長の目を愉快そうに歪め、言った。


「あら? 怒ったかしら? でも大丈夫よ。わたしはあなたのその小さな胸、好きよ? ……うふふっ」

「小さいって言うなッ! そして私の心を読むなッ! 変態ッ! 覗き魔ッ! テレパシーッ!」

「ふふっ。そんなの心を読まなくても分かるわよ? だってあなた。顔にすぐ出るんだもの」


 ぐぬぬ。だから私はコイツが嫌いなんだ。こうやって会う度に私を揶揄って来る。

 私は言葉を投げつけた。


「……で? 何の様?」


 明星はその言葉を難なく受け止め、言う。


「と、そうだったわね。ユウシャを揶揄うのも面白いけど。……本題に入らせてもらうわ」

「私は面白くないけどね?」


 ホント良い趣味してるよアンタ。流石、魔王の前世を持つだけあるね。

 そう。明星真緒は魔王の前世を持つ。つまり勇者わたしの天敵というワケで。だから私は明星の事はマオウと呼ぶし、明星は私の事をユウシャって呼ぶ。


 これで私が、明星真緒を嫌う理由が分かったと思う。


 明星は夜空の如く黒い瞳で、私を見据えた。


「いい加減、決着を付けましょう」

「……良いじゃない。で、どんな勝負をするワケ?」


 九九九戦九九九引き分けに決着を付けるんだ。さぞかし凄い勝負なんだろう。


「勝負は……」

「勝負は?」

「……CMの後で」

「ってオイィィィッ! テレビの悪い文化出てるってッ!」

「てへぺろ」


 いや真顔で舌を出されても。反応に困るんだけど?


「……いいから早く、勝負の内容を教えなさいよ」

「だからそれはCMの――」

「――そう言うのいいからッ!」


 全く。真顔でボケるんじゃ無いよ。ツッコんでるこっちは疲れるんだって。


「こほん。分かったわ。……それで勝負の内容だけれど。堕とし愛というのはどうかしら?」

「おとしあい?」


 なにそれ。お年玉の亜種? ……あ。まさかまっさかさま。この屋上から落とし合うんじゃないわよね? いくら私達が勇者と魔王の前世を持つからって。私達はただの女子高生なんだよ? 普通、女子高生が三階の屋上から落ちたら死ねるよ?


 学校が休みになっちゃうよ? 両親たちが悲しんじゃうよ?


「心配無いわよ? あなたが思っているような事じゃないから」

「ってまた私の心を読んでるし……」


 いや、表情に出ていたのか。そんなに分かりやすいかなぁ? 自分ではポーカーフェイスのつもりなんだけど。


「……じゃあ一体何なのよ、おとしあいって?」

「相手を自分に恋させて堕とすのよ。だから堕とし愛。……分かったかしら?」

「それってつまり。相手を自分に恋させて堕とすってコト?」


 思わずオウムになる私。


「そうよ。そして勝利条件だけれど。先に恋に落ちた方が負け。で、良いわよね?」


 じゃあ私は、明星に恋に落ちなければ良いってコトか。という事は逆に明星を恋に落とせば良いワケだ。


 でも待てよ? 私達は女同士だ。恋に落とせるのか? いや、私の両親も女同士だし。そんなの些細な問題か。なら、絶対に落として見せる。じゃないと、この勝負には勝てないんだから。


 私は決意を固め、青い瞳で明星を射抜く。

 だがそこに明星は居なかった。え? さっきまでそこに居たはずじゃあ……?


「……え?」


 瞬間。私の脚が何かに引っ掛けられた。いや、これは明星の脚だ。バランスを失った私は後ろへ身体が傾く。腰に手を回され、私の身体は明星に受け止められる。さらに股の間には。黒ストッキングに覆われた、明星のすらりと長い脚が差し込まれた。


「……一体何のつもり? マオウ?」


 明星は見下ろす。私は背中を仰け反らせた姿勢で見上げた。

 目が合う。


「こういうつもりよ。ユウシャ」


 と言って明星は、私の顎を空いた手で持ち上げる。

 え? これって……。


 近付く、明星の端正な顔。睫毛長いねアンタ。それに唇も瑞々しくてぷるぷるしてそうだ。息が私の顔に掛かる。酔ってしまいそうなほど、甘く良い匂い。


 背中に流れていた黒髪が、はらりと重力に従って零れ落ちる。周りの景色が遮られて、二人だけの空間に。


 そのまま明星は自身の唇を、私に落とした。

 軽く啄むようなバードキスだった。


 キ、スされた? 私が? 明星に? うそでしょ。


「好きだよ。ユウシャ。……ふぅー」

「ぅあっ」


 耳元で囁かれ、さらには耳ふーまでされた。

 ゾクゾクとした快感が背骨を伝い、下腹部に響く。私は思わず、艶のある声を漏らしてしまう。


 背中に回された明星の手が離れる。快感の余韻で脚の力が抜けた私は、地面にペタリと女の子座り。


「うふふっ。可愛い。……じゃあ、そう言う事だから。これからよろしくね? ユウシャ?」


 明星はそう言い残して、屋上から去っていく。


 一人残された私。徐に唇に手を当てる。キスされた。これが決して初めてでは無いけれど。でもとは全然違った。明星の唇。柔らかかったなぁ。それに。あの時のキスは最悪だったのに、今されたキスは寧ろ……。


 て何考えているのよ私はッ!? 相手は魔王アイツなのよッ!! 勇者わたしの天敵じゃないッ!!


 それなのに何なのよッ!? この五月蝿いぐらいの心臓の音はッ!? お、落ち着くのよ私。こんなんでドキドキしてどうすんのよ。これは勝負なんだ。私がアイツに堕とされたら負けなんだ。しっかりしろ。私。


「……覚えてなさい。今度は私の番なんだから。震えて待つが良いわ。――マオウ」


 私は決意を固めた。

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