第十五話
「おい、マリウス。これから哨戒任務に出るってのに、それだけで足りるのか?」
ヒビキは朝食のトレーを持ってマリウスの隣に並んだ。マリウスは昨日のやりとりをまだ根に持っていたのか、「朝だからね。シンラ君みたいに沢山食べれないんだよ」と少しつっけんどんな返事をされる。それでもヒビキはいつも通りに振る舞った。
「ちょっと、何すんのさ!?」
「俺からのプレゼント。草とかヨーグルトばっかり食べてないで、ちゃんと肉も食え。タンパク質を取っとかないと筋肉がつかねぇぞー」
ヒビキは大きなミートボールをトングで掴み取り、マリウスが持っていたトレーの上に乗せてやると「肉に見立ててるだけで、原料は豆じゃないか……」と珍しく子供っぽい愚痴を溢した。
「ったく、いつまでもぶーたれてんなよ。もう少し合理的に考えろって。俺がその場に残って追手を食い止めた方が逃げられる確率が上がるんだからさぁ。俺はマリウスだけでも生きてくれりゃ――」
ヒビキは喋っている途中で黙り込んでしまった。マリウスが殺気立ちながら睨んでいたからだ。
「それ本気で言ってるのか?」
ヒビキはバツが悪くなってマリウスから目を逸らし、「だってさ、その方が良いだろ……」と少し投げやり気味に吐き捨てる。
「俺の右腕に浮き出た痣を見たろ? あれが身体中に広がれば、俺は俺でなくなっちまう。〝シェムハザ〟にかけられた〝呪い〟を解く方法なんてないのに、どうしろっていうんだ」
「その〝呪い〟とやらは広がりきってないんだろ? 僕の知ってるシンラ・ヒビキはがむしゃらで、負けず嫌いで、皆よりも一歩先を進む男だったんだけどな」
ヒビキがどう返事をしようか迷っていると、近くにいたオペレーター担当の女性軍人と目が合ってしまった。「少し移動しようぜ」とヒビキはマリウスに声をかけ、食堂の隅に置かれていた椅子に腰掛ける。
「マリウス、俺には分かるんだ。もう時間があまり残されてないって。実際、ヴァルキリーに乗ってる記憶がない時の方が多くなってきたしな」
「だからってそんな簡単に諦めるなよ。何か良い方法があるかもしれないじゃないか……」
マリウスは次第にやるせない表情へ変わっていった。どうにかしてこの状況を脱しようと、寝る間も惜しんで考えていたに違いないが、良い案が一つも思い浮かばなかったのだろう。日に日にマリウスの目の隈が目立ってきている。
「マリウス。お前とは親友だから言っておくけど、お前が俺を殺してくれないなら、〝グルヴェイグ〟ごと自爆してやろうと思ってるんだ」
「は? 今、なんて言った?」
マリウスが驚いて素っ頓狂な声をあげたが、ヒビキは淡々と話を続けた。
「オーブのエネルギーを逆流させて自爆してやろうと思ってさ。そしたら、俺は人間のまま死ねる。ついでにオーブの中にいる〝シェムハザ〟も道連れにできるし、一石二鳥だと思ってさ」
そこまで言うと、マリウスはなんとも言えない表情で椅子の背にもたれ掛かった。
「……それが君の本心なのか?」
「おう、大マジだぜ。俺の人生は俺が決める。マリウスにはヴァルキリーも〝特異体質者〟もいない世界で幸せになって欲しいんだ。それが今の俺の願いであり、本望でもあるんだよ」
そこまで明言すると、マリウスは諦めたように何度か頷いて「……うん、君の願いは理解したよ」と返事をする。
「君はそうかもしれないけど、僕は絶対に諦めないから」
「……は? それってどういう――」
マリウスの狙いに気が付いた時にはもう遅かった。『動くな』と〝命令〟されると、蛇に睨まれたかのように動かなくなってしまう。マリウスはトレーに置かれていたフォークを持ち、先端を指してきた。
『シンラ・ヒビキ、僕は君に命令する。どんな状況であっても生きる事を諦めるな。君は僕と一緒にここから逃げるんだ、いいね?』
マリウスの声が脳内で二重、三重にも響いている。麻酔を打たれた時のように頭がボーッとし、視線を逸らしたいのにマリウスの目から逸らす事ができず、ヒビキは「てめぇ、マリウスッ……」と悔しそうに言葉を漏らす事しかできなかった。
「あーあ。僕の〝声〟を聞いてる最中に抵抗できるなんて、やっぱり同じ〝特異体質者〟だからかな。あんまり効き目なさそうだね。僕の最後の切り札だったのにさ」
マリウスは少し悔しそうな表情をしつつ、トレーの上に乗っていたレタスを食べ始めた。ヒビキは
頭痛が治ってきた頃、ヒビキは少し考え込んだ末に「そんなに俺に生きてて欲しいのかよ……」と俯きがちに聞く。すると、マリウスから「当たり前だろ」と怒気を含んだ返事が返ってきた。
「〝セントラル〟で研究者達に飼われてた僕を、外の世界へ引っ張り出してくれたのは君だろ? その時見た外の景色と僕にかけてくれた言葉は今でも忘れない。だから、今度は僕が君を助けるんだ。拒絶されたとしても、引き摺ってでも連れ出すから覚悟しとくんだね」
マリウスの言葉を聞いたヒビキは胸が詰まってしまい、「全く、大袈裟だな……」と俯きがちに小さく呟いた。
「そんな大層な事をした覚えはないっつーの。過去の記憶が美化されすぎだって」
「美化されすぎてないよ。あの時の僕はシンラ君に救われたんだ。だから君が本当に死にたがってたとしても、僕は諦めないよ」
そんな真っ直ぐな目で真剣に言われると、一人でずっと抱え込んでいたものが瓦解していくようだった。「そんな事を言われたら、死ねないじゃんか……」と諦めたように両手で顔を覆い、唇をギュッと結ぶ。
「……なぁ、マリウス」
「何?」
「俺さ、本当は生きたい。ここから逃げ出して自由になりたい。こんな意味わからない痣なんかに振り回されたくねぇよ……」
色々あったせいでメンタルが弱っていたようだった。ヒビキは泣き崩れまではしなかったが、薄らと涙が盛り上がってきたので、涙が流れないように必死に瞬きを繰り返す。
その様子を見たマリウスはホッと胸を撫で下ろしたようだった。
「そう言ってくれて安心したよ。あ、そうだ……昨日は僕も苛立っちゃって言えなかったんだけどさ。最近、ダリアの様子がおかしいんだ」
「ダリアが? 最近、ストーカー気味になってたって言ってた意外にも何かあったのか?」
マリウスは辺りを少し気にしながら、ヒビキに耳打ちしてきた。
「最近、シャルム・ゴールディ少佐の部屋に通ってるらしいんだ」
「……は? なんでダリアが少佐の部屋に?」
ヒビキが目を丸くすると、マリウスが自分の口元に人差し指を当てる。
「シーッ、声が大きいよ。詳細は分からないんだけど、確かに見たって声が寄せられてるんだ。密室で何をしてるのか想像はしたくないけど、最近のダリアの振る舞いと言動を見る限り、あまり良い噂は聞かないね。まるで
マリウスがカップに手を伸ばし、暖かいコーヒーをズズッと一口飲んだ。
「学院ではヴァルキリーの操縦も座学もトップレベルの優等生で、焔隊のムードメーカーのダリアが部屋で少佐と二人きり……?」
ダリアのあり得ない行動パターンを聞いたヒビキは心臓が早鐘を打っていた。
胸騒ぎが止まらなかった。もしかして、シャルム・ゴールディが絡んでいるせいだろうか――。
ヒビキはダリアの事で頭が一杯になってしまい、ろくに食べもせずに席を立ってしまった。背後から「ちょっと、待ちなよ!」とマリウスの声がしたが、ヒビキは立ち止まらずに歩いていった。
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