第十四話
〝チェルノボーグ〟へ帰還後、焔隊はミーティングルームへ集まるようにと命令があった。薄暗いミーティングルームに足を踏み入れると、巨大なディスプレイには敵艦〝イザナギ〟が映し出されていた。
「お前達、早く席に着け。さっさとミーティングを終わらせるぞ。先ずは戦況報告だが、貴官らの活躍のお陰でこちらの損耗は限りなく0に近い状態で作戦を進める事ができている。この調子でどんどん敵戦力を削っていって欲しい」
焔隊の全員が席に着く前にミーティングを始めてしまったのは〝チェルノボーグ〟で副長を務めるアリザ・シュヴァルツ大佐だった。サラサラとした銀髪を腰あたりまで伸ばし、涼しげな目元に涙ぼくろがある近寄り難い雰囲気を纏う女性軍人だ。
「さて、ここで敵の情報を共有しておこう。我々が住まうエリア5周辺に攻撃を仕掛けてきているのが、宇宙船アマテラス所属の巨大戦闘艦〝イザナギ〟だ。地球への攻撃スパンが想定よりも早かった為、捕虜を捕らえて尋問した所、〝イザナミ〟と呼ばれる活動拠点施設が存在する事が明らかになった」
皆が互いに顔を見合わせる。ディスプレイには〝イザナミ〟は宇宙船アマテラスの活動拠点施設でもあり、攻撃の要とされている〝イザナギ〟の補給施設では? と書かれていた。
「もっと情報を聞き出したかったが、尋問中に事切れてしまってな。根性のない男だった。捕虜らしく最後まで足掻いて、もっと私を楽しませてくれると思ったんだがな……」
シュヴァルツ大佐が微笑を浮かべたが、ここで笑って良いのか分からず、焔隊の皆は苦笑いする事しかできなかった。
「さて、話が少し逸れてしまったが、我々は補給施設となっている〝イザナミ〟をなんとしてでも沈め、次に攻撃拠点となっている〝イザナギ〟を沈める事がこの作戦の第一段階だ。しかし、その肝心の〝イザナミ〟は我々も感知する事ができない高度なステルス機能で航行しているようだ」
シュヴァルツ大佐は表情を一切変えずに淡々と説明する。
「だが、それほど心配する事はない。こちらには何十年航行し続けても尽きる事のない動力源と
焔隊の皆が一斉に席から立ち上がり、敬礼をした。シュヴァルツ大佐も敬礼で応えた後に退室すると、少し気が抜けてミーティングルームの空気が穏やかな雰囲気に変わる。次の招集がかかるまで部屋で休憩しようとヒビキが立ち上がると、隣に座っていたゼンイチが話し掛けてきた。
「久しぶりだな、ヒビキ……いや、少尉殿。少し疲れて見えるけど大丈夫か?」
ゼンイチが少し顔色を伺いながら話しかけてきた。どうやら、同年代の人間にも気を遣わせてしまっているらしい。だから、ヒビキはいつもよりも口角を上げるように意識して話し始めた。
「大丈夫だけど、少尉殿はやめてくれ。俺達は仲間だろ? 呼び方もいつも通りでいいからさ。それより、そっちは大丈夫か?」
「ヒビキのお陰で全く問題なしだ。そういえば、俺が教えた〝宇宙間通信〟は続けてるのか?」
いつもの調子に戻ったゼンイチが肩を組んでコソコソと耳打ちしてきたが、「さぁな。ご想像にお任せするよ」とニヤリと笑って答え、ヒビキは席を立った。
「ちょっ……もしかして、女ができたのか!?」
ゼンイチが大きな声で聞いてきたが、ヒビキは手を振り返すだけで早々にミーティングルームを出た。こういう話題の時はダリアがこちらを気にする事が多くなってきた為、こういうプライベートな話は聞かれても濁すようにしていたのだ。
「あー、しんど。いちいち説明するのも、はぐらかすのも面倒臭い……」
溜息を吐いたヒビキはパスワードを入力して部屋の中へ入った。ヒビキは軍服のボタンを緩めてベッドに寝転がり、カーテンをサッと閉める。デバイスの電源を入れるとサクラからメッセージが入っていた。
『返事返せなくてごめん。今、終わった』
メッセージを打ち込むと、サクラから電話がかかってきた。
「お疲れ様。今日もヴァルキリーに乗ったの?」
ヒビキはヴァルキリーに乗った後サクラと電話をするのが日課になっていた。彼女と他愛のない事を喋り、明日を迎えるのがこの上なく幸せに感じる程に、ヒビキにとってこの時間が大切なものとなっていた。
「うん、乗ったよ。お陰でめちゃくちゃ疲れた」
「そっか、今日も大変だったんだね。今日はヒビキのお友達は一緒じゃないの?」
お友達というのは同部屋のマリウスとルイの事だった。この二人は同じ〝特異体質者〟という事もあって、他の焔隊のメンバーよりも結束力がある。サクラが地球以外の場所に住んでいる事を口外はしないと断言できるほど信頼していた為、彼女の事を紹介したのだ。
「実はマリウスと喧嘩しちまったんだ」
「喧嘩? どうして、喧嘩したの?」
「うーん、まぁ……。ちょっと色々あって」
ヒビキがあからさまに話を濁したので、「そっか。早く仲直りできると良いね」とサクラが気を遣うように話題を変えてきた。
「あ、そうだ。ヒビキって好きな人いるの?」
「す、好きな人? なんでそんな事を聞くんだよ?」
まさかそういう話になるとは思わず、ヒビキは声が上擦ってしまった。サクラはヒビキが少し動揺したのを見抜いたのか、「フフッ! やっぱり好きな人いるんだ〜!」と珍しく揶揄ってきた。
「マリウスがシンラ君の様子がおかしいんだーって言うから、恋煩いなんじゃない? って言ってみたの。そしたら、そうかもしれないねーっていう話をしたばっかりなんだ〜!」
「え? マリウスと個人的に連絡を取ってるのか?」
知らない間に二人が連絡を取り合っているとは思わず、ヒビキは驚いてしまった。しかし、サクラはヒビキの気持ちを他所に「うん、とってるよ!」と嬉しそうに話し始める。
「まさか〝宇宙間通信〟を経由して連絡を取ってくるとは思わなかったけど、マリウスってプログラミングとか機械に詳しい人なのね。私が使ってるデバイスが第三者から特定できないようにデータプロテクトを送ってくれたの」
「あぁ、成程ね。マリウスがそんな事をしてくれてただなんて、知らなかったな。アハハ、ハハ……」
用心深いマリウスの事だ。サクラの居場所が特定されないようにプログラムを組んだに違いない。マリウスの判断に感謝しつつも、ヒビキは何故か胸がモヤッとしてしまっていた。
「私、マリウスに感謝してるの。彼のお陰で、これからもヒビキの声が聞ける。それが嬉しくて堪らないの」
「お、おう……」
ヒビキは胸の辺りがくすぐったくなって、ベッドから起き上がって胡座をかいた。それから少し無言になった後、「ねぇ……。私達、いつか会えないかな?」と聞いてきたが、ヒビキは即答できなかった。
彼女はこの広い宇宙のどこかで暮らしているのだ。地球側の人間から見れば、サクラは敵側の人間。本当は〝チェルノボーグ〟に乗った時点で連絡を断つべきだったかもしれない――そんな考えが頭を過っていた。
「サクラと会えたら奇跡だな……」
「うん、そうだね。私もそう思ってるよ」
少し雰囲気がしんみりしてきた為、ヒビキは「そういえばさ……」と話を切り出す。
「話が少し戻るけど、サクラは好きな人がいないのか?」
ヒビキが聞くと「いるよ」と恥ずかしそうに即答した。
「好きな人はいるの。いるけど、叶わない恋なの」
「叶わない? どうして?」
「私の相手は生まれた時から決まってるから」
「それってさ、前に話してくれた旦那様がどうとかって話?」
「うん、そうよ……」
ここからサクラの声が少し震えて聞こえてきた。
「私ね、もうすぐ旦那様と会うんだ。この前、初めて旦那様の顔を見たんだけど、ヒビキと違って顔は怖くなかった。同い年だったし、全然悪い人には見えなかったから安心してたんだけど……」
サクラはそれ以降、何も喋らなくなってしまった。耳を澄ませると、鼻を小さく啜っているのが聞こえてくる。どうやら、一人で泣いているようだった。
ヒビキが彼女の名前を呼んでみても応答がなかった。こういう時にどういう振る舞いをしたら良いのか分からず、あまり使いたくはなかったが、〝特異体質者〟の能力を使って彼女の心を読んでみる事にした。
デバイス越しに人の心を読むのは初めての試みだったが、ノイズに混じっているかのようにサクラの声が微かに聞こえてきた。
『ヒビキの事がこんなにも好きなのに、どうして私は好きな人と添い遂げられないんだろう。〝子産み〟なんて制度、なくしちゃえば良いのに――』
それから他にも色々と聞こえていたが、ヒビキは持っていたデバイスを手を放してしまうくらいに激しく動揺する事となった。
「え……。う、嘘だろ。サクラが俺の事が好き?」
彼女の想いをハッキリと聞いたヒビキは心臓がバクバクと煩くなり、落ち着かなくなってしまった。顔が急激に熱くなってきたので、デバイスを引っ掴んでカーテンを荒々しく開け放ち、考え事をしながら部屋の中をぐるぐると歩き回る。
「待って、本当に? 本当に俺の事が……?」
「……グスッ。もしかして、お友達が帰ってきた?」
「あ、いや! な、なんでもないんだけど……」
思わず返事がしどろもどろになってしまった。どう返事をしようかと迷っていると、部屋の外から誰かが走り去っていく足音が聞こえた。
ヒビキは扉の方を怪訝そうに見つめていると、部屋のパスワードを打ち込む電子音が聞こえてきた。扉が開いた瞬間、不機嫌そうな顔をして突っ立っているマリウスと目が合った。
デバイスの向こうで泣いているサクラを慰める事ができず、申し訳なく思ってしまったが、「ごめん、マリウスが帰ってきたからまた今度!」と返事をしてから通話をオフにすると、マリウスがズカズカと歩み寄ってきた。
「お……おかえり、マリウス」
「ただいま、さっき部屋の前にダリアがいたんだけどさ。シンラ君、気付いてた?」
マリウスがルイのベッドの上に腰を下ろして足を組んだ。どうやら、先程の足音はダリアのものだったらしい。「いや、知らなかった」と返事をすると、マリウスが長い溜息を吐いた。
「彼女さ、シンラ君に御執心みたいだよ。隊でもかなり噂になってる」
「噂? 何の噂だよ?」
ヒビキが素っ頓狂な声をあげると、マリウスは眉根を寄せてギロリと睨み付けてきた。
「本当に知らないのかい? ダリアがシンラ君の事が好きすぎて、ストーカー行為に走ってるって噂だよ。君もそこまで鈍感じゃないはずなのに、なんでハッキリしないんだよ」
マリウスが苛立った様子で立ち上がり、着ていた軍服を脱ぎ、自分のベッドの上に放り投げた。そのままバスルームへ向かって歩いて行き、荒々しくバタンッ! と扉を閉める。
一人部屋に取り残されたヒビキは自分のベッドに座り、「えぇ……マジかよ……」と項垂れるように両手で顔を覆ったのだった。
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