第二章 逃走と出会い
第十三話
真っ暗闇の宇宙空間に飛び交う攻撃の数々。ヒビキは〝グルヴェイグ〟に乗り込み、敵の陣形を崩していた。時には単機で突っ込んで敵勢力の内側から自爆攻撃を起こし、敵を全滅させたりと目覚ましい活躍を見せていた。
「後方部隊、砲撃の準備をしろ! 俺は敵を撹乱させる! その隙を狙って撃て!」
ヒビキは敵の攻撃を余裕で躱し、掌の中心にある水晶玉にエネルギーを溜めてから火球を放つと、敵のシールドが一撃で砕け散る。敵が怯むと必ず増援が入るので、その隙を狙って後方部隊がトリガーを引き、仕留め損ねた残党をマリウスやダリアが処理していた。
「さすが、シンラ先輩。〝金鷲名誉勲章〟を授与されるだけの実力をお持ちですね。僕もあんな動き方ができたら、もっと前へ出られるんですけど……」
「でもよ、どうやったらあんな動き方ができるんだ? 俺もヴァルキリーに乗って十年以上経つけど、あんな飛び方真似できねぇよ」
ゼンイチの声がノイズ混じりに聞こえた後、ルイの唸り声が聞こえてきた。
「恐らく、
「えー、マジかよ。一回、
ゼンイチが驚くのも無理はなかった。
「うんうん、皆そう思うわよね!」
突然、ダリアが二人の会話に加わってきた。
「ヒビキは特別な存在なのよ! ヒビキが入院している間、シャルム・ゴールディ少佐がずっと気にかけてくれたんだから! それに軍から叙勲されるだなんて、本当に幼馴染として鼻が高いわ!」
やけにテンションが高いダリアの声を聞き、ルイとゼンイチは何か言いたげに苦笑いするのが聞こえた。見かねたヒビキが「おい、てめぇら。無駄口叩いてないで、ちゃんと仕事しろよ」と叱ると、三人は「了解!」と返事をして通信を切断した。
「チッ……人の苦労も知らないで良い気なもんだな」
ヒビキが機嫌悪そうに舌打ちする。軽く頭を振るとコックピット内に小さな汗の雫が宙に漂っているのが見えた。
焔隊が〝チェルノボーグ〟に乗り込んでから、早一ヶ月。ヒビキは軍から〝金鷲名誉勲章〟が授与された。あれだけ辞退しようとしていた鷲を模した勲章は、今ではヒビキの胸元で黄金色に輝いている。滅多に贈られる事のない勲章だったようで、式典の様子を各地で生中継する程の騒ぎとなり、一躍有名人となった。
勲章を与えられたヒビキは学生兼軍人となり、史上最年少で少尉に任命された。それに伴って焔隊の新たな隊長にはヒビキが任命され、隊長を務めていたマリウスは副隊長に降格。ダリアはそのまま焔隊のメンバーの一員として活躍する事になった。
「いって……。またこの痛みかよ、本当に嫌になるぜ」
「あぁ、イライラする……。俺が自由になる為には、敵を全員皆殺しにするしかないってのによぉ……。なんで俺の邪魔ばっかりしやがるんだ、あぁっ!?」
啖呵を切ったヒビキはモニターをギロリと睨み付け、眉間に皺を寄せる。その数秒後、コックピット内に警告音が鳴り響いた。どうやら複数の敵が連携し〝グルヴェイグ〟に向かって攻撃をしかけてきたようだった。
ヒビキは軽くペダルを踏み、操縦桿を手前に引いて敵の攻撃を回避する。敵を見下ろすような位置まで飛び、背中に背負っていた大剣を握って敵に向かって振り下ろした。
刃先が敵のコックピットに突き刺さった。バチバチと漏電し、やがて近くにいた仲間の機体を巻き込んで大爆発が起こる。ヒビキの機体も炎に呑まれてしまったが、〝グルヴェイグ〟は火を扱うのが得意な機体だ。これくらいの爆発では傷一つ付かない。
赤々と燃える炎を纏いながら浮遊する金属片。それらを見て、ヒビキは歓喜の声を上げた。
「ハハッ、めちゃくちゃキレーじゃん! えぇっと、こういうのなんて言うんだっけ? 確か〝SAKURA〟が花火って――あ、ぐっ!?」
突然、ヒビキは激しい頭痛に襲われ、ハッと我に返った。〝SAKURA〟と話した花火の話を思い出し、ヒビキは正気に戻る事ができたのだ。
「ハァ……ハァ……〝グルヴェイグ〟に乗ってる時の記憶が全くない。戦ってる最中の記憶がないのは、これで
ヒビキは激しく動揺していた。以前のヒビキであれば、できれば人殺しなんてしたくないと思っていた。しかし最近はオーブの影響を受けているのか、我を忘れて人を殺すのを楽しんでいるような一面を人前でも見せてしまうような深刻な状態に陥っていた。
一部の者はヒビキを〝鬼神〟のようだと畏怖し、一部の者は神のように崇拝し始めた。焔隊の一部からは〝チェルノボーグ〟に乗り込むようになってから、人が変わってしまったようだと心配する声まで上がり始めた。
ヒビキは戦闘中であるにも関わらず、
「ハハ、参ったな。これからどうすりゃいいんだ……」
仲間達が援護してくれている間、力無く笑ったヒビキは操縦桿から手を離した。
右腕に広がっていた痣も、今日の戦闘で更に広がっている事だろう。浮き上がった痣の侵蝕速度は遅いと高を括っていたが、〝チェルノボーグ〟に乗っている間は戦闘が延々と続く。つまり、オーブと
「俺……最後まで人でいられるのかな……」
ヒビキは一人で途方に暮れていると、コックピット内に電子音が鳴り響いた。キーボードを操作すると、モニターに余裕がなさそうな表情をするマリウスが映し出された。
ヒビキが秘匿回線に切り替え「なんだよ、そんな辛気臭い顔して」と余裕ぶって返事をすると、「シンラ君、僕と一緒に今すぐ逃げよう」と声をかけてきた。
「今からでも遅くない。戦わなくて済むような所へ行こう」
「戦わなくて済む所? それってどこにあるんだよ?」
「それは……」
マリウスが珍しく口籠った。恐らく、思い付きで発言したのだろう。珍しい事もあるものだと、ヒビキは小さく笑った。
「いいか、マリウス。いざとなったらお前一人だけで逃げろ。俺はもう逃げるのは無理だ」
「無理だなんて言葉、僕の前で言わないでくれるかな? 僕達、一緒に地球から逃げるって約束しただろ?」
マリウスが機嫌悪そうに眉根を寄せるが、ヒビキは淡々と話を続けた。
「あぁ、覚えてるぜ。けどな、冷静に考えろよ。この一ヶ月、俺が敵をどうやって倒してきたのか見てきただろ?」
ヒビキの問い掛けにマリウスは苦虫を噛み潰した顔に変わった。
それもそのはずで、ヒビキは〝グルヴェイグ〟で敵を倒す時、
〝チェルノボーグ〟へ帰還した時の皆の反応は様々だったが、ベテラン達は『シャルム・ゴールディの後継者が現れたぞ!』と拍手で迎えてくれた。
何の事かさっぱり分からなかったヒビキは〝グルヴェイグ〟に残っていた記録メモリを見て放心してしまう。一番なりたくなかった自分の姿を見て、猛烈な吐き気が込み上げてきて、胃の中がひっくり返ってしまった。
これは本当に自分の口から発せられた言葉なのか? 仲間に対して、こんな乱暴な話し方をしているのか? この俺が? と疑いたくなったが、全て事実だと知ったヒビキは元の自分に戻れないと悟り、マリウスと逃げる事を早々に諦めてしまった。
「俺はさ、お前には生きてて欲しいんだ。もし、俺が模擬戦の時みたいに暴走しかけた時は〝グルヴェイグ〟と一緒に葬って欲しい」
「……どうして、死ぬ前提で話しを進めるんだよ」
マリウスの表情が歪む。
「適当に言ってるわけじゃねぇよ。ただ、自分が自分でなくなっている時間が長くなってきたからさ。そうなる前に俺は親友のお前に殺されたい。親友なら、俺の望みを叶えてくれるだろ?」
マリウスは黙り込んだまま〝イエス〟とも〝ノー〟とも言わなかった。ただ一言、「そんな願い、叶えられるかよ!」と感情的に吐き捨てて通信を切られてしまった。
「あーあ、マリウスを怒らせちまったな……」
ヒビキは諦めにも似た溜息を吐く。自ら進んでマリウスや仲間達に距離を取る度に、右腕の痣がどんどん身体中へ広がっていく感じがした。
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