第八話

「つ、疲れた。腹減ったけど、動きたくねぇ……」


 男子寮に戻ったヒビキは疲れ切った表情でソファベッドに倒れ込んだ。明日が休みだったら良かったのだが、〝チェルノボーグ〟へ乗り込む事が急遽決定した為、ヒビキと焔隊の皆は別のカリキュラムが組まれる事になってしまった。


「ハァ……なんであんな事になっちまったんだ。俺だけならともかく、焔隊の皆まで〝チェルノボーグ〟に乗り込む事になるだなんて……」


 北極海での戦闘後、〝チェルノボーグ〟に招かれたヒビキは百戦錬磨の乗組員とパイロット達に盛大に迎えられた。よくよく話を聞くと、勲章を贈るには若すぎるのではないか? という疑問の声も軍の中で少なからずあったらしく、それで今回の試験を設けたらしいが、どうやら勲章を贈るに相応しいパイロットとして無事(?)皆に認められたらしい。


「素晴らしい操縦センス! 君なら即戦力だ!」


 ベテランの軍人達から称賛を受けたが、ヒビキとしては複雑な気持ちだった。今すぐにでも地球から抜け出したいと思っているのに、どんどん逃げられないような状況に陥っているような気がしてならなかったからだ。


「う〜、今日あった事を早くマリウスに報告しねぇと……。でも、〝オーブ〟を使ったせいで身体が怠いし、どうすっかな――うん?」


 本日、初めてデバイスを見たヒビキは画面に通知がいくつも来ている事にようやく気付く。通知元は〝宇宙間通信〟のアプリからだった。疲労困憊で頭がボーッとしていたが、誰から来たメッセージなのかを思い出した途端、ヒビキは疲れも忘れて飛び起きた。


「〝SAKURA〟からだ! い、今の時間は!?」


 現在の時刻は深夜0時を回った所。先日、〝SAKURA〟と連絡を取り終わった時間は今ぐらいの時間帯だったから、既に寝ているかもしれない。


「俺から話そうって言ったくせに、今まで忘れてたとか最悪すぎるだろ!? まずいぞ……最悪、スレッドごと消されてるかも」


 ヒビキは焦りながら〝宇宙間通信〟のアプリを開き、『友人帳』の文字をタップする。内容を確認すると、『こんばんは、〝HIBIKI〟』というメッセージが届いていた。そのメッセージが送られてから約一時間後、『あれ? まだ既読が付かないな。もしかして、今日は忙しいのかな?』と書き込まれていた。


「よ、良かった。消されてなかった……」


 スレッドが消されていなくて安心したヒビキは、ゆっくりと画面をスクロールしていく。すると、『こっちの生活が知りたいって言ってたよね? じゃあ、私が今まで作った料理の写真を送ってみるね』と追加でメッセージが届いていた。


 ヒビキが下から上へ指を動かしていくと、見た事のない食べ物の写真がズラリと並んでいた。長方形型の黄色い食べ物や緑色の野菜と腰の折れ曲がった小さな赤色の生き物が混ざった食べ物。他には具材と一緒に器の中で固められている食べ物の写真がたくさん届いていたのである。


「なんだこれ、めちゃくちゃ美味そう!! それになんだ、この長方形型の黄色くてツヤツヤとした食べ物は!? こっちで見た事のない食べ物ばっかりだ!」


 ヒビキは腹が減ってるのも相まって、唾液が口の中で溢れて止まらなかった。〝SAKURA〟がいる場所が何時なのか分からなかったが、見た事のない料理の数々を見てテンションが上がってしまい、深夜にも関わらずメッセージの送信ボタンを押してしまっていた。


『これ全部〝SAKURA〟が作ったのか!?』


 メッセージを送ってすぐに既読が付いたので、ヒビキは待たせてしまって申し訳ない気持ちになってしまった。


『うん、そうだよ。全部私が作ったの』

『〝SAKURA〟って器用なんだな! こっちでは見た事がない料理ばっかりなんだけど、この縦長の黄色い食べ物って何からできてるんだ!?』

『だし巻き卵の事かな? これは鶏の卵を溶きほぐして、出汁と混ぜて焼いてるの。鉄板の上に薄く生地を伸ばして、お箸でくるくるって巻いて作ってるのよ』

『えっ、鶏!? そっちには鶏がいるのか!?』


 ヒビキは衝撃を受けた。昔は地球にたくさんいたと言われている鶏だが、今は絶滅危惧種として扱われている。国の為に働く軍人ですら、食べられるか分からない貴重な食べ物なのだ。そんな高級食材を使って料理ができるだなんて、意外と地球の外の生活は充実しているのかもしれない。


『鶏は宇宙船の中で育ててるの。他にもいろんな動物がいて、ご飯をあげる代わりに卵や牛乳を分けてもらってるんだよ。もしかして、地球にはそういう動物はいないの?』


 〝SAKURA〟からの質問にヒビキは『いないとは言わないけど、どれも高級品で殿上人しか食べられない貴重な物なんだ』と説明すると、『そうなのね。じゃあ、〝HIBIKI〟はいつも何を食べて生活しているの?』と聞かれたので、小さく唸りながら考え始めた。


「うーん、いつも食べてる物かぁ……」


 ヒビキは画面から目を離し、今まで食べた数々の食品を思い出してみる。祝勝会の時は本物の食材を使った豪華な食事が提供されていたが、基本的に野菜中心の地味な食べ物が多い印象だった。豆を潰して肉に見立てた大豆ミートだったり、忙しくて食べる暇もない時は栄養剤とカロリーブロックだけで済ませていたり、酷い時は非常食用のレーションだけで済ませる事も多かった。


『野菜が多いかな。肉は高級品だから滅多に食べられなくて、代わりに豆からできた大豆ミートがよく使われてる』

『大豆ミート? その食べ物の名前は初めて聞いた。豆からできたお肉って美味しいの? やっぱり、本物のお肉とは違う?』

『美味いぜ。けど、やっぱり本物には敵わねぇよ』

『まぁ、そうだよね。でも、私も一度で良いから地球のご飯を食べてみたいな』


 地球に興味を持ってくれてるのは嬉しかったが、それ以上にヒビキは〝SAKURA〟がいる場所に興味を持ち始めていた。けれど、そこまでの仲になっていないので、ここは聞きたいのをぐっと我慢する。


『やめとけやめとけ。多分、三日で飽きると思うから』

『えー、それでも興味あるから食べてみたいなぁ』

『じゃあ、もし〝SAKURA〟のいる場所に行く機会があれば、大豆ミートを持っていってやるよ』


 〝SAKURA〟のいる場所に行ってみたいという気持ちを込めて返事してから数分後、『〝HIBIKI〟って男の人?』と返信があった。


『そうだよ。〝SAKURA〟は女の人だよな?』

『うん。実は私、男の人と話すの初めてなんだ』


 メッセージを見たヒビキは目を丸くした。男と話した事がないなんて珍しいなぁ……と思いつつ、『〝SAKURA〟って、何歳なんだ?』と聞くと、『今は十六歳。今度、十七歳になるの』と返事が返ってきた。


「へ!? まさかの俺と同い年!?」


 落ち着いた印象だったから、ずっと自分よりも年上だと思い込んでいた。だから少し親近感が湧いて、『奇遇だな! 俺も今度、十七歳になるんだ!』と送ると、『えっ、本当!?』と〝SAKURA〟から初めて同い年らしい反応が返ってきた。


『う、嘘じゃないよね!? 本当に同い年!?』

『嘘じゃない、嘘じゃない。俺、ずっと〝SAKURA〟の事、年上の人だと思ってたんだ』

『私もだよ。私もずっと〝HIBIKI〟の事、歳上の男の人だって思ってた。今だから言えるけど、実は少し警戒してたの』

『あ、やっぱり? なんかあんまり心開いてくれてないよなーって思ってた』


 冗談で言ったつもりだったが、『わ〜、ごめんなさい!』と〝SAKURA〟がすぐに謝ってきた。どうしてか分からないが、顔も見た事ないくせに〝SAKURA〟が慌ててメッセージを打っているイメージが浮かんできたので、ヒビキはクスッと笑ってしまう。


「ハハッ、なんか可愛いな」


 周りにいる異性は我の強い者が多いからか、柄にもなくそう思ってしまった。同い年という事もあって〝SAKURA〟に一層興味を持ったヒビキは、彼女がどんな姿をしているのか無性に気になってしまった。


「ドン引きされないように、文章に気をつけてっと……」


 ドキドキしながらメッセージを慎重に打ち込み、ヒビキは勇気を出して送信ボタンを押した。


『〝SAKURA〟が嫌じゃなかったらだけど、本当に同い年なのかお互い確かめ合わないか?』


 ヒビキはデバイスを強く握り締め、ドキドキしながら返事を待っていると〝SAKURA〟から、『写真を送り合うって事かな? いいけど、ずっとお友達でいてくれる?』と返信があった。


『勿論。〝SAKURA〟と話すの楽しいからさ』

『私も。〝HIBIKI〟と話すの楽しいから、ずっと話していたいなって思ってる』


 同じ気持ちでいてくれた事にヒビキは自然と口角が上がる。『じゃあ、俺から送るぜ』というメッセージの後、学校の制服を着て、マリウスと肩を組んでいる写真を選んで送ると、すぐに〝SAKURA〟から返信があった。


『わぁっ! 左の人、凄く綺麗な人だね! 特に目が綺麗!』

『コイツは親友のマリウス。右にいる赤い髪の男が俺だ』


 この写真は比較的、穏やかな表情をしているから選んだのだが、〝SAKURA〟から衝撃的のメッセージが送られてきた。


『えっ、右にいる人が〝HIBIKI〟なの? 意外と怖そうな顔してるんだね! 優しい感じで喋ってくれてるから、穏やかな感じの人だと思ってた!』


 メッセージの内容を見て、ヒビキはやっぱりこうなるか……と心の内で溜息を吐いた。やはり、この吊り上がった目は〝SAKURA〟から見ても、キツイ印象を与えてしまうらしい。


 思わずメッセージを打つ手が止まってしまった。過去にも顔面については、いろんな人から散々言われてきたものの、初対面の〝SAKURA〟にまで言われてしまうと、どうしたものかと悩んでしまう。


『生まれ付きこんな顔をしてるせいなのか、皆から怖がられるんだよなぁ……。〝SAKURA〟も俺の事が怖かったりする?』


 恐る恐る聞いてみると、『そんな事ないよ!』とすぐに返事が返ってきた。


『凄く頼りになりそうな人だって思った! 誰かが困ってたら助けてくれそうだと思ったし、面倒見が良さそうな人だなって思ったよ!』

『本当にそう思う? その場しのぎで適当に言ってないか?』


 メッセージを打っている最中、多少の女々しさを自分で感じてしまったが、せっかくできた繋がりを断たれたくないと思ったので、そう聞かずにはいられなかった。


『本当にそう思ったよ! 友達が多いだろうなって感じたし、普通に話してて面白いもん! だから、私とずっと友達でいてね!』


 〝SAKURA〟のメッセージを見て、心臓が小さく跳ねるくらい嬉しくなった。『そう言われるのは初めてだから嬉しい。俺も〝SAKURA〟とずっと友達でいたい』とメッセージを送信すると、今度は〝SAKURA〟から一枚の写真が送られてきた。


 黒髪の女の子が変わった服を着て、椅子に座っている写真だった。『これが私だよ』と教えてもらったのだが、ヒビキは送られてきた写真に釘付けになってしまう。


「この女の子が〝SAKURA〟? え、めちゃくちゃ美人じゃん……。それにこの服って、〝エリア24〟でよく着られてる着物ってやつか?」


 写真には胸の下辺りまで伸ばした、黒髪ストレートの女の子が写っていた。目は大きくぱっちり二重で、瞳の色は綺麗な淡い藤色。桃色の振袖から覗いて見える細い手首が少し不健康そうに見えたので、普段からちゃんと食べているのか心配になってしまった。


『綺麗な髪だな。でも、ちゃんと食ってるのか? 手首が細すぎて心配になる』

『えへへ、ありがとう。ご飯はちゃんと食べてるよ。じゃないと、あんなにたくさん作らないでしょ?』


 それもそうかとヒビキは納得した。しかし、あの量の料理は明らかに家族に振る舞う量だ。次は家族は何人いるのか聞いてみよう――そう思ったのだが、〝SAKURA〟から『あ、ごめんなさい。〝HIBIKI〟』と短いメッセージが届いた。


『私、そろそろ行かないといけないみたい』


 〝SAKURA〟とは同い年だと聞いていたから、学校に行くのだと思い込んだヒビキは『今から学校か?』と聞く。すると、〝SAKURA〟から全く聞いたことのない言葉が返ってきた。


『ううん。今から〝花嫁修行〟をしに行くの』

『花嫁修行? なんだそれ?』


 全く検討がつかなかったので、ヒビキが質問すると〝SAKURA〟はこう答えた。


『旦那様の為にいろんな事を教わってるの』

『旦那様? えっと、旦那様っていうのは?』

『うーん、そうね……鳥で例えると〝つがい〟みたいな感じかな? その人との間に子供を作って、妻として支えていく相手の事よ』


 ヒビキは目が点になった。今の地球にはそういった制度はなく、人が一人で生きていく為に男も女もヴァルキリーに乗って戦いに出ている時代なのだ。だから、戦友はいても家族はいない。ヒビキ達にもある時期がくれば、政府が人口を増やそうと色々と動くらしいが、どうやって人を増やすのかまでは知らなかった。


「それにしても、地球の外ってやっぱり凄いな。戦ってばっかりの俺達とは大違いだ」


 ヒビキは〝SAKURA〟からのメッセージを興味深く眺めていた。さっきのご飯の写真や〝SAKURA〟の容姿も含めて、ヒビキ自身が思った事をメッセージとして打ち込んでいく。


『じゃあ、〝SAKURA〟の旦那様はきっと幸せだろうな! 〝SAKURA〟が作る飯は絶対美味いだろうし、側にいてくれたら最高じゃん!』


 少し時間をおいてから『実は旦那様の顔は見た事がないの』と返事が返ってきたので、ヒビキは首を傾げてしまう。


「……え? 自分の旦那様なのに顔を見た事がないって、どういう事だ?」


 ヒビキが疑問に思ってデバイスの画面から視線を外している間に〝SAKURA〟はメッセージを消してしまったようだった。


『それじゃあ、行ってくるね! また明日!』


 新たにメッセージが書き込まれ、〝SAKURA〟が退出しましたとスレッド内に表情された後、ヒビキは一人で消されたメッセージの意味を考え始めた。


「メッセージを消したって事は、あんまり深く聞かれたくない事なのか?」


 ヒビキは少し悶々としながら、ソファベッドに寝転がる。こういう時、アプリ上であっても〝SAKURA〟が何を思っているのか、心が読めたら良いのにと思わずにはいられなかった。

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