第七話
何事もなく目的地である北極海上空に辿り着いた。〝セントラル〟からここまでかかった時間は約一時間。今まで乗っていたヴァルキリーだと倍の時間はかかっていたので、ヒビキは圧倒的な性能差に感嘆の溜息を吐いた。
「やっぱりすげぇな。オーブに宿ってる〝悪魔〟の力なんて認めたくないが、性能も出力もパワーアップしてやがる。それにしても、いつも俺に囁きかけてたくせに格納庫の件があってから妙に静かだな。おい、何か喋ったらどうだ?」
ヒビキは首から下げていたポイント型のオーブに向かって話しかけてみる。しかし〝シェムハザ〟からの返事はなく、ただ独り言を呟いているだけになってしまった。
「フン、まぁいいや。いずれ話しかけてくるだろうし。とにかく今は目の前の事に集中しないと」
ヒビキは高度を上げ、上空から北極海を見渡してみる。真下には広大なコバルトブルーの海と巨大な流氷が海面に浮いているだけで、肝心の敵の姿を観測できなかった。
「いない……となると、敵は海の中か」
敵は流氷の下に隠れていると推測したヒビキはニヤリと口角を上げる。ヴァルキリーの解析結果を北極海へ向かっている最中に確認してみると、この機体は火を扱うのが得意だという事が判明した。だから、海面に浮かんでいる流氷を溶かすなり気化させるなりすれば、敵の姿を目視で確認できると考えたのだ。
「物は試しだ。早速、やってみるか」
ヒビキはオーブに意識を向け、少しずつ
両掌の中心にある赤い水晶玉はレンズのような役割を果たしているという事だったので、早速、両掌を合わせてエネルギーを少しずつ放出していった。防衛戦の時のように力を見誤る事のないよう、注意を払いながら出力をコントロールしていると、手と手の間に小さな火の玉が現れ始めた。
火の玉が少しずつ大きくなる度、モニターの映像が陽炎のように揺らめいて見える。この凝縮されたエネルギーを流氷にぶつけたら、水蒸気爆発が起きて敵を混乱させる事ができるかもしれない。
火の玉が十センチ程度になった所で、エネルギー放出を止めた。ゴクリ……と唾を飲み込んだヒビキは火の玉を山のような流氷に向けて投げ放つ。
すると、流氷と海水が一気に気化し、大規模な水蒸気爆発が起こった。ヒビキのいる上空まで水飛沫が届きそうになったので一旦距離を取ったが、この爆発の影響で電子機器系統が狂ったのか、レーダーに何も映らなくなってしまった。
「あちゃー、これは誤算だったな。エネルギー放出量は抑えたつもりだったんだけど、レーダーが反応しなくなるなんて考えてもみなかった。さて、敵はどこに――」
ヒビキが前髪を掻き上げた瞬間、白煙の中から二つの青い光が鈍く光るのが見えた。ヒビキは反射的に操縦桿を握り直す。
ギリギリの所で躱したが、ギャリッ! と剣の切先が右肩を掠ってしまった。教官にゴム製のナイフで切り付けられた時と似たような痛みが走り、不快感を露わにしたヒビキは眉根を寄せる。
「あの機体、どこから現れやがった!? 直前までレーダーの反応がなかったぞ!?」
ヒビキは上空から見下ろすように敵機を見やる。敵が操縦しているヴァルキリーは戦場でよく見かけるような量産型ではなかった。機体の頭部には大きな角が二本生えており、手にはロングソードが握られている。どうやら、あれで肩を切り付けてきたらしい。もう少し反応が遅れていれば、右肩を落とされていたはずだ。
「さて、ここからどうするかな。テロリストとはいえ、相手は人間だ。できれば話し合いで解決したいが……そう簡単にはいかねぇよな」
敵機はロングソードを鞘に仕舞い、腰に携帯していた銃を手に取って攻撃してきたので、ヒビキは仕方なく応戦する事にした。
躊躇いなく撃ち込んできたので、ヒビキは機体に熱を循環させ、人工的に陽炎を作り出す。高速で移動するたびに空気がゆらゆらと揺れ、ヴァルキリーの残像がいくつも作り出された。
敵はどれが本物なのかが判別がつかないのか、偽物に向かって銃を連射し始めた。
「おいおい、どこ狙って撃ってるんだ? レーダーで確認すりゃ、こっちの位置なんて丸分かりだろ。でも……この状況は俺にとってはチャンスだよな!」
陽炎で作った残像を上手く使い、タイミングを見計らって敵機の背後に回り込んだ。
敵機はヒビキの存在に気付いたが、シールド展開が間に合わず、まともに蹴りを受けてしまう。しかも運の悪い事に、その衝撃でエネルギーラインの配線が故障してしまったのか、背中の羽が消失していくのが見えた。
敵パイロットが仕方なく機体を放棄し、コックピットから脱出する姿を確認する。乗り捨てた敵機が北極海へ落ち、暫くして海中から大きな水柱が上がった。
あぁ、人を殺さずに済んで良かった――。
ヒビキは安堵の溜息を吐いた。防衛戦の時のように、また人を殺してしまうのではないかと緊張しながら操縦していたので、いつもよりも疲労感を感じてしまう。
「こちらシンラ・ヒビキ、敵を一機撃墜した。アラガミ博士、聞こえますか?」
アラガミ博士に通信を取ろうとシステムを操作するが、〝ノーシグナル〟と表示されたままだったので、ヒビキは首を傾げた。
「あれ、おかしいな。もしかして、さっきの爆発で通信機器が狂っちまったのか? 性能が良いくせに肝心のシステムが脆弱なのは困るんだけどな……」
旧式のヴァルキリーならともかく、この機体は
説明し難い不安に駆られていると、けたたましい警告音がコックピット内に鳴り響き始めた。
「おいおい! 一体、何の警告音だ!?」
状況を把握する前に辺りが暗くなってしまう。何事かと思って頭上を確認すると、見た事のある戦艦が降りてきていたので、ヒビキはハッと息を呑んだ。
「あれは軍の戦艦!? まさか、テロリストの正体って〝チェルノボーグ〟の事だったのか!?」
ヒビキは自分の見ている光景が信じられず、呆然としてしまう。太陽光を遮る原因を作ったのは〝チェルノボーグ〟と呼ばれる原子力長距離移動戦艦が北極海へ着水しようと降下しているからだった。
しかし、この戦艦は勲章持ちのエース級パイロット達が乗り込む艦のはず。何が起こっているのか分からず、ヒビキは戦艦の底部を凝視する事しかできなかった。
「まさか、アラガミ博士が呼んだ援軍が〝チェルノボーグ〟? いや、それはさすがにあり得ねぇよな……」
頭に疑問符しか浮かばなかった。主任研究者という地位にいるだけで、軍で最強と謳われる〝チェルノボーグ〟を援軍として呼ぶなんて不可能だ。
では、どうして〝チェルノボーグ〟がヒビキの頭上を飛んでいるのだろうか――。
「偶然居合わせた……なわけないか。先日までアラガミ博士も北極にいたっていうし、これまでにない大きなプロジェクトが地球規模で動いてるって考えるのが妥当だろうな」
色々考えているうちに秘匿通信が入った。このタイミングで入る通信に嫌な予感がするも、ヒビキはすぐに回線を繋げる。すると、北極海に行くように指示を出したアラガミ博士が笑顔で手を振っている姿がモニターに映った。
「グワハハハッ! 驚いたかね、シンラ・ヒビキ! まさか〝チェルノボーグ〟が現れるとは思っていなかっただろう!?」
「それは、まぁ……。でも、アラガミ博士個人の力で軍を動かしたわけじゃないですよね? 〝チェルノボーグ〟は軍でも最強だと言われている艦隊だし、アラガミ博士の命令だけで動かせるはずないです。何が起こっているのか、早く説明して下さい」
痛い所をついてしまったのか、アラガミ博士はムッとした表情に変わった。「全く。貴様はいつも余計な一言が多いな……」と小言を呟くのが聞こえてきた。
「ゲホンッ! ブランド鶏の貴様にも状況が分かるよう、先ずは結論から言わせてもらおう。我等の敵が地球に総攻撃を仕掛けようとやってきておるのだ」
「総攻撃、ですか?」
アラガミ博士は「左様」と答え、頷いた。
「詳しい作戦内容は現時点では話せないが、今日の試験は貴様の乗っているヴァルキリーと操縦技術を見る為のもの。ククク、これは名誉な事だ。近々、貴様と貴様が所属する焔隊に対し、〝チェルノボーグ〟へ乗艦するように命令が下されるだろうからな」
「ほ、焔隊の皆もですか?」
ヒビキは開いた口が塞がらなかった。本格的に戦場へ参加するのは学院を卒業してからだったはず。それがどうして、学生の身分のまま最前戦へ送られる事になるのだろうか。
納得のいかなかったヒビキは「ちょ、ちょっと待って下さい!」と焦ったように声を発した。
「俺達はまだ学生です! 俺はともかく、どうして焔隊の皆まで最前戦へ送られるんですか!?」
「聞いて驚け。神からの啓示があったのだ」
ヒビキは絶句してしまった。まさか、あのMADの口からそんな言葉が出て来るとは思わなかったのだ。アラガミ博士は心が洗われたかのように、モニターの向こうで恍惚の表情を浮かべた。
「〝結託せよ。我々は常に共にある〟と告げたのだ」
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