第五話

 〝EINHERJARエインヘリアル SYSTEMシステム〟を起動させ、ニコとオーブの中身を入れ替えてから数時間後――。


 ニコの亡骸はマリウスに任せて先に男子寮に戻ったヒビキは、濡れた髪をタオルで拭いていた。寮は基本的に大部屋なのだが、ヒビキは前戦に出て稼いでいる身なので、必要な金額を支払って個室を使わせて貰っている。


 使い終わったタオルと使用済みの制服を一緒くたにして洗濯機に投げ入れ、机の上に置いてあったデバイスを手に取り、使い込まれたソファベッドに寝転がる。ここまではいつものルーティン。いつもなら考え事をしたりして、そのまま寝落ちするのだが、今日は〝宇宙間通信〟にスレッドを立てるという目的があったせいか、妙に目が冴えていた。


「よし、早速やってみるか! 絶対に成果を出して、マリウスを驚かせてやるぞ!」


 意気込んだヒビキはデバイスを操作し、アプリを起動させた。画面に様々な言語で、『ようこそ』と入れ替わり表示され、『貴方の言語はこれですか?』といきなり表示されたので、ヒビキは少し驚いてしまう。どうやら操作者の視線をデバイスの内カメラで察知し、瞬時に言語を特定する機能も備わっているらしい。


「へー、すげぇな。ただの掲示板アプリだと思ってたけど、こんな機能が備わってるのか」


 ヒビキは素直に感動していた。掲示板アプリなんて時代遅れだと心の内では馬鹿にしていたが、機能は今の時代に追い付いているらしい。


 諸々の設定を終え、あっという間にスレッドのタイトル入力画面と名前の入力欄が表示された。考えるのも面倒だったので、ハンドルネームは〝H〟にした。学園には〝H〟から始まる名前の人間は大勢いるし、特定される心配はないと考えたからだ。


「さぁて、ここからどうすっかな。ゼンイチは内容が分かりやすいタイトルにしろとか言ってたけど、新しい友達が欲しいわけでもないしなぁ……」


 ヒビキは珍しく困った顔になってしまった。一度、持っていたデバイスをソファベッドに投げ出し、目を瞑って悶々と考え始める。


 色々と考え事をしているうちに、ヒビキが敵機を撃墜してしまった時の事を思い出してしまった。モニターに映し出されたシャルム・ゴールディの歪んだ表情、オーブの中に巣食う〝シェムハザ〟の『君と私は見えない糸で繋がっている』という不気味な会話が頭の中で展開されていく。どうやら、ヒビキが自覚している以上にトラウマになっているらしい。


「あー、クソ。マジで胸糞悪い……」


 ヒビキは眉間に皺を寄せながら寝返りを打ち、すぐに別の事を考え始める。今度は祝勝会で後輩達に質問責めされた時の場面を思い出したのだった。


「どうやったら、シンラ先輩みたいなパイロットになれますか!?」と聞かれたり、「英雄であるシャルム・ゴールディ少佐とお話したんですよね!? どんなお話をしたんですか!?」と聞かれた所まではまだ良かった。


「敵を撃ち落とした時、どんな気持ちになりましたか!? やっぱり、スカッとしますか!?」


 キラキラとした目で聞かれた時は一瞬、言葉に詰まってしまった。その場では「別に大した事なかった」と答えたが、その後は食欲が失せてしまうくらい気が滅入ってしまった。


 後輩達はヒビキに意地悪をしようと聞いているわけではない。の事だった。


「なにが学校法人だ。宗教法人の間違いだろ……」


 敵を一機でも多く撃墜してやると意気込んでいる学友達の姿を見る度、ヒビキはそう思ってしまう。学校の授業もヴァルキリーを操縦する為の知識や技術の他、地球が歩んできた歴史や敵の陣形、攻撃パターン、使用している武器等を日々学んでいる。


 授業は学校を卒業するまで延々と行われ、侵略者から地球を守るという重要な使命を持って君達は生まれたのだと善人が好きそうな言葉を口にし、生徒達に何度も刷り込みを行うのだ。ヒビキが宗教法人と表現するのも、あながち間違ってはいない。


「どうして、同じ血の通った人間を殺し合えるんだろうな……」


 長年抱いている疑問を敢えて口に出してみる。


 ヒビキは幼い頃から人の心の声が聞こえるという〝特異体質者〟だ。この学校に入学してから、敵が同じ血の通った人間だと知った時、頭の中に疑問符しか浮かばなかった。


 授業が終わった直後、「どうして、俺達と同じ人間が敵なんですか?」と先生に質問した事がある。すると、先生は「我々が住んでいる地球を奪おうと攻め込んでくるからだ」と正当防衛を主張した。


 話し合いで解決できなかったんですか? とは聞けなかった。出かかった言葉をグッと飲み込み、「分かりました。地球を守れる優秀なパイロットになれるように頑張ります」と早口で答え、その場を後にした。当時、初等部に通っているヒビキが気を遣うくらい周りの目が痛かった。


 しかし、それで納得がいかなかったヒビキは試しに周囲の心の声に意識を傾けてみる。すると、殆どの生徒が先生の言葉を真に受けていた事に気が付いた。


〝地球の危機から逃げた腰抜け共から地球を守るんだ!〟


 そんな使命感を胸に秘め、まるで物語の主人公のように意気込んでいた為、周りと自身の考え方の違いに衝撃を受けたのを今でも覚えている。


 ヒビキは勢い良く起き上がって、文字を打ち込んでいった。色々考えた結果、タイトルは『地球の外で生まれた奴、書き込みに来い』にした。続けて『地球生まれ地球育ちなんだけど、地球以外の場所で生まれ育った人がいたら俺と話そう』と書き込んでみる。


 するとすぐに書き込みがあったのか、デバイスが小さく震えた。ヒビキは早速、自分で立てた掲示板を覗き込む。しかし、そこに書かれていたのは『非国民発見w』という否定的な言葉だった。


「はぁ? んだよ、非国民って……」


 ヒビキは『非国民』という文字を見て、ムッとした表情になる。書き込んだ人物は地球に住んでいる人間だと判断し、無視を決め込んでいると、次々と『売国奴』だの『スレ主を地球から追放しろ』や『敵と話したいって、どういう神経してんだよ』という酷い言葉ばかりが並び始めた。


 人が立てたスレッドに好き勝手に書き込まれ、イラッとしたヒビキは持っていたデバイスを壁に向かって投げ付けようとした――だが、最後に書き込まれた内容が画面に反映された瞬間、ヒビキは動きを止める事となる。


『貴方、本当に地球の人?』


 今までとは明らかに毛色の違う書き込みに、ヒビキはパチパチと瞬きをした。ハンドルネームを確認すると、〝S〟と書き込まれている。ヒビキがすぐに『そうだよ。君は?』と返信すると、『私、地球生まれじゃないよ。場所を特定されるのが怖いから、どこにいるのか詳しく話せないけど……』と書き込まれたので、思わず笑みが溢れる。


「マジかマジかマジか! えっ、めちゃくちゃ嬉しいんだけど!」


 先程まで辛辣な書き込みばかりだったので、一気にテンションが上がったヒビキは、相手に悪い印象を与えないように気を遣いながら、文字を打ち込んでいった。


『そこまで話さなくて良いよ。俺が知りたいのはそういう事じゃないんだ。地球以外の場所に住んでいる人が、どういう暮らしをしているのか知りたくて、スレッドを立てたんだ』


 ドキドキしながら送信ボタンを押すと、『どうしてそんな事が知りたいの?』と〝S〟から返事が返ってきた。


「もしかして、警戒されてんのか? でも、こんな目立った所で地球から脱出したいんだーって、馬鹿正直に書き込んだら、軍や学校にチクられるかもなぁ……」


 ヒビキは悩んだ末に『外の世界の事が知りたくて、書き込んだんだ』と答えると、数分後に『じゃあ、私にも地球の暮らしについて教えてくれる?』と書き込まれたので、ヒビキは少し考えた後、『良かったら二人だけで話さないか?』と提案したのだった。


『このスレッドは不特定多数に見られてるし、二人だけで話せるようにしたいんだけど、どうかな?』


 マリウスの言葉を忘れたわけではなかったが、どうしても地球の外の情報が欲しかった為、ヒビキが追加で込むと、『うん。その方が私も話しやすいかも』とすぐに返事があった。


 嬉しくなったヒビキはデバイスを握る手を強め、『わかった』とだけ返信した。けれど、肝心の操作方法が分からず手間取っていると、『もしかして、鍵付きのスレッドの立て方が分からない?』と書き込まれてしまった。


『あー、うん。実は友達から教えて貰ったばっかりなんだ』


 ヒビキが素直に書き込むと、暫くして〝S〟から『じゃあ、ここでお話しよ』と鍵付きのスレッドを立ててくれた。


『IDを指定してスレッドを立てたから、私達以外は誰も入ってこれないはずだよ。貴方が立てたスレッドは消しておいてくれるかな? この手の話題はデリケートだから誰かに見られるとマズイし、念には念を入れておきたいの』


 〝S〟は〝宇宙間通信〟の操作に慣れているのか、かなり手際が良かった。『ありがとう。じゃあ、また後で』とヒビキは書き込み、〝S〟が作ってくれた『友人帳』という文字をタップした。


 スレッド内に入ると〝S〟はハンドルネームを変えたのか、〝SAKURA〟に変わっていたので、ヒビキもそれに倣い〝H〟から〝HIBIKI〟に変えて書き込み始めた。

 

『ありがとう。君と話せて嬉しいよ』

『私もお友達ができたのは初めてだから嬉しい。けど、今から湯浴みに行かなきゃいけないみたいだから、明日また書き込むね』


 ヒビキは机の上に置いていたデジタル時計に目を向けると、時刻は既に深夜を回っていたので驚いてしまう。


「もうこんな時間か。〝SAKURA〟がいる場所とここじゃ時差があるのか。それなら無理に聞き出す訳にはいかないな。でも……この『湯浴み』ってどういう意味だ?」


 ヒビキは首を傾げていた。アプリが異国の言葉を自動で翻訳してくれているようだが、『湯浴み』という言葉をこちらでは聞いた事がなかった為、『湯浴みって、どういう意味だ?』と聞き返すと、数分経った後に『お湯に入って身体を温める事だよ』と〝SAKURA〟から返事が返ってきた。


『あぁ、成程理解した。じゃあ、湯浴みの後は寝るのか?』

『ううん。湯浴みの後はやる事があるの』

『そっか。じゃあ、また明日ここで話そう。またな、〝SAKURA〟』

『うん、また明日。おやすみ、〝HIBIKI〟』


 ヒビキはデバイスの電源をオフにして、部屋の天井を見つめる。〝SAKURA〟という名前からして男ではなさそうだと感じていたが、落ち着いた会話のテンポが意外にも心地良かった。


「多分、向こうは女だよな。アプリ上でのやり取りだし、男か女かなんて判断はできないけど、悪い奴ではなさそうだな」


 ヒビキはデバイスを枕元に置いて明日に備えて寝る事にした。明日はカテドラル中央研究所に来るように命令されている。また無理難題を言われて体力と精神がすり減るに違いないが、従順なフリをしておかないと目をつけられて脱出できなくなってしまう。

 

「明日になったら、〝SAKURA〟といろんな話がしたいな……」


 ヒビキはそんな事を思いながら、睡魔に抗わずに目を瞑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る