Sid.23 だから外国人が駄目なのであって

 死んだ魚のような目をした生徒二名。

 さっさと先を急ぎ校舎をあとにするが、後方でゾンビの如く歩いてるようだ。

 話し掛ける気はないが、あれらも俺と同様の家庭環境であれば、同情の余地もあるのだが。

 たぶんだが、望んで入ったんだろう。だが己の能力を超えた学校だった。ゆえに成績が振るわず「こんなはずじゃなかった」と、現実を目の当たりにし打ちひしがれたのだろう。


 部活終了後の生徒の姿もちらほら。

 俺の前にひとりの女子が居て、のろのろ歩いていて実に邪魔臭い。追い越すように先を急ぐ際にチラ見。どうせスマホを見ながら歩いているんだろう、と思ったら。

 俺にぶつかりそうになった女子だ。

 目が合った。


「あ」


 あ、じゃねえよ。

 すぐに目を逸らし足早に駅に向かう。

 あれとは三度目の遭遇だ。

 これ、もし俺が普通に学校生活を送っていれば、何かしら縁があると考えたかもしれない。だが、普通の学校生活を送ることはできていない。だから勘違いを起こすこともない。

 ラブコメなら、三度も遭遇すれば何某かのフラグが立つけどな。

 残念なことに俺に限っては無い。


 駅に着き電車に乗る。

 車窓を眺めつつ今夜は英語の授業があるんだと思い出す。

 親父には替えてくれと話しはしたが、あの様子から見れば変更は無さそうだ。胃が痛むなあ。キリキリ締め付けられるような。まじで痛む。頼むから外国人はやめて欲しい。

 確かにネイティブの方がいいのかもしれないが、あいつら見た目まんまオーガみたいだし。巨体を揺すってひと際でかい声で話す。威圧感も凄まじい。

 腕なんて丸太みたいじゃないか。あれで殴られたら、ひと溜まりもないぞ。


 自宅最寄り駅で下車し重くなった足を、無理に進め家に辿り着く。

 ドアホンを鳴らすと絢佳さんが出てきて「今日は遅かったのね」と言われた。

 ああ、そうだ。補習と追試の件を言ってなかったな。遅くなった理由を話すと「まだあるの?」と聞かれ、あと一回はあると言っておいた。


 絢佳さんの顔を見たら胃の痛みが引いた。やっぱり癒される。

 まあ、あの英語教師が来ると、ぶり返すけどな。


 さっさと着替えて夕飯を済ませ自室で待つ。

 胃がいてえ。飯食ったばっかりだから、消化不良も起こしてそうだ。

 ドアがノックされ「先生来たけど」と。ドアを開けると気付いたのか「翔真君。顔色悪いよ」と言われる。すぐに具合が悪いのに気付くんだな。完璧な母親じゃないか。


「なんか胃が痛くて」

「胃薬あるから飲んでおく?」

「そうします」


 後ろに先生が控えているが、絢佳さんから「少し待ってもらえますか」と言われ、一旦階下に案内されたようだ。

 ちらっと見えたんだが、いつもの先生じゃなかった気がする。

 少しして水の入ったコップと、胃薬を持って絢佳さんが来て「今日はどうするの?」と聞かれた。


「落ち着くまで時間をもらえれば」

「じゃあ先生には待っててもらうけど」


 無理はしない方がいいと言われた。


「先生には悪いけど帰ってもらおうか」


 それが一番だが。そうも言っていられないし。


「少し待っててもらえばいいです」

「そう? あんまり無理はしないでね」


 そう言ってドアをそっと閉じて階下に向かったようだ。

 薬を飲んで暫し待つが、あんまり改善された感じは無いな。ストレスの元凶と向き合う必要があるからだ。

 仕方ない。我慢して今日を乗り切ったら、親父に日本人の先生にしてくれと言おう。

 一階のリビングに行くが、ソファに腰掛けている外国人の性別が違う。

 女性?

 金髪で青い目は一緒だが女性だ。がたいの良さは白人ならではだが。女性も男性もでかい。

 チェンジで。


 一旦リビングを出て絢佳さんの居るキッチンへ。


「あの、リビングに居る外国人」

「なんか代わりで来たみたいで」


 バカ親父。全然分かってないよな。

 ガイジンが駄目なのであって、同じ人種を寄越されてもストレスは一緒だっての。

 ましてや女性ともなると、外国人の場合はもっと激しいだろ。ヒステリーが服着て歩いてるようなもので。

 早口で捲し立てられて上から抑え付けるように、ギャンギャン吠え捲るんだから。

 会話なんて成立しないぞ。

 オーガからオグレスになっただけじゃねえか。


「えっと、絢佳さん」

「どうしたの」

「帰ってもらうように言ってください」

「調子悪い?」


 悪化しそうだ。


「いえ。親父にはあとで言いますけど」


 ガイジンじゃなく日本人の教師を派遣しろと。白人だろうと黒人だろうと、アジア系だろうと、とにかく外国人は御免被る。日本人相手のコミュニケーションですら、覚束無いってのに、あんな連中相手にしていられるかっての。

 胃がいてえ。


「大祐さんには言ってみるけど、ネイティブの方が」

「それは分かるんですが、奴ら、横柄過ぎて馴染めないんで」


 そんなことは無いと思うらしいが、それは絢佳さんが優秀だからだ。俺みたいなバカにとって奴らは猛獣みたいなものだ。睨まれたら身が竦む。

 絢佳さんがリビングに向かい、少し離れて様子を窺うことに。

 家庭教師がソファから立ち上がると、絢佳さんから話し掛けるようだ。


「I’m sorry, but I would like to ask you to leave today」


 絢佳さん、めっちゃ発音いいな。教科書英語みたいだけど。


「Why?」

「Because my son is not feeling well」

「Got it」


 バッグを肩に掛ける教師が居て、申し訳なさそうな絢佳さんだな。ごめん。俺が言うべきなんだけど、あれを前にすると言葉が出ない。

 でだ、リビングの外に居る俺を一瞥し、外国人にありがちなジェスチャー。両手のひらを上に向けて肩を竦めてるし。なんか嫌味な感じだな。やっぱりガイジンは嫌いだ。

 階段を上り掛けると、家庭教師が出てきて玄関に向かい、見送る絢佳さんが居る。


 見送りが済むと振り向いて俺を見てる。


「そんなに横柄に見えなかったけど」


 あのジェスチャーだけで反吐が出る。いちいち大袈裟な動きで意思表示するからな。

 呆れてるのが目に見えてるし。せっかく来たのに無駄足踏まされた、と思ったんだろうよ。どこに行っても自分たちを曲げない。どこでも我を押し通すのが外国人。郷に入れば郷に従え、なんて考えは皆無だろ。遜る、なんてのも無い。俺程度だと常に上から目線で下等生物を見るが如くだ。

 鬱陶しいったらないな。なんで格下に見てるだけの日本に来るんだか。


「それは絢佳さんだからだと思います」


 軽くため息吐いて「もっと肩の力を抜いて接すれば、日本人も外国人も変わらないのに」だそうだ。

 構え過ぎるのと怖がり過ぎだと。それと自分を卑下し過ぎるから、相手が横柄に見えてしまうのでは、と言うのが絢佳さんの見立て。


「自信付けないと無理かな」


 成績向上で少しは自信も付くだろうし、多くの人と接してみれば、そんな差別意識を持っていないと分かるはずだとも。

 ただ、やっぱり進学先で自信喪失に至ったのだろうって。


「大祐さんのせいでもあると思うから」


 そこも含め、もっと自由にのびのびできるよう、大学のランクに拘らず、やりたいことを探させた方がいいと進言するそうだ。


「それとね、勉強だけど少し息抜きしようか」

「息抜き?」

「そう。ちょっとだけ遠出して気分転換しようね」

「いつ?」


 すぐ、とか言ってる。

 それは無理でしょ。学校あるし、そもそも遠出するとなれば、あのションベンガキも一緒でしょ。俺が行くわけない。


「大祐さんと愛唯はお留守番」

「え」

「私と二人で箱根一泊旅行」


 箱根一発旅行!

 じゃねえっての。聞き間違いにも程がある。

 絢佳さんと二人で?

 願ってもないことだけど、でもいいのか? 学校も一日や二日程度休んでも、そこは問題無いと思うけど。

 なんかテンション上がって来た。


「あとで大祐さんに言っておくから」


 ヤバい。顔がにやけてるかも。

 期待に胸膨らむぞ。

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