Sid.18 提案と継母からの謝罪と思うこと

 定期考査中だってのに、ションベンガキの件で話をするとは。

 思い当たる節に関して切り出すが、絢佳さんも分かってるだろうに。普段から俺の視線に気付くんだし、当日のことだって覚えてるはずだし、ガン見されて不快な気分になっただろうし。

 それでも絢佳さんは大人だから、表情に出さずスルーしたわけだ。

 ションベンガキはスルーできないから、こうして引き摺ってるだけで。ションベンガキがションベンガキである所以だな。俺も偉そうなことは言えないけど。


 口を引き結び眉をひそめ、何とも言えない表情になってる。

 軽くため息を吐き俺を見据えると。


「翔真君は、全部自分が悪いと思ってる?」


 全部が全部とは思わないが、直接の原因はそれだろう。自意識過剰な勘違いションベンガキが、母親と同時に自分も狙われたら、と妄想したかもしれんけど。

 あんなションベン臭いガキに手なんか出すかっての。俺までションベン臭くなる。


「まあ」

「あのね。実はね」


 親父との再婚話が出た際に、俺が居ることを告げられたそうだ。それまでは俺が話題に上ることは無かった。親父の口から「言っていなかったことがある」と。

 息子が居て高校三年に進級したばかり。大学受験で少し神経質になっていると。


 あのクソオヤジ。俺の存在を秘密にして付き合っていたのか。再婚となると俺の存在を認知させる必要に迫られた。隠し通しての再婚は無理だろうからな。一緒に住むとなれば。あ、でもあれか。二拠点生活なんて手段もあるだろ。どうせ普段から家に帰ってこないし、絢佳さんと同居するのも可能だったと思う。

 俺にはしらばっくれていれば知る由もない話だ。

 それでも吐露するに至ったのか。

 まあ理由は察することができるけどな。戸籍上に俺の名前があるのだから。


「話が出た時に、愛唯が反対して」


 赤の他人でしかない俺との同居なんて不可能だと。

 それは充分に理解できる。幼馴染みや親戚であればまだしも、一切合切知らない奴だからな。

 身の危険を感じるだろうし、容姿に優れ頭がいい奴ならともかく、そうでない場合の恐怖感は筆舌に尽くし難いと思う。一応、ションベンガキであっても女子だからな。


「ただ、大祐さんのことは、パパって言って慕ってたから」


 親父は気に入られた。だから俺とも上手く行くと考えたそうだ。親父の息子だから問題無いはずと。


「それでね、少し強引にね、話しを進めたんだけど」


 顔合わせの日も朝から機嫌が悪く、一緒に住むのは嫌だと言っていたらしい。


「大祐さんを父親として迎え入れるのは賛成。でも翔真君は」


 絶対嫌だと強硬に主張していたが、顔合わせのあとに絢佳さんが押し切った。

 しかし結果は現状が示す通り。


「ごめんなさいね」


 悪いのは自分だと。焦っていたのかもしれないと言ってる。

 再婚して安定した生活は子どものために必須。そんな想いも当然あったが、何より金銭的に苦労しない生活に惹かれたそうだ。

 やっぱあるよな。富は正義だ。金があれば靡く女に事欠かない。

 ましてや三十六歳コブ付きともなれば、婚活市場で早々贅沢を言える身分ではない。妥協してこそ手に入るものもあるわけだ。


「本当なら今後家族になるものとして、交流を深めてからにすればよかった」


 自分が悪いとは言え娘に譲歩を求めたが、上手く行くわけもない。押し切ったのは絢佳さんで反対していたのはションベンガキ。

 俺が絢佳さんの胸を見る見ない以前の問題だそうだ。


「翔真君。本当にごめんなさい」


 そう言ってテーブルに額を押し付ける絢佳さんが居る。

 そんなことしなくてもいいのに。素直に自分の非を認めたんだから。金に釣られた俗物の面はあれど、それもこれも娘のためって言う、大義名分だってあったのだろうし。

 女手ひとつで子を育てるのは、今の日本では拷問にも等しいだろうし。

 男女で収入の不均衡だってある。行政による支援もろくに無いんだからな。


「絢佳さん」


 少し驚いた感じで顔を上げるけど、俺からも言っておかないとな。


「親父にも責任はありますよね」


 お互いに焦ったのではと。親父も俺が居ることを直前まで隠していた。異性の子ども同士なのだから、もっと慎重になるべきだっただろう。男の側は女子であれば嫌がることは少ないと思える。でも、女子の場合に異性だと、今日から兄妹なんて言われて、納得するわけもない。


「親父もまた男だから女子なら嬉しく思うんじゃないんですか?」


 だから娘の意思を無視して話を進めてしまった。

 親父もまた拙速に事を進めた。あんなんでも一応は女子だ。思春期で男子なんてクソにしか見えないだろう。そのクソと一緒の生活が耐えられるのか。


「俺も喜ぶと考えた。でもそこに娘の気持ちは入ってないですよね」


 だったら親父も同罪。

 この最悪な兄妹関係の解消は一旦、双方距離を置いて改めて、少しづつ交流をして行くのがいいのでは、と言ってみた。


「それって」

「別居」


 とにかく、あのションベンガキは俺との同居が許せない。俺も顔を見ると不愉快になる。ならば距離を取るしかない。別居してしまえば、互いに干渉することは無いから、少なくとも不愉快さは激減する。


「親父はどうせ普段家に帰ってきません」


 帰る先を絢佳さんの家にしておけばいい。この家には、これまで通り週に二回あれば充分。

 ほとぼりが冷めるまで、そうやって別居生活をした方がいい、と俺は思う。


 あれ、なんで泣いてるの?


「あの、あ、絢佳さん?」


 椅子から立ちがり俺の後ろに立ってる。

 と思ったら絢佳さん、何してるの? 後ろから腕を回し俺を抱き締めてるし。頭に凄い感触があるんだよ。ばるんばるんの。首締まってるし。


「あ、あの」

「ごめんなさい」

「あ、えっと」

「翔真君にそんなこと言わせたら駄目なのに」


 子どもにそんな心配や気遣いをさせるようでは、親失格だと泣きながら謝ってる。

 親としての責任を果たせないようでは、何のために再婚したのか。単に男女の仲で親父と絢佳さんが一緒になっただけ。そこに子供が存在してない。

 一番駄目なパターンだと。


「母親失格だね」


 残念なことに、ばるんばるんの感触は少しすると無くなった。離れたからな。

 正面に座り直すと涙を拭いながら「子どもの安らぎを一番に考えなきゃいけないのに」と言ってる。

 最初に会った時の俺と最近の絢佳さんを見る俺。


「安らいでる感じは見て取れたから」


 だから胸を見ていても良しとしていた。

 きっと母親を求めているのだと。そこは違うけどな。母親じゃなく女を求めてたし。


「それですっかり安心してた」


 別居の件は無しとしても、親父と真剣に話し合うようにするそうだ。

 別居しないんかい。まあ、絢佳さんが居なくなると、食事は不味くなるし楽しみも無くなるけどな。

 俺としてはションベンガキさえ、何とかしてくれればいい。

 悪化してる心証の改善なんて、微塵も思ってないから別居を切り出したわけで。


「翔真君。約束するから」

「何をです」

「家族になって良かったって思ってもらえるように」


 絢佳さんだけなら、すでにそう思ってる。腐れションベンガキさえ居なけりゃな。

 ただ、少しショックも受けてる。

 やっぱり俺は絢佳さんにとって所詮子ども。それ以上の存在にはなれないってね。


「あ、翔真君。定期考査中だったんだよね」


 だらしない大人のせいで、巻き込んでごめんなさいと謝罪され、勉強頑張ってと。

 ションベンガキには言って聞かせる、と言うから。


「それはしない方がいいです」

「でも」

「学校の女子を見てて思うんですが、やっぱり時間だけが解決手段だと思うんで」


 それだと俺に悪いと言うが、本気であれば別居しかない。

 言って聞くわけがない。絢佳さんは違うのかもしれんけど。女子ってのは男子に対して極めてシビアだ。梃子でも譲らないものがあるからな。

 説得しても徒労に終わるだけだ。

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