Sid.16 募る気持ちはあれど無理がある

 連休明け。

 学校が始まるわけだが、行きたくないと思う気持ちもかなり。

 ただ、家庭教師に言われたのは、もっとコミュニケーションを取れと。無理だけどな。揃いも揃ってバカ認定して無視してるのだから。たった二人居る存在も決して仲が良いとまでは言えない。

 気が向くと話し掛けてくる程度だ。

 ぼっちだな、俺。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


 心配させないために朝は元気に家を出る。

 空元気って奴だが、それでも登校しないと高校卒業も危うくなる。卒業しないと受験に成功しても大学に入れない。

 ああ、面倒だ。

 並みレベルの高校だったら、ここまで面倒なことにならずに済んだんだろう。

 進学校なんて行かせるから無理が来る。俺の頭の程度を理解してなかったんだな。


 今は言わないのか、鮨詰め状態の電車に乗り、途中乗り換えて学校最寄り駅へ。

 下車して学校に向かい教室に入ると、自分の席に腰を下ろし授業の準備をする。

 いつも通り、誰も声を掛けることはない。ある程度グループができていて、それぞれが楽しそうに会話を交わす。

 さて、周囲がどうあれ俺には課題がある。


 読書だ。

 本を読めと言われたからな。ホームルームが始まるまでの空き時間は有効活用だ。

 バッグから一冊、取り出だしたるは森鴎外の著書。まあ有名な文学作品だし。今更読むのかと思われそうだが、とりあえず読む。教科書に載っていたが、まともに読むのは初めてだ。

 くそ、やっぱりなんか読みづらい。「いと静にて」とか古文かよ。


 暫く苦戦しつつ読んでいるとホームルームになり、一旦本を閉じる。

 続きは昼飯時と帰りの電車内だ。


 昼になると食堂に行き、さっさと飯を食って教室に戻る。

 そして本を開き読む。挫折しそうだ。どうせなら「レキシントンの幽霊」にでもしておけばよかった。もっと読みやすいだろうし。

 だが、この程度で挫折していたら国語の成績向上は無い。

 頑張るぞ。


「あれ、笠岡。何読んでるんだ?」


 邪魔するな。

 バカはバカなりに努力してるんだよ。


「本を読んでるだけだ」

「何? 舞姫? 今更?」

「いいんだよ。まともに読んでないんだから」

「そうか。急に文学少年になったんだな」


 違う。

 そんな得体の知れない存在になる気はない。


「人知らぬ恨に頭のみ悩ましたればなり。何を表現してると思う?」

「は?」

「だから、その辺はとっくに読んだんだろ? どんな気持ちか、だよ」


 知らん。いや、これはあれか、身重のエリスを捨て帰国したことの後悔。


「ってことか」

「少しは理解してるんだな」


 くそ。こいつらと俺の頭のレベルは明らかに違う。鼻でせせら笑ってやがる。

 やっぱり、この学校に居ること自体、無理があったってことだ。親父め。俺のレベルに合わない高校に行かせるから、差が開く一方じゃないか。

 家庭教師を何人雇っても、元の出来が悪いんだから無理なんだよ。

 それでも三年に進級できただけ、家庭教師の効果はあるってことか。


 午後の授業が始まると本を閉じて、やるしかない授業に集中する。

 午後の授業も終わると、さっさと学校をあとにし電車内で本を読む。


 自宅最寄り駅に着けば本を閉じて、徒歩で向かいドアホンを鳴らす。

 笑顔で出迎えてくれる絢佳さんが居て、やっぱりこの表情は心が安らぐな。少しだけほうれい線が見え隠れするが、若く見えるし、ばるんばるんと揺らしてくれる。

 最高じゃないか。


「おかえりなさい」

「ただいま」


 少し頬が緩んでいる自覚はある。


「楽しいことあったの?」

「特には」

「でも、しかめっ面じゃないから」


 それは絢佳さんを見たからだ。癒しの瞬間は大切にしたい。

 家に上がり自室に行き着替えを済ませ、夕飯の時間までは読書に費やす。

 ドアがノックされ「夜ご飯できたから」と呼び出され、絢佳さんのあとに続いてダイニングへ。

 例のあれは視界にできるだけ入れないようにする。見えなけりゃ気にもならない。


 親父は帰宅していないから三人で食事をするが。


「連休中、勉強捗ったの?」

「少し」

「少しだけ?」

「急に成果は出ないし」


 今、努力しておけば将来楽になるから、だそうだ。

 若いうちじゃないとできないこともある。若いからこそ吸収できるし、身に付くものもある。だから面倒とか思わず何でもやりなさい、だそうだ。

 どうしても母親の顔になるんだよな。

 決して男女の関係性は築けない。ちょっと凹むな。


 食後は部屋に戻り家庭教師が来るのを待つ。

 三十分程でドアがノックされ挨拶され、家庭教師の入室を促し、夜の勉強時間となる。


「本、読んでる?」

「舞姫ですけど」

「いいんじゃない。その程度はクリアしておいた方がいいから」


 教科書に載ってる作品くらいは、きちんと読み込んでおいた方がいい。

 漫然と読むのではなく、読解力を身に付けるためだから、考えながら読むと良いそうで。


「国語の成績向上を目指すからね。これまで以上に厳しく行くよ」


 現代文は必須。それが読み解けないようだと、受験の時の問題文ですら読み解けない。書いてある内容が理解できなければ、正答を導くことすら困難になる。

 まずは日本語をしっかり理解すること。だって。


 授業が終わると「じゃあ次は土曜日だからね」と言って、帰る準備をする先生だ。

 玄関先まで見送る際に「本はたくさん読むといいよ」と言われた。

 一度にたくさんは読めない。考えながらだと流し読みの三倍は時間が掛かるし。でもやるしか無いんだよな。


 部屋に戻りティーセットをキッチンに。

 絢佳さんが話し掛けてくる。あれは居ない。この時が癒しの時間だな。


「ちゃんと向き合う気になったのね」

「やるしかないんで」

「そうそう。大学のランクだけど」


 少し落としてもいいらしい。

 いいの?


「親父が許した?」

「言ったの。無理してレベルの高いところに行ってもね」


 授業に付いて行くだけで精一杯。それで何を学べるのかと。今の日本は確かに学歴偏重だけど、必ずしも最難関校を出る必要はない。

 しっかり自分のペースで学べる大学に行った方が、身に付けられるものは多いはずだからと。


「高校もギリギリでしょ」

「そう、ですね」

「無理してるから」


 無理をさせて良い結果を得られるわけでもない。

 やりたいことを見つけることすらできない。学校に友だちも居ない状態で、レベルの違いから自らを卑下してしまっている。悪影響の方が大きいから、無理をさせるなと交渉したら許可が出たそうだ。

 あの親父を頷かせたのか。凄いな、絢佳さんって。


「その分、目標を持って行動してね」


 高い目標は要らない。低くても実現可能性のあるものでもいい。自信を持てれば高みを目指すことも可能。今、一番にすることは、自信を持つことだって。


 話が終わると「お風呂入るんでしょ。お湯湧いてるから」と、入浴を促され二階の風呂へ。

 洗面所に明かりが灯ってる。

 居るのかよ。


 一度部屋に戻り少し時間を置いて洗面所へ。

 暗くなっているから居なくなったと判断。風呂に入って就寝するのだが。


 母親だ。

 俺の気持ちは絢佳さんを女性として意識している。けれど、絢佳さんにとって俺は息子でしかない。

 意外と堪えるな。

 どうにもならない年齢差と、所詮は子どもと言う事実。どう足掻いても男女の関係にはなり得ない。


 こっちの方も悩みが深くなりそうだ。

 癒されることも多いが、叶わぬ夢を見ていると思うとな。心が少し痛むんだよ。

 親父が羨ましい。

 若い頃の絢佳さんに出会っていたら、なんて思っても無意味だし。

 想像の中で若い絢佳さんとデートするとか、そんなシチュエーションを思い浮かべる。そしてアンナプルナを登頂し、埋まってみたりする妄想もセットで。見事なばるんばるんを堪能、したいなあ。

 だが、そんな妄想を繰り返しつつも、いつしか寝入ったようで。


 珍しくアラーム音に叩き起こされた。

 突っ張る股間は使いどころが無いな。絢佳さんには使えないし。

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