Sid.15 連休最終日は家族揃って外食
ひたすら受験勉強に費やされたゴールデンウィーク。
最終日の今日は絢佳さんが帰って来る日だ。親父もだけど。あと付属品。
午前十時から現代文の教師が来て、みっちり叩き込まれる。
「笠岡君は読解力とコミュニケーションに難があるね」
つい最近、気付かされた。
曽根田さんの言葉を正しく理解できてなかったし。今考えれば、あれは決してバカ認定してたわけではないと分かる。あの時はそう受け取ってしまった。
同年齢が集う学校での会話がない、親父との会話も殆どなく、絢佳さんが来て会話が増えた程度。そして自らをバカと思ってるから、人の発する言葉を悪く受け取る。
もっと多くのコミュニケーションが必要だ。と理解してるけど。
「読書はしてる?」
「してないです」
「それだと読解力は磨かれないなあ」
勉強が忙しくて本なんて読んでる暇がない、なんてのは言い訳か。
「小説、評論、詩歌から各々代表的なものは読んだ方がいい」
教科書で扱うレベルのものは、しっかり読み込んでおけば定期考査対策になる。
読解力が不足するのは、感覚で読み解いてるだけだから、だそうだ。
例えば小説であれば心情、情景、場面設定などから読み取る必要がある。セリフだけで判断したら正解には辿り着けない。
まずは読書を習慣付けよう、と言われてしまった。
それと、と。
「笠岡君は友だちたくさん居る? たくさん会話してる?」
「いえ。せいぜい二人です」
「駄目でしょ。学校に何人居るか知らないけど、できるだけ多くの人と会話しないと」
そうは言われても。
バカ認定されてるせいで、誰も俺の相手をしなくなってる。女子に至っては存在が抹消されてるし。居ても居ないものとして扱われる。
進学校でバカの相手をするのは時間の無駄。だから誰も相手にしない。
効率重視ならではだな。
「バカ認定されてて無視されます」
ちょっと言葉に詰まった感じの先生だ。苦笑気味に俺を見てる。
「いや、あのね。そんなに成績悪いの?」
「分かりません。順位は発表されないですし」
「成績表、二年の時のあるでしょ」
「ありますね」
どうだった、と言われれば評定平均で三・六だった。
どう考えてもバカとしか言いようがない。進学校で三・六なんて落ち零れ状態だと思う。
赤点はさすがにないが、ぎりぎりのラインだっただろうし。
教えると「バカ、ではないな」だそうだ。並みではあってもと。
「何で平均を落としてるの?」
「体育と英語と数学ですね。他は辛うじて」
「じゃあ底上げが必要なのって、三教科だけだよね」
とは言え受験に必須の教科が苦しいと、最難関校は絶対に受からないと言われた。
因みに国語はどうかと聞かれ「四だった」と答えておく。
「まだまだ改善の余地はあるね」
五は取れているのか、と聞かれ無いですと言うと。
「主要三教科は五を目指そうか」
「他の先生とも相談しないと」
「目指してると思うよ」
まあそうだろうけど。数学の先生はなあ。雑談が多くなりがちだから、授業の正味時間は意外と短い。もう少し気合を入れて指導してもらおう。面倒だけど。
問題は英語だ。あの外国人、本気で怖いし嫌いなんだよ。英語がどんどん嫌いになる。やっぱり親父に言わないと駄目か。
「英語ですけど」
「難しい?」
「いえ。先生が怖くて」
「怖い?」
態度が横柄で声も大きく威圧感があって、集中できないと言うと。
「要望してみれば?」
「できませんって」
「なんで?」
「怖いですよ。殺されそうだし」
笑ってるし。他人事だ。
「コミュニケーション不足だよ」
親父が厳選した教師ならば、言えば通じるはずだと。会話を交わないから相手も、どう指導していいか手探りじゃないのか、だって。
もっとたくさん話をすれば英語自体の上達もある。とにかく会話だと言われる。
結局、この日は授業より先生との話で終わった。
玄関先まで見送りをして部屋に戻るが、英語の先生には言えないよなあ。あれは鬼だ。鬼畜だ。金色の鬼。
親父に言って替えてもらおう。
昼飯の時間だが作るのはやっぱり面倒。食材も用意してないし。
結局、デリバリーで済ませる。
午後になり数学の先生が来た。
「連休最終日だね」
「そうですね」
「どうした?」
「いえ、ちょっとご相談が」
現状成績の向上が見込めないから、もう少しなんとかして欲しいと言うと。
「スパルタがいい?」
「いや、あの。適度に」
「分かった。成績上がらないんじゃ、俺が来る意味無いからね」
じゃあ、これまでの分を取り返すよ、なんて言って気合入れてるし。
授業をしていると親父たちが帰宅したようだ。
「帰って来たみたいなんで、ちょっと挨拶だけ」
「いいよ。待ってる」
部屋を出て階下に向かうと荷物を持った親父と絢佳さんだ。付属品は見ない。
「ただいま翔真君。ちゃんとご飯食べてた?」
「デリバリーが殆どでしたけど」
「もう。バランス考えて食べてって言ったのに」
「難しいですって」
今夜は悪いけど外に食べに出る予定だとかで。明日以降は、きちんと用意するそうだ。
なんか久しぶりに見る絢佳さんだな。相変わらずの、ばるんばるんは健在のようで何より。
親父、旅行中に堪能したのかな。
「あ、俺、まだ勉強中なんで」
「じゃあ、お土産話はあとでね」
二階に上がり自室に入ると、この先生、ほんと自由だよなあ。
ベッドに寝そべってコミック読んでるし。
「あ、これ借りてるよ」
「構わないですが授業は?」
ベッドから起き上がり「今いいところだったけど、授業は大事だからね」と、コミックを枕元に置いて「よし、やろうか」だって。
この日の授業は少しだけ気合を入れたみたいで、以前よりは厳しめに指導された気がする。
終わると「じゃあ次は火曜日に」と言って、階下に向かい玄関先で「あ、新しいお母さん、元気?」じゃないっての。
「旅行疲れもあるみたいですよ」
「時差があるからね。でも相変わらず、ゆっさゆさ?」
「ばるんばるんです」
「いいね」
アホだ。この先生、やっぱり馬が合うって言うか気楽って言うか。
じゃあまた、なんて言って二本指の敬礼っぽく、挨拶して帰ったようだ。
リビングに行くと「先生帰ったの?」と絢佳さんに聞かれ、帰りましたと言っておいた。
荷物を片付けたり洗濯をしたりする絢佳さんだ。
帰って来て早々に忙しそうだな。
ああ、そうだ。親父に言わないとな。ソファに腰掛け休んでるが切り出さないと。
「家庭教師の件で」
「またか?」
「英語の」
「優秀だろ」
違う。どれだけ優秀だろうと、威圧してくるようだと、授業が頭に入らないと言うと。
「意思疎通を円滑にできないから、そう受け取るんだ」
そうかもしれないけど、円滑にできる相手も居る。数学の先生みたいに。
金髪とは相性が最悪なんだっての。
「怒鳴り散らすし態度はでかいし、殴り掛かりそうだし」
「そうは見えなかったがな」
「でも実際にはそうなってる」
ソファの背もたれに体を預け、暫し考えているようだったが。
「分かった。一応相手の言い分も聞いた上で判断する」
どうせ自分に都合よくしか言わないだろ。外国人が日本人と同じように、自分を改めるなら世界に戦争は起こらない。あいつらは絶対、己の非を認めないんだから。
謝罪する文化すら存在しないだろ。相手を従わせるのが文化だし。
実に面倒。
十八時半頃になると「翔真。外に飯食いに行くぞ」と言われるが。
ションベンガキもセットだろ。飯が不味くなる。
「三人で食って来てよ。俺は適当に食うから」
「なんだ。外食は嫌か?」
嫌だ。ションベンガキが居るからな。
「嫌じゃないけど、出るのも面倒だし」
絢佳さんが来て「一緒にご飯食べに行こうね」と、優しく言ってくれるが断った。
ごめん。ションベンガキが居なけりゃ、何も気にせず済むけど、あれが居る限り無理。
ゆっくりして、と言って二人を送り出した。もう一個は視界に入れない。
不愉快だし。
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