Sid.14 童顔の家庭教師は誠実か否か
黒レースの先生って、名前なんだっけ。
確か船倉とか名乗ってたと思う。黒レースとか失礼だよな。きちんと名前でと思うけど、やっぱりインパクト絶大だし食い込んでたし。
夜の授業も終えると日課の入浴を済ませ、あとは寝るだけ、なのだがスマホに着信がある。見ると絢佳さんだ。
「はい。翔真です」
『あの、今、大丈夫?』
ああ、絢佳さんの声だ。若い子とは違う少し年季の入った声質。落ち着いた感じでキャンキャンしてないんだよな。
「大丈夫です。どうしたんですか?」
『えっとね、少し気になって』
食事をきちんと食べているのか、勉強は捗っているのかとか、気になって電話してきたらしい。
まあ、食事はデリバリーとコンビニ弁当だけど、食うだけは食ってるし。
勉強は説教込みだからな。それほど捗っているとは言い難い。と、報告してみるが、ちょっと心配されてしまった。
「親父は?」
『いちいち電話なんてしなくていい、って言ってたけど』
実に親父らしい。母さんと離婚後は放置されてたし。親父は金だけ与えておけば、あとは勝手にやるだろう程度で子育てに関心がない。そこは母親と大きく異なる部分だろう。
『一緒に旅行楽しめれば良かったんだけど』
ションベンガキが居なければな。でも外国に行く気はない。日本の観光地も行く気はない。どこも外国人で溢れ返っていたら、嫌気が差すし騒々しい中に身を置きたくない。鬱陶し過ぎて気分が滅入るぞ。
『もう寝るんだよね』
「零時回りますし」
『じゃあ、また電話するからね』
いや、大丈夫だけど。それでも絢佳さんの声が聞けるならいいな。
「おやすみなさい」
『おやすみ。ちゃんとご飯食べてね』
デリバリーやコンビニ弁当であっても、バランスも考えてね、と言われた。
しっかり母親をやろうと頑張ってんなあ。俺は母親としてじゃなく女性として見てるけどな。
無駄だよなあ。俺を男として見てなんて。
報われない恋って奴か。分かってても気持ちをどうにかできるわけでもない。
難儀な相手に惚れてしまった。歳の差も相当なものだし。
そうだよ、冷静に考えてみれば、高校生程度が焦がれる相手じゃない。やっぱオバコンって奴か。いいんだけど。別にオバコンだからって誰に迷惑を掛ける……絢佳さんにとっては迷惑かもしれん。
絢佳さんがショタコンだったら、少しは目もあったのか?
ショタはショタで年齢が上がると対象外になりそうだが。
世の中上手く行かないものだ。
こうして勉強だけに費やされるゴールデンウィークは経過して行く。
楽しくない青春だ。
休みも三日目になると科目も一巡し、政経の先生が来る予定の朝だが。
「なんで?」
「えっとですね、代行です」
普段来る政経の教師は体調悪化で現在入院中らしい。代わりとして曽根田さんが派遣されたそうで。
まあ、普段から顔色悪い感じだったけど、まさか入院してるとは。
でもな、この人、俺をバカ認定しただろ。ちょっと遠慮したいんだよな。年齢的にも近いし「こいつバカだからエロいこと考えてそう」なんて思われたらな。
女子って表の顔と裏の課の乖離が激しいし。笑っているように見えても、実はそれは嘲りの笑いってこともある。
「あの、チェンジってできます?」
「え」
「いや、だから」
「え、あの、何か不備でも?」
教え方は丁寧だったと思う。経験次第では良い教師になれるとも思う。だが、バカ認定して嘲る女は要らん。そんなのは学校の女子だけで充分だ。家でまで嘲られたら逃げ場が無いだろ。
これを素直に言うか、それとも別の理由を考えるか。
面倒だ。
「俺がバカなのは仕方ないんですけど、バカ認定して嘲られると」
「え、あの、言ってる意味が」
「笑顔が嘲りだと俺も傷付くんで」
凄い狼狽えてるな。見透かされたと思ったか。
「ち、違います!」
「でもバカと思ってますよね」
「だから、違います」
うん?
読み取り云々言ってただろ。教えても要領悪くて覚えないし、すぐ気が散るし、エロいこと考えてるし。
少し涙目になって必死に違うと言ってる。
「情報を正しく読めてないって言ってません?」
「そ、それは」
言い方が悪かったってことで、ごめんなさいと謝ってる。
斜に構えた見方であって、素直に読み取った感じはなかった、と言いたかったらしい。
玄関先で揉めていても仕方ないし、近所の目もあるから家に上がってもらい、言い訳に付き合うことにした。
リビングに案内しソファに腰掛けてもらうのだが、少々遠慮気味だな。
落ち着いたところで切り出す。
「バカと思ってますよね」
「思っていません」
家庭教師は俺で二人目で二回目だった。
最初の生徒には揶揄われ、まともに授業ができず落ち込んでいたらしい。初めてなら仕方ないんじゃ、と思うけどな。
「笠岡さんは真面目に授業を受けてくれました」
だから、教え甲斐があったと。
勉強ができるできないでバカだなんて思わないそうだ。
「勉強ができるのと賢さは比例しません」
そうか。俺もそう思ってるけど世間は、勉強できる、いい大学出てるイコール頭がいいの認識だよな。俺だけかと思ってたぞ。勉強できるイコール頭がいいわけではない、って。
学校の生徒は勉強だけはできる。けれど人としてはクズ。そんなので溢れ返ってるのが今の日本。そんなクズを生み出す教育をしているからな。人間教育ができてない。学力学歴が全てだ。
俺も大層なことは言えないけど。バカな上に学力まで劣ってる。
「私は笠岡さんをバカだなんて思ってません」
楽しく授業を行って成績向上を目指すのだと。
当面、自分が代わりを務めることになる。ここで代えてくれとなれば、今の派遣元での仕事が無くなってしまうとも。前回失敗して、ここでも失敗したとなれば、家庭教師に向いてないと判断される。
「だから、ここで頑張らないといけないんです」
生徒をバカだなんて思っていたら、きちんと指導できるはずもない。
「ただ要領が少し悪いだけで、コツを掴めば成績は良くなるんです」
一緒に頑張りましょう、だって。
俺の誤解ってこと?
少々時間を食ったが、とりあえず違うと言うのであれば、暫く指導されてみるか。
ま、内心がどうかは分からんけど。表と裏があるのが人だし。外面は良くても裏の顔が腐れてる奴には事欠かない。
女子って特にその傾向が顕著なんだよな。だから信用ならない。人生経験を積んで取り繕う術を手に入れるか、考え方を改めて誠実であろうとするのか。
殆どが前者だと思うけど、絢佳さんは誠実であろうとする、と勝手に思ってる。
都合よく解釈してるかもしれんけど。
自室に向かい勉強を始めるが、やっぱり教え方は丁寧だ。
ひたすら要領の悪い俺に付き合ってる。何度も同じ個所を繰り返し教える。根気のいる作業だよな。
それに付き合えるなら教師として問題ないかも。
少し授業時間が短くなったが、今日の授業は終了した。
にこにこ笑顔の曽根田さんが居る。
「お疲れさまでした」
伸び代は充分あると思うそうで、あとはコツコツ積み重ねるだけだそうだ。
「これからもよろしくお願いしますね」
ちょっとだけ愛らしい笑顔を見せてる。
この笑顔に絆されると痛い目に遭うんだろうな。単なるサービスだと思っておかないと。
玄関先で見送ると「頑張りましょう!」なんて、拳を握り締めた小さなガッツポーズを見せてた。
童顔だなあ。幼く見える。こういう女子を好きな男って多そうだよな。
後ろ姿を見送るが、体形はあれだ、絢佳さんとは雲泥の差がある。ぶるんぶるん揺れる感じは一切ない。小ぶりな尻の持ち主のようだ。細身な感じだし。
黒レースの先生とも違うな。黒レースの先生の尻はボリュームが凄かった。
じゃねえ。
こんなことを考えてるから見透かされて、バカ認定されるのだろう。
姿が見えなくなると部屋に戻り、次の授業に備えることに。
次は数学だったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます