Sid.12 代行で来た家庭教師は童顔の女性

 コンプレックスの解消法はいちいち説明しないが、古文だけではなく古典全般を理解すれば、外国人相手に臆することも無くなるそうだ。

 少なくとも自分はそうだと胸を張る先生が居る。自国の文化を説明できるからと。


「嫌いなのは自分に自信が無いから」


 日本は今も尚、他国渡来のものをありがたがる。日本古来のものに関心を持たず、欧米やアジア圏からのものが最先端と言って憚らない。

 しかし、欧米に行けば日本の文化は、最高のものと認識されるケースもある。

 それと同時に自国のものも誇る。決して自国を卑下しない。そこが日本と欧米の違いだそうだ。


「それがコンプレックスとして表出する」


 誇れるものがあるのに知らないから誇りようもない。

 愚かしいことだと。


 それと、多数が訪れるようになると、中には変な外国人も居る。しかし大半は話の通じる相手だから、だそうで。


「コミュニケーションは大切だから」


 英語の先生も話しの通じる相手か? それとも変な奴か。俺としては変な奴認定だな。

 二十二時になり古典の授業が終わった。

 ちょっと疑問を生じ帰り際に聞いてみる。


「先生。仮に千年後、今の若者言葉って古文になるんですか?」

「なるかもしれないし、消滅してしまうかもしれない」


 この時代の文化を知るアイテムではあるだろうと。

 その時になってみないと分からないそうだが、毎年のように起こる変化が激しすぎて、消失する可能性もあるかもね、だそうだ。

 玄関先で先生を見送り部屋に戻る。


 全部を受け入れる気はないが、一理、二理程度はあるのか。

 少なくともあの先生は外国人にコンプレックスを抱かない。その自信の元になるのが古典ってことか。

 堂々と日本の誇らしい部分の説明ができる、ってことだな。


 風呂に入って寝る前の歯磨き。

 洗面所にションベンガキは居ない。のびのびと使える快適さ。

 でも、絢佳さんも居ないから、ラッキースケベも発生しないな。


 夜が明けて眠い目を擦り無理やり起きて、さあ今日も勉強漬けの始まりだ。

 今ひとつやる気は出ないが、十五時半からは黒レースの先生の授業だ。ぜひ、もう一度コケて丸出しになって欲しい。いや、そんな不純な気持ちを抱いてはいかんな。


 午前中の授業は公民から政治経済だっけか。

 しかしだ、朝の八時頃電話が掛かってきて、行けなくなったから代わりの人を派遣すると。

 どんな人が来るのかは知らないが、名字だけは聞かされている。確か曽根田さんとか言ってたな。

 十時からだから部屋の掃除をして待つことに。

 掃除と言っても適当だ。掃除機をかけて埃を減らす程度。室内を片付けるなんてのは、以前からやった例がない。脱ぎ散らかした服や下着程度は、洗濯機に放り込みはするが。


 さすがにパンツを部屋に広げる趣味は無い。絢佳さんの下着なら額に入れて飾りたいかも。毎日拝んでもいいな。

 いや、それだと変態だ。やはり中身こそ拝むべきだろ。


 十時になるとドアホンが鳴り玄関に出迎えに行く。

 ドアを開けると、男じゃないのかよ。なんか少し若い感じの女性だ。


「おはようございます。講師代行の曽根田です」


 しっかり挨拶されるが、比較的年齢層が高めの家庭教師にあって、かなり若い感じではある。なんか俺と大差ない年齢に見えるぞ。

 ロングボブっぽい髪型で染めてはいない。黒髪。目は二重瞼でくっきり、頬の丸みが優しい印象を受ける。厚めの唇は少し艶感があるな。

 薄着だがチャラくは無い。胸元に一瞬視線が行くが、即座に逸らすも気付かれたかも。それほど、豊かではなかった気もする。


「あの、笠岡さん宅ですよね?」

「あ、そうです。政経の先生ですか」

「急遽代わりで派遣されました」


 大丈夫なのか?

 大学生のバイト程度だと、場合によっては知識不足とか。まあ大学には受かってるわけで、俺よりは優秀なのだろうと思うが。


「えっと、大学一年生くらい?」


 にこっと笑顔になった。ちょっと可愛いとか思ってしまう。


「そう見えるなんて、まだまだ若さを保ててますね」

「えっと、じゃあ」

「今年二十三歳の大学院生ですよ」


 絢佳さんも歳の割には若いと思ったが、この人、童顔なんだ。たまに居るとは思うけど、十代後半かと思ってしまった。


「あの、上がっても?」

「あ、どうぞ」


 上がってもらい部屋に案内するのだが、室内を見て「豪華な雰囲気ですね」だそうだ。まあ、一般の建売住宅とは違うからな。注文住宅だし金掛けてるし、親父のこだわりも随所にあるからな。

 広い玄関に高い吹き抜けの天井。階段も幅が広く優美な曲線を描く。

 俺のあとに続く先生だが、きょろきょろと見てる感じだ。珍しいのか、この人が貧乏なのか。


 自室に入室を促し入ってもらうと「ご家族の方は?」と聞かれ、旅行中と答えておくが。


「二人きり」


 なんかヤバいと思ってる?

 襲ったりしないし俺の興味は絢佳さん一択。まあ女性の体に興味はあるが、別に手を出す気は無いし。

 女って歳が近いとバカ認定して、すぐに見下すからな。だから歳が近ければ近い程、どうでもいい存在になる。


「別に何もしませんよ。興味無いですし」

「あ、違うんです」

「どうでもいいんで、授業してください」


 二十代程度って手間が掛かって面倒臭い年頃でしょ。高い理想を抱ける年齢だし。相手に求めるものだって幾らでも高望みするだろうし。

 バカ高校生なんて野蛮人と思われるだろうからな。でも俺は例外。どうでもいい。

 椅子を用意し「これ使ってください」と言っておく。

 こっちはさっさと机に向かい、授業の準備をすると。


「あの、誤解です」

「何がです?」

「二人きり、の」


 面倒な。どうでもいいんだから、さっさと授業してよ。

 なんか少し落ち込んだ感じの表情を見せてる。ぼそぼそ「違うんだけどなあ」なんて聞こえたし。

 授業の準備が整ったのか、やっと始まったが「あの、不慣れな面もあるので、分からないことは遠慮なく聞いてくださいね」だそうだ。


「家庭教師の経験は?」

「今日で二度目です」

「え」

「だから、あのですね、なんか誤解されてもと」


 襲われるとか思って無いし、二人きりで集中して勉強できる、とか言い出した。


「悪い子に見えないですし、むしろ人畜無害そうな」


 そんなことは無いんだが、興味の多くが絢佳さん。他は気にならないからな。そのせいだろう、人畜無害に見えるのは。唯一危機感を抱くのが、絢佳さんかもしれない。虎視眈々狙ってるし、ラッキースケベに遭遇してるから。

 いや、半分狙ってる面もあるにはある。見透かされてそうだけど、少し控えれば警戒感も薄れると期待してる。


 まずは授業と言うことで、再スタートになったが教え方は丁寧だった。

 経験積めば良い先生になれるかもな。

 なんか、もじもじしてる。


「どうしたんですか」

「え、あの。ちょっと」


 もしかして、と思うも俺から言うのもなあ。


「えっとですね、その、お手洗いを」

「どうぞ。こっちです」


 部屋から出て案内すると「すみません。緊張してて」とか言ってるし。少し言い訳が多い気もする。

 慣れてないからだろうけど、ペコっとお辞儀をして入って行った。

 音を聴く趣味は無いぞ。だから部屋に戻っておく。


 少しすると戻ってきて「すみません。ありがとうございます」と頭を下げてる。

 別に出物腫れ物所嫌わずなんだから、無理に我慢したり遠慮する必要無いのに。数学の先生なんて「トイレ貸して」と言って、許可する前に勝手に向かうくらいだ。

 それでも文句言う気は無いし。


 授業が終了すると「情報の読み取り方に少し難がありますね」と言われた。

 つまりバカ認定されたってことか。覚えの悪さ、要領の悪さ、頭も悪いわけで。

 玄関先で見送るが「今後も指名してもらえれば」なんて言ってるけど、無い。

 そもそも親父は女性家庭教師を拒むぞ。集中できないと踏んでるからな。

 それと、バカ認定した奴は不要だ。

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