Sid.11 連休中は家庭教師の集中講義
早くも猛烈な熱波に見舞われる四月下旬。
春は極端に短くすでに夏日が連日のように記録される。温暖化だか何だか知らないが、確かに地球の気温は極端になったようだ。ついでに気象も荒っぽい。
世間はゴールデンウィークとやらで、浮かれる人が無数に居るが。
「翔真。本当に行かないのか?」
「俺は勉強するから」
「翔真君。せっかくの家族旅行なのに」
親父が幾ら忙しい身であるとは言っても、この時期はさすがに休む。
休む時は徹底して休むからな。そして普段は寝る間も惜しんで仕事に没頭する。メリハリが効き過ぎていて、もう少し平坦化すればと思いもするけど。
九日間の予定でカナダに行くらしい。外国人が大嫌いな俺は、わざわざ外国に行く気にもならない。
みっちり勉強するから勝手に行って来てくれと。
残念がる絢佳さんだけど、こればかりはな。
何せションベンガキも居るんだぜ。毎日顔を突き合わせていたら、苛立ちから罵詈雑言浴びせかねない。ションベンガキ相手に本気でキレるとみっともないし。
まあ家族での行動は無理って言うか、絢佳さんと二人で旅行なら大歓迎だ。
まずあり得ないのは理解してるけどな。
「家庭教師のスケジュールも組んでるんで」
少し寂しそうな表情を見せる絢佳さんだが、ションベンガキさえ居なけりゃな。
親父は気にする様子もなく「留守番頼んだぞ」程度で済む。
「ご飯とかお洗濯はどうするの?」
「慣れてますよ」
「散々家のことをやらせていたからな。それなりにできる」
「そう言う問題じゃ無いと思うの」
せっかくの家族旅行なのに、と実に残念そうではあったが、外国人は反吐が出るほど嫌い。そしてションベンガキのダブルパンチだ。行く気になるわけもない。
気にすることなく楽しんできて、と言って送り出した。
因みに、国内旅行も名立たる観光地には行く気になれない。
外国人がドカッと押し寄せ、横柄な態度で幅を利かせ捲るからな。何ひとつ遠慮することなく、他人様の迷惑になることも平然とする。邪魔以外の何ものでもない。
何がインバウンドだっての。呼び寄せるな。態度がクソ過ぎるんだよ。
家にひとり、ってのは久しぶりだ。
静まり返る室内。夏日を記録し暑いはずが、寒いとすら感じる有様だ。
思い当たる理由のひとつは絢佳さんだな。あの人が居ることで家が温かった。居ないと、こうまで寒々しく感じるものなのか。
だが、気温と心の寒さは別だった。
「あっちい」
思わず口に出てしまう。
エアコンを利かせ机に向かうも気力は無い。
ゴールデンウィーク初日は現代文で十時から十二時まで。十三時から十五時までが数学。十五時半から十七時半まで英語だが、あの横柄な教師を変更するのは叶わず。
二十時からは古典で二十二時まで。
息抜きできるのは数学の時間だけか。英語は胃が痛くなるな。
ひたすら受験対策ってことで、理解が及ぶまで繰り返すことになるのだろう。
理解したところを復習と称してやることはしない。
どうやら無駄だそうだ。理解しているのだから、復習しての確認なんて無駄だと、あの黒レースの教師に言われた。
代わりに理解が及ぶまで徹底する。問題をひとつずつ、丁寧に潰すことで学力は向上するらしい。
午前中の授業を終え教師を送り出し昼飯にするが、すっかりテーブルに並んだ状態に慣れていた。
久しぶりに自分で用意するとなると、まじで面倒臭いな。
結局、用意するのが面倒でデリバリーに。
午後の一発目は数学で、気の置けない友人の如き先生だ。
どうしても眠くなる時間帯だからな。緩い先生が丁度いい。
「今日は居ないの?」
「旅行に出てますよ」
「君は行かなかったの?」
「受験を控えてますし」
まじめ君か。と言われるが「息抜きも必要だよ」と言ってる。いや、あなたと一緒の時が息抜きになってるんです、とは言わない。
それにしても数学って文系であれば、そこまで必須では無いんだよな。もし理系を受験するなら先生を代えないと駄目だったかもしれん。
「何日間?」
「九日間ですね」
「いいなあ」
「そうですか? カナダって言ってましたけど」
行きたいらしい。たまには羽を伸ばしてみたいそうで。
「ナイアガラとかケベックとかモントリオールとか」
「有名どころですね。ノートルダム大聖堂でしたっけ」
「一度行ったけど、心が洗われる感じだよ」
「そうですか」
煩悩全開の俺には神聖すぎて拒絶反応が出そうだ。
エクソシストに祓われそうだし。憑き物を落とし清浄な心を保ちましょう、なんて。
数学の授業が終わると三十分程度のインターバル。
その後、胃の痛い存在が今日も巨体を揺すって、がなり立てるわけで。目を見て話せ、とか言われてもな。その青い目が怖い。髭面も威圧感を与えるし、腕捲りすると、ぶっとい腕にタトゥーが見えるし。子どもを威嚇してどうする?
殴られたらひと溜まりも無いな。顔面が拉げるだろう。
「Let's be a little more imposing」
そう言われましても。怖いものは怖い。態度次第では、そのごつい拳で殴られそうだし。外国人って限度を知らなさそうだし。軽く叩いただけだ、と言いつつ全力だったり。そして俺は脳漿をぶちまけて死ぬ。
まあ、怖すぎる先生のお陰で、ヒアリングはかなりできるようになった。必死で聞き取ろうとしたからな。
英語を苦手とする日本人に共通するのが、聞き取れないってことだから。聞き取れないとコミュニケーションは成立しない。聞き取れるようになると、話す方も上達するってことだ。
十七時半になり外国人から解放されると、夕飯になるのだが、やはり作るのは面倒臭い。デリバリーで済ませ夜に備える。
そして古典の先生が来るが、この人、話がつまらねえ。
古典なんて覚える意味があるのかって思う。だって使う場面は無いし、覚えたからって昔の書物を読み漁る? 無いでしょ。
今の時代に「いとをかしう漸う成りつるものを」なんて言わんし。
興味が無ければ忘れてしまう程度だし。日常で使いもしないし、教養? 意味無いでしょ。どうせ忘れるんだから。
「あの、なんで古文ってやる必要あるんですか?」
少し困った感じの表情を見せる先生だが。
「日本の文化風習、そして当時の考え方。それらを深く知ることに繋がる」
機械的な回答だなあ。
「興味がない人は?」
「君は興味を抱けないようだけど、温故知新って言葉もある。過去から連綿と連なって今があるのだから、過去を知るのは大切なこと」
外国人に日本の文化も紹介できず、海外に渡航して英語を学ぶ。今はそんな風潮もあるが、そんな日本人を海外の人がどう思うか。
自国の文化も知らないのに、何を学びに来たのか、と思われるだけだそうだ。
英語を学ぶ目的が金を稼ぐことに集約され、肝心な文化の伝道を図れないのであれば、日本の凋落はさらに拍車が掛かるだけだとも。
「外国の旅行者は少なからず、日本の文化を知りたいと思って来てる」
それなのに自国の文化すら説明できない。何なのか、と思われるだろうと。
外国では自国の文化はしっかり学ぶ。過去に遡り自分たちのルーツに至るまで。だからこそ自国を誇れる。
日本人は知らなさ過ぎるがゆえに、自国を誇ることすらできていない。
「鎖国しているわけじゃないのだから、学んでおくことは外国人と対等な関係を築く礎になるから」
要不要で語るなと。
確かに日常では一切使う機会はない。じゃあ不要で済ませていいものでもないそうだ。
分からんが、あれか。俺が外国人を嫌うから、余計に古典が不要と思うのかもしれない。
「外国人って嫌いなんですが」
「なんで?」
「横柄で図々しくて、態度も悪くてゴミは散らすし、大声でがなり立てるし」
コミュニケーション不足だと言われてしまった。
「コンプレックスってのがある。外国人に対して」
誇りを持てないから抱くのだと。
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