Sid.10 黒レースの家庭教師とその他
毎晩のように訪れる家庭教師たちだが、ひとり女性が入ってるわけで。
まあ、見た目は眼鏡であれだけど、黒レースは良いセンスだと思ったり。ついでにボリューム感のある尻も良かった。
今日で二回目となるが、やはり教え方は上手いと思う。ひたすらスパルタ方式ではあるが、俺にはそのくらいが合ってるのかもしれない。
「笠岡さん。気が散ってますよ」
「あ、すみません」
「謝らなくていいので集中してください」
「あ、はい」
厳しいんだよな。
指導中、時々俺のすぐ側まで近寄ってくることも。その時にほんのり香るのは何だろうか。
香水?
少し甘い感じで、ほのかにミルクのような。乳臭いわけではない。それと微かにスパイシーさも感じられる。なんだろう。
「笠岡さん。集中できていませんよ」
「あ、はい」
だって、俺の横に顔が近付く度に香ってくるんだもの。気になるでしょ。匂いの正体って奴が。
前回来た時には感じ取れなかったな。あの時は初日ってことで少し距離があったかも。今日はかなり側にぐいぐい来てるからな。近いと好み云々関係無く、気になることもあるわけで。
なんて思ってるとノートを指をさしてる。爪、綺麗だなあ。
「ここ、間違えていますよ」
「あれ?」
「化学平衡について区別ができていませんね。初歩なのですが」
「なんか、苦手って言うか」
苦手を克服しなければ合格はあり得ない、と言われてしまった。
まあ、そうなんだろうけど。でもさ、この手の化学って研究者以外、必要じゃないよね。日常で触れることなんて一切無いし。
それでも学ばされる。大学を卒業したら記憶から消えると思うんだが。覚えている方が稀だろうし。
と思わず本音が漏れると。
「実生活で化学はほぼ必要ありませんが、論理的思考には必須ですよ」
数学同様、課題解決に向けての思考に必要だから学ぶのだと。それは職種問わず必要になることだからと。
論理的思考ができないと、物事が行き当たりばったりになる。他者に説明する際に説得力を得られない。支離滅裂と思われてしまう。感情論などがその最たるものだとも。
「取るに足らない意見を聞き入れる人は居ません」
高校でもディスカッションや論文はある。そのディスカッションや論文にこそ論理性が要求され、論理性の無い論文は論文に非ず。ただのポエムでしかないとも。
「別にポエムをバカにしているわけではありませんよ」
感性の発露であるポエムは時に感動を呼び起こす。しかし、受験に求められているのは感動ではなく論理性。
「感性を伸ばすのであれば美大や音大でしょう」
論理性と同時に感性に磨きを掛ける必要があろうと。もっと大変ですよ、なんて言われてしまった。
俺に美術や音楽のセンスなんて無い。端から選択肢に入って無いからな。
この先生、迂闊なことを口にすると説教が始まるようだ。
気を付けよう。
授業を終えると帰り支度をするが、今日はコケることは無く、下着を披露してもらえなかった。
ちょっとは期待したんだが。黒レースなのか、それともそれ以外なのか。一番は「穿いてない」だけどな。心臓跳ね上がるかもしれん。
俺、煩悩だらけだ。
なるほど、親父が女性家庭教師を付けないわけだな。ものの見事に見抜かれてるよ。
玄関先で見送るが俺を見ても、笑顔って出ないんだね。笑ったら、もう少し愛らしさを感じるかもしれないのに。まあ、それだけ真面目な性格なのだろう。
媚を売らないってのもありそうだし。
そう言えば、この先生って歳幾つなんだろう? 聞くのは失礼に当たるし、何かこう、上手く引き出す方法って無いのかな。
無いな。
頭を下げ、お疲れさまでした、次回もよろしくお願いします、と言って見送った。
後ろ姿を暫し。
やっぱり揺れ動く尻だ。悪くない。後ろ姿は、だけど。
絢佳さんは前が凄まじい揺れを見せるけどな。だがしかし、後ろも凄い揺れを見せるんだよ。前も後ろもなんて、完璧すぎないか?
ドアを閉め部屋に戻りティーセットをキッチンへ。
「今日は終わり?」
「終わりました」
「成績、向上しそう?」
「分かりません。でも頑張ってみます」
絢佳さんと少しだけ会話。
その後はいつも通り、風呂入って寝るだけ。
あ、そうだ。深夜二時くらいに洗面所に行くと、素敵な絢佳さんを拝める可能性はあるんだよな。親父が帰宅したとき限定ではあるが。
とは言え、度々遭遇していると狙っている、と思われるだろうな。
偶然を装うには適度な間隔は必要だ。
土曜日。
午前中は授業で学校に居る。昔は半ドンとか言われていたらしい。半分ドンタク、つまり半分休みで半ドンとか。
午後は家で家庭教師からみっちり扱かれる。
土曜日は帰宅後に英語の授業を十四時から二時間。十四時半から十八時半まで数学。
夕食後に授業は無いから自習。遊んでる暇なんて一切無いわけで。バカだから已む無し。
ただなあ。
英語の外国人教師。ちょっとそりが合わない。巨大な体を揺すって大声で「Are you listening?」とか言ってくるし「Did you get it?」とか言う。
更には「Am I talking to a brick wall」なんて言われる始末だ。しかも視線が上過ぎて、常に怒られている感覚になる。
日本語で話そうとすると「No. I said no Japanese」ときたもんだ。
金髪碧眼の髭面が脅してくる。怖いんだよ。俺より体格が良過ぎて態度もでかくて。わざわざ俺が座る椅子を占拠し、立ったまま会話を要求されるからな。
変えてくれないかな。
成績向上より精神的に参る。完全にバカにして見下してるだろ。黄色いサルは英語が苦手なんて思ってるだろうし。
精神が削られた後には、唯一馬の合う数学の先生だ。
少しリラックスムードでできるのが救いだな。
ただ、少し緩いせいもあって、成績の伸びは授業時間程にはない。雑談も多いからだな。
「そう言えば化学の先生、変えたんだって?」
「親父が言ったんですか?」
「さりげなくね、色目使うなよって釘刺されて」
数学の先生は例外としたんだが、結局、見られないよう釘を刺したか。
「新しい先生ってどんな人?」
「眼鏡」
「え」
「凄くまじめな黒レースの人」
あ、黒レースは余計だった。
「黒レース?」
「あ、いえ」
「もしかして」
「えっとですね」
部屋でコケて下着丸出しになったと言うと。
「眼福?」
「そうでも」
「そうかあ。意外とドジっ子かもね」
こんな雑談を挟みつつ適度に授業が進む。まあ気楽だ。口煩く説教しないし、がなり立てられることも無いし。一週間の学習時間で唯一、気の休まる時間かもしれない。
そして日曜日になると朝から家庭教師のお参り状態だ。
現代文、歴史、倫理、政治経済、物理を叩き込まれる。
だが、今後のことを考え、珍しく家に居る親父から提案があった。
「土日の授業だがな」
国語、数学、英語に集中させたいらしい。それと俺の弱点である化学。
「日曜日を有効に使えれば、成績も良くなるだろ」
つまりだ、歴史や政経、倫理の授業を平日に。入れ替えで土日に強化したい科目。
「もう残りは少ないからな。浪人だけは許さないぞ」
浪人したら家から放り出す、と言われてしまった。環境を整えてやったのに応えられないような奴は、将来に一切の期待もできないとかで。
のんびり構えている余裕も無い。
そうなると絢佳さんから助け舟を期待するが、困った表情を見せるのみ。絢佳さんでも親父には逆らえないのか。
仕方ない。大学に入ってしまえば、少しは遊ぶ時間もあるだろう。今だけと割り切って勉強漬けになるしかない。
親父の居ない平日の夜に絢佳さんから「トップレベルの大学の必要は無いんだけどね」と言っていた。
どれだけ優秀と言われる大学を出ても、何を学んだかの方が大切だからと。
そうだよ。それなんだよ。
思わず頷いたが「それでも頑張ってね」だそうだ。
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