Sid.7 ナンパ教師の代わりに女性教師

 親父に言われたのだろう。

 あれから視線を向ける家庭教師は居なくなった。数学の先生も遠慮するのか、最初と異なり視線を逸らすようになったようだ。

 それでも一瞬、視界に収め笑顔で「少しだけ羨ましいな」とか言ってる。

 毎日あれを拝めるのだから、羨ましがられるのも仕方ないのだろう。


 だからと言って俺だって凝視しないぞ。したいけど。猛烈に見たい衝動はあるが、そこはじっと我慢の子だ。やはり嫌がられるから、それは避けたい。

 もし俺が巨根で女性に見られ続けたら。

 ああ、それはそれでいいかも。自慢げに披露しちゃうかもな。変態っぽいけど。

 男と女では視線に対して受け取り方が違うのだろうか。それとも俺だけか?


 木曜日は妻帯者の予備校講師だったが、きちんとクビを宣告され代わりの人が来る予定だ。


 部屋で待っているとドアがノックされ、絢佳さんが「先生来たから」と言ってる。

 ドアを開けると「今日からだよね」と。

 絢佳さんの後方に控えるのは、なんでと思わざるを得ない。


「女の人?」


 俺の驚きに不思議そうな絢佳さんだ。

 一応、親父から女性では気が散る、ってことで男性教師に限っていた、と言うと。

 軽く微笑みながら「じゃあ今日から解禁なのね」なんて言ってるし。


「じゃあ、お勉強頑張ってね」


 そう言って、新たな家庭教師に入室を促し、絢佳さんは階下へ去って行った。


「こんばんは。初めまして。今日からお世話をする船倉朱音あかねです」


 しっかり頭を下げて挨拶する人が居て、年の頃は二十代だろうか。


「あ、えっと、笠岡翔真です。よろしくお願いします」

「早速ですが、前任者からどこまで進んでいるか、確認したいので」


 うん。俺が気になる要素はほぼ無い。

 どこで見つけてきたのか知らないが、興味を抱ける女性では無いな。

 度数のありそうな眼鏡。目は細めで眉は太め。丸顔で小さな鼻と口元。お団子ヘアをバレッタで留めてる。髪型だけなら愛らしいかもな。

 見た目じゃなく、クソ真面目そうな性格は俺とは合わないだろう。


 暫し品定めよろしく見ていると「進捗状況の確認をしたいのですが」と、少し不機嫌な表情と苛立ちの篭もった声で言われた。

 真面目ちゃんかよ。まあいいけど。その方が授業は捗ると思うし。

 前任者の授業で済んだ部分までを示し、確認すると「では時間が勿体無いので始めます。着席してください」だって。


 小一時間程度みっちり叩き込まれるが、理解が及ばないと詳細に解説し、疑問の全てを潰す指導法を繰り返された。

 教え方は滅茶苦茶上手い。

 ノートに順を追って説明を記載し、理解度を確かめ問題無し、と判断してから次へ進むからな。


「あの」

「なんですか?」

「教え方、凄く上手です」

「当然ですね」


 くいっと眼鏡を指先で押し上げ、ふん、と鼻を鳴らす。指でくいっ、まではいいとして、鼻を鳴らすのはやめた方がいい。可愛げが無く見えるからな。まあ見た目はあれだ、言うまい。

 ドアがノックされ「休憩しましょうね」と絢佳さんが来て、ティーセットを置いて行った。

 その際に、先生の視線は暫し絢佳さんの胸元に固定されていた。それに気付いているであろう絢佳さんだが、相手が女性だから気にしないのだろうか。笑顔で部屋を去って行ったからな。


 先生は茶を啜る間、テキストを開き「夏休みまでに、ここまでは進めたいですね」とか言ってるし。

 立ったままだし休まないのか? 椅子ならあるぞ。

 茶を啜る俺を見て「覚えが少々悪いようです」とか言われた。自覚してるけどな。


「志望校は某有名私大と伺ってますが、今の状態では間に合いませんよ」


 それも自覚してる。


「死ぬ気で、などと言った根性論で指導する気は無いですが」


 ただ現状のままだと時間が掛かりすぎるから、何かしら効率よく指導できないか考えるそうだ。

 お手数お掛けします。

 バカを相手に指導するのも大変だろうし。


 休憩を終えると十時まで勉強が続く。

 終わる頃には意識が朦朧とする状態だ。この先生、指導が半端無い。一瞬でも気を抜くと「気が散ってます。危機感を持ってください」と言われるし。

 帰り支度をし踵を返す先生だが、その先にあった椅子に蹴躓いてる。


「あ」


 ドスンと豪快に頭から倒れ込み、床に打ち付けたのだろうか「いったぁい」なんて言ってる。

 ついでにだな、この先生、いい趣味してるじゃねえか。

 まさかの黒レースの下着とは。しかも、むちっとしたケツがな。エロいなあ。

 じゃねえ。


「あの、大丈夫ですか?」

「え、あ、大丈夫です」


 起き上がりスカートを直して軽く叩き、俺を見ると「見ました?」と言わる。

 見たんじゃない。見えたんだがな。この辺は女って面倒臭い存在だよな。転がって捲れたら見るに決まってるだろ。視界に入るんだから。


「見えてしまいました」

「そう」


 そう、で終わり? メガネをまたも指で持ち上げ、俺を一瞥し踵を返す。

 そのまま部屋を出て「次回からは今日以上に密度を高めます。一瞬でも気を抜かないように」と背中越しに言って、階下へひとり向かってるし。

 慌てて俺もあとを付いて行き、玄関先で見送るのだが、ちょっと頬を赤らめていたように見える。


「失礼します」


 そう言うと、そそくさと家をあとにしたようだ。

 まあ、あれな感じの人だが、指導は苛烈でしんどいものの、教え方が上手だからな。その点では助かるかもしれん。

 送り出したあと部屋に戻り、ティーセットをキッチンに持って行く。

 絢佳さんがダイニングに居て何やら書き物をしているようだ。


「何してるんです?」

「あ、これね、家計簿」


 なんか専業主婦っぽい。

 金あるんだから必要無いと思っていたけど。

 俺の方に視線を向け、穏やかな笑顔で話し掛けてくる。


「先生帰ったのね」

「しんどかったです」

「厳しいの?」

「教え方は上手です。でも妥協が無さ過ぎて」


 そんな人の方が地力が上がると言ってる。妥協すれば楽ではあるが、それ以上先へ進めない。目指す先がハイレベルなのであれば、そこに至るための妥協はできないとも。

 それにしても、絢佳さん。テーブルにアンナプルナが乗ってまんがな。凄まじい迫力だな。重そうだし。あ、そうか。テーブルに乗せておけば肩が楽とか。

 思わず見惚れてしまうが、これ、視線に気付かれてるよな。


「翔真君。聞いてる?」

「え。あ、はい」


 テーブル上に視線を向ける絢佳さんだが「ちょっと刺激強過ぎたかな」と言って、よっこいしょって感じで、アンナプルナを下ろしてしまった。

 因みにテーブルから下ろされる際に、豪快に下方向へと向かいバウンドする、ばるんばるんだったぞ。それで俺の頬を叩いて欲しい。いや、殴ってもいい。往復ビンタを所望する。

 シャツのボタンも弾けそうだし、どれだけの質量があるのやら。


「お風呂用意してあるから入って、しっかり休みなさい」

「そうします」


 ダイニングをあとにし部屋に戻り、パジャマやら替えの下着やら用意し、風呂に入って寝ることに。

 風呂から上がり洗面所に行くと、またも凄まじい形相で睨むションベンガキ。

 勘弁してくれよ。この場所はお前専用じゃないんだからさあ。偶然顔を合わせる度に睨むなっての。このクソガキ。


 一旦出て、階下の洗面上に向かうと「どうしたの?」と、絢佳さんに聞かれる。


「使用中だったんで、こっちに」


 ちょっとだけ、たぶんそう見えたんだが、気まずそうな表情を見せたような。


「あのね、愛唯めいのことだけど」

「気にしてませんから」

「え、あの」

「俺に対しての態度ですよね」


 人見知りが激しいから、気にしないでと言うことらしい。

 嫌ってるわけではないと言ってるが、あの形相は明らかに嫌ってる。

 絢佳さんに余計な心配はさせたくないから、問題無いですと言っておくが、それでも態度に問題があれば言い聞かせるそうだ。

 しなくていいのに。

 あんなの放置でいい。関わりたくないし妹ですらない。

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