Sid.6 親父と家庭教師の視線の件で相談

 退屈極まりない学校の授業を終えると、夕方以降、毎日のように家庭教師が来るのだが。

 絢佳さんの、ばるんばるんに揃って目を奪われるようだ。

 家庭教師全員男。一番年下が二十四歳。上は三十三歳。大学院生が大半で専門分野に長けているが、そこは所詮オスだ。絢佳さんの胸元に視線が吸い寄せられる。

 三十三歳で家庭教師をしている男は、予備校講師らしいが一応妻帯者。それなのに絢佳さんに粉をかけようとする始末だ。

 その度に困惑の表情を浮かべる絢佳さんが居て、俺が代わりに頭を下げる状態に。


「翔真君が悪いわけじゃないの。だから」

「いえ。間接的であっても俺のせいです」


 バカゆえに家庭教師が必要。本来であれば予備校にでも通えば済む。だが、理解力の乏しさゆえに予備校では、学校と同じく授業に付いて行けない。

 仕方ない。

 本意ではないが家庭教師の件は親父と相談だ。


 しかしだ、これまで週に二回しか帰宅しないし、常に午前様だった。今も二回しか帰宅しないが、帰宅時間は早くなり二十時には家に居る。

 週に二回のペースってことか。親父の手でもって、ばるんばるんを揺らしてるんだな。俺の手も求めているんだがな。

 帰宅するタイミングでもって親父に話をしてみた。


 リビングだと絢佳さんも交える必要が出る。できれば気にして欲しくないから、親父と二人きりで話をしたい。

 と言うことで、部屋に行った際に声を掛ける。


「なんだ?」

「家庭教師のことで」

「不満か?」

「不満じゃなくて」


 はっきり言え、と言われてしまう。親父とは普段からあまり会話を交わさない。だから話し難いんだよ。絢佳さんだと積極的に会話をしたいと思うけどな。

 それでも言わなきゃならない。

 でだ、実害は生じていないが、少々視姦されている状況だと言ってみた。

 暫し無言状態の親父だったが、眉間にしわを寄せ渋面になったな。


「鼻の下を伸ばしてるのか?」

「一応、節度は持ってるけど」


 ひとりは粉をかけていると言うと。


「クビにする」

「いや、あのさ、そうじゃなくて」

「じゃあなんだ」

「俺が予備校に行けば」


 予備校で成績の向上は見込めるのか、と言われると。


「無理かもしれない」


 個別指導はあっても家庭教師ほどに、ひとりに時間を割かないからな。


「入れ替える」

「だから、それだと同じ」


 少し考えてるようだ。額に手を当て目を瞑り顔をしかめてる。


「まあ、あの人は魅力に溢れてるからな」


 俺もそう思う。って言うか魅力的過ぎる。ばるんばるんに飛び込んで、ひたすら吸い尽くしたい衝動がな。あの中に埋もれたら至福の時間になるだろう。埋もれられるなら窒息しても構わないと思うほどに。

 親父が俺の顔を見てる。


「分かった。俺から話しはしておく」


 他人様の嫁に色目を使ったり、性的な視線を向けるなと。

 警告は一度だけ。二度目があれば、その時はクビにするそうだ。


「ただし、ナンパした奴は今すぐクビにする」


 已む無しだな。俺にナンパ指南するのが業務ならともかく、勉強を教えるのが仕事なのだから。逸脱した行為は責められて当然だろうし、その責は自ら負うのが社会のルールなのだろう。

 言っても人妻だし妻子があってなんて、相手の奥さんにも申し訳立たない。


「数学の先生だけど」

「例外は認めないぞ」

「いや、興味無いって。ちょっと驚いただけで」

「興味無い?」


 三十代は守備範囲から外れてると言うと。


「それはそれで癪だが、その気にならないのであれば」


 今回はお咎め無しとなった。数学の先生はな、なんか馬が合うって言うか、話がしやすくて気楽なんだよ。ちょっとカッコつけだけどな。

 他の教師連中には警告するそうだ。

 軽くため息を吐き「本来なら性別に拘らず家庭教師を選びたいんだが」と、俺を見ながら言う。

 今なら問題無いと思うぞ。そもそも気を散らそうが、気にしようがしまいが、相手にされないのだから。誰がガキを相手にするのかって話だ。俺がションベンガキを相手にしないのと同じ。

 所詮、高校生程度は大人の女性から見りゃ、鼻垂れ小僧でしかない。

 絢佳さんから見てもそうなのだろうなあ。


 それでも今は絢佳さんに首ったけ。他の女性なんて眼中に無い。とは言え、それを言ってはお仕舞だ。俺まで絢佳さんに惚れ込んだ、なんて親父にしてみれば問題だろう。

 あ、いや。

 もしかして「お前も魅力に気付いたか。だがやらん」くらい言うか?


 ところで絢佳さんって年齢幾つ?

 誕生日くらいならともかく年齢を聞く必要はない、と思いつつも親父に聞くと「三十六だ」と。三十代とは思っていたが、年齢を感じさせない若さはあるな。笑うと可愛い。肌の張り艶も抜群。性生活の充実か。

 普段はロングヘアを後ろに纏め、家事をする上で邪魔にならないようにしてる。おくれ毛に色気を感じる、なんて言われるが特に感じないな。あれはおっさんならでは、かもしれん。


 さて、そうなるとションベンガキが十二歳ってことは、二十四歳で出産してるのか。大卒らしいが卒業後すぐに結婚したようだな。

 絢佳さんを堕とした野郎って、どんな奴だったんだろう。親父並みのステータスを持ってたとか。顔だけで中身のないクソ野郎だったのか、それとも元々おっさん趣味? まあいいや。

 社会経験はションベンガキが生まれて四年後からだとか。


「なんで離婚」

「その辺は俺も詳しくは知らん」


 相手のプライバシーに首を突っ込むもんじゃない、だそうだ。

 ただ、バツイチとは分かっていた。その辺は紹介される際に説明されるそうで。

 で、あんな上玉、どこで知ったんだよ。


「まああれだ、婚活」

「は?」

「あのな、俺だってお前のためにと考えたんだよ」


 受験を控え家事をやらせていては勉強に専念できない。

 生活全般の見直しが必要と考えたそうだ。そうなると家に居てくれる人は必須、となり婚活をしたら紹介された。

 親父はステータスだけで言えば極めて上玉。顔は少々草臥れてはいるが、高身長高学歴高収入だからな。昔で言う三高。


 話をしているうちに意気投合したらしい。親父が惚れたのもあるとか。更にはバツイチ同士の方が意外と上手く行くらしい。互いに離婚を経験しているから、失敗を繰り返すことが減るとかで。

 ついでに、できる男ってのは会話術も達者だとか。相手を飽きさせない、相手の話も聞く。

 信じられん。ただの浮気性のおっさんじゃねえか。ああでもあれか、巧みな詐術で浮気を繰り返したのか。とんだ下衆だろ。

 まあでも、俺のためってのもあったってことで、多少は親父を見直すことはできたかもな。


「絢佳には俺から言っておく」


 今後は気にせず済むようになる、と。

 わざわざ言わんでも。気にして欲しくないから、親父と二人で話をしたんだし。

 だが、しっかり伝えられたようだ。


「なんか、気を使わせちゃってごめんね」


 食後にキッチンでこっそり絢佳さんから謝られたが、俺が独占したいだけのことだしなあ。私欲ゆえの行動だからな。謝らなくていいと言っておく。

 代わりに俺の視線には耐えて欲しいと言うか、喜んでくれると俺も嬉しいけどな。まず無いと思うけど。

 できるだけ見ないようにして、絢佳さんの目を見て話すことを心掛ける。


「翔真君」

「なんですか?」

「そのね、無理しなくていいから」


 やっぱりバレる。

 どんな表情してるんだ、俺。


「少しだけね、ご褒美で見てていいから」


 まあ服の上からだけどな。直を拝みたい気持ちは、これでもかとあるが、さすがに無理がある。

 それと、見ていい、なんて言われると逆に躊躇したり。


「どうしたの?」

「あ、いえ」

「翔真君。ありがとう」


 感謝されるも、なんか違う気がする。

 独占欲って奴から告げ口に至ってるわけで。

 だってさあ、ばるんばるんはひとりで愉しみたい、と思うだろ。親父から奪いたいとさえ思うのだから。

 さすがに、奪うのは無理があると理解してるけどな。

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