第6話 魔女オーラ・ルヴィエッタ

ダンジョンに入った瞬間背中に鈍痛を感じる。


キョウヘイに背中を蹴られたのだ。


「かかってこいよ」


キョウヘイは口ではそう言いつつも全く武器を構えたりしてはいない。


舐めているのだ。


怖い、だけどここで逃げても何も始まらない。


俺がキョウヘイを集合時間よりも長く食い止めておくことができれば、マジカルOLさんが待ちくたびれて帰るかもしれない。


――理由は解明されていないが、ダンジョンの中では時間感覚が狂いやすい。


朝にダンジョンに入り、昼に出るつもりであったが外に出てみたら真っ暗だったなんてことは探索組、攻略組ともどもあるあるなのである。


――しかし、俺は何故かその感覚が狂ったことがない。


まぁだからといって大して役に立つ場面なんてほとんどないのだが。


それに配信していれば、配信時間で自分がどのくらいダンジョンに潜っているのか分かるし。


「でも、今回は少し役に立つかもしれない」


恐らくキョウヘイの中での時間は外の時間と比べてゆっくり流れているはずだ、その誤差がどのくらいあるのかは人それぞれなのでなんとも言えないが、俺が粘っていれば遅刻させることができるかもしれない。


「1時間か……」


最低でもそれくらい粘らなければならないだろう。


「こねぇーんならこっちから行くぞ!」


俺は慌てて防御の姿勢を取るがもう遅く、キョウヘイはすでに眼前まで迫っていた。


キョウヘイの右フック左フックが俺の顔面を交互に殴打する。


口の中に鉄の味が広がる。


「おいおいこんな攻撃正面から受けるとか、どんくさすぎだろ」


口から、唾液と共に血が垂れる。


頬の痛みで上手く口を閉じることができないため、それを止めることができない。


――速すぎる! あんなスピード俺に反応できるわけない。


考えろ、考えろ!


少しでも長くここにあいつを留めておくために!


まず、距離を取らないと。


俺は回れ右してダンジョンの奥の方へと走った。


「逃げたか雑魚! いいぜ、心折れるまで追いかけてボコしてやる」



まずは距離を取って遠距離から体力を削る。


単純だがそんな方法しかないと思った。


俺は数十メートル離れたところから、魔法を放ちキョウヘイが一定以上近づいてきたら逃げるというのを繰り返す。


この作戦は意外とうまくいき、キョウヘイに体力は徐々に削れている――と思っていたのだが。


「なぁ、もういいか?」


キョウヘイがそういうと、こちらに向かって走ってくる。


俺はさっきまで同じように魔法を放ち、食い止めようとしたのだが、どんな魔法を放ってもキョウヘイは無傷でこちらに向かってくる。


「俺のスキルはな、【アーマー】つってな、俺が纏っている魔力よりも少ない魔力量の魔法を無効化する最強のスキルなんだよ」


そんなスキルずるじゃないか!?


そう思ったのも束の間で、もうキョウヘイは俺の胸倉をつかんでいた。


「まだ、魔法の魔の字も使ってねぇんだぞ俺、ほんと終わってんなお前」


体力も魔力も枯れかけていた俺には抵抗する力はなく、それからは殴る蹴るのオンパレードだった。




両腕両足の骨は折れ、顔じゅうが腫れ、元の肌の色が分からなくなるほど青黒い痣を体中に浮かび上がらせ、ヒューヒューと肺から変な呼吸音を奏でながら俺は地面に倒れていた。


「クソつまんねぇ」


キョウヘイはそういうと折れた俺の足を踏みつける。


骨が砕かれるようなそんな感覚だ。


もう激痛に悲鳴を上げる事すらできない。


「そういえば、お前は異世界のモンスターと共生するみたいな、頭のおかしい理想を掲げてるんだっけな」


キョウヘイはニヤリと笑うと、携帯を取り出す。


「どうせもう死ぬんだし、みせてやるよ俺のとっておきの動画」


霞む視界の中、見せられた動画は・・・・本当に最悪だった。


戦闘の意志がなく逃げまどう低級のモンスターたちを追いかけまわし、殺しまくるキョウヘイの姿が映っていた。


子どものモンスターを親のモンスターの前で殺し、逆に親を子どもの前で殺す。


そのやり方も残忍で、魔法で即死させるわけではなく、徐々に体を破壊していったり、洗脳する魔道具をつかって味方同士に殺し合わせたりと、およそ人間がするようなものではなかった。


「もう、もうやめてくれぇ!」


悲痛を上げながら殺されていくモンスターたちを見ていられなかった。


その中には俺と仲良くしてくれたこともある種族が多くいた。


「おいおいまだまだこれからだぜ! 俺はなストレスを感じたらこういうダンジョンで殺しまくるんだ。 お前もやてみろよ、すげー気分いいぞ」


くそ、くそくそくそ!


なんでこんなやつが魔法の才能に恵まれているんだ!


なんで俺は・・・・こんなに・・・。


視界が薄れていく――。


「おい――あぁ? 気ぃ失っちまったのかよ。 仕方ねぇな、殺すか」






「こんなところで何をしているの?」


キョウヘイがレイにトドメを刺そうとしたまさにその時だった。


背後から女性の声が聞こえる。


「あぁ、今からこいつを…… しずくさん!?」


その声の主はキョウヘイが今から落とそうとしている東雲しずくであった。


「魔力感知してみたらレイと一緒に突然姿を消すんだもん。 ほんと焦ったわよ」


キョウヘイは何が起きているのかよくわかっていない。


「えぇと、もうすぐ行こうと思ってたんすけど、ちょっとね」


キョウヘイは現状を見られてはまずいと、頭をフル回転させて言い訳を考える。


「まったく、アンタのおかげで女神様にとんだ借りを作ってしまったわ」


「しずくさん、とりあえず外に――」


「――で、そこで倒れているのは誰なのかしら」


キョウヘイが気づいたころには東雲はもうレイの所まで移動していた。


「……いやぁ、こいつがねここでモンスターに襲われていたもんですから、俺が助けにいってきたんすよ。 でも、もうやられた後で……俺がもっと早く来ていれば……」


キョウヘイは悔しそうに涙を流しているような演技をする。


「そう、モンスターにね。 それにしては随分と人為的に骨を折られているように見えるけど」


「そうすか?」


騙すことはできないと、判断したキョウヘイは今ココで東雲を襲い、口を封じる方向へと考えを変える。


「お前にも同じ目にあってもらうぜ!」


キョウヘイは地面を強く蹴り、東雲の背後を一瞬でとると躊躇のない一撃を背中に繰り出す。


しかしそれは、魔方陣により防がれた。


「あぁ? なんだこれ」


キョウヘイは何度もその魔方陣を殴りつけるが、それは一向に壊れない。


「――貴様、我の愛する者をその手で傷つけたことを理解しておるか?」


いつもよりも数段と低い東雲の声がダンジョンに響き渡る。


それと同時に東雲は黒い光に包まれ、その姿をみるみると変えていく。


煌びやかな黒いドレス、アメジスト色の瞳、長く鋭い爪……顔には妖艶なその姿に似合わぬ憤怒の表情を浮かべている。


「脆弱な人間風情が我の大切な人に手を掛ける、そんなことができると思うてか」


東雲のあまりの変貌ぶりに呆気にとられるキョウヘイ。


「しずくさん、アンタ一体――ぐぁ!」


キョウヘイの腹部に触手のような何かが突き刺さる。


「仮の名ではあるとはいえ、貴様のような外道にファーストネームで呼ばれとうないわ」


「んだこれ! クソ! ババア!てめぇ俺にこんなことしといてただで済むと思ってんのか!」


「タダで済むと思っておるに決まっておろう」


「殺してやる! 【ファイアフィスト】‼」


キョウヘイの両手の拳が炎に包まれる。


「こいつぁな‼ 上級の魔法だ‼ 限られた一部の天才し使えない領域なんだよ!」


「【ヘルファイアフィスト】」


東雲がつぶやくようにそう唱えると両腕を真っ黒な炎が覆う。


「な、なんだそりゃぁ」


「一つ問うてよいか、人間」


「……?」


「その魔法を誰が作ったのか知っておるか?」


「は?」


「魔法の作者に向かって自慢げに技を紹介するとは、甚だ滑稽な様とは思わぬか?」


「ふざけんじゃねぇ! お前気狂ってんだろ」


キョウヘイが放ったその拳を東雲は軽く受け止める。


「受け止めただと!?――ひぃ、いやぁぁぁぁぁぁぁ」


受け止めたその場所から東雲の黒い炎が侵食し、キョウヘイの拳を焼き始める。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


キョウヘイはその炎を消そうと、何度も何度も地面に拳を打ち付ける。


「慌てるでない、この炎は我が選択した対象のみを焼き尽くす。 今我は貴様の魔法しか選んでおらぬ」


そういわれて、キョウヘイは自身の拳を見ると、全くやけどの跡は見当たらず、自ら地面に打ち付けたことによってできた傷しかなかった。


「な、なんなんだよおまえ!」


キョウヘイは目を見開き、怯えた顔で東雲を見ている。


「我か…… 我は魔を統べる者。 そして貴様を殺すもの」


「ふざけるな! 俺はキョウヘイだぞ! 攻略組の中でトップクラスの魔法使いだ!――【ファイアバレット】」


キョウヘイは指を銃の形にして指先に魔力を溜める。


ファイアバレットとはそのためた魔法を炎の弾丸として相手に飛ばす技である、のだが。


キョウヘイの指先が先ほどと同じ黒い炎が覆う。


「う、うわぁ!」


「貴様話を聞いておらんかったのか? 我は貴様の魔法を焼き付くように選択したと」


「てめぇ、まさか」


「貴様は、もう二度と魔法を使うことはできぬよ」


「ざっけんじゃね!」


キョウヘイは叫びながらあらゆる魔法を使うが全て燃えつくされてしまう。


「殺す絶対殺す!」


そう言ってキョウヘイは短刀を取り出し東雲に突っ込んでいくが、あっけなく触手のようなものに手足を捕らえられてしまう。


「全く、今日は貴様を食事に誘いだしレーナルズの情報を聞き出そうという、平和的な算段だったのに。 まさかレイが近くいるとは……まさか、レイは我を心配して!? それは我に気があると考えられるのではないか!?」


「降ろしやがれクソアマ!」


1人妄想に耽ろうとする東雲にキョウヘイは罵声を浴びせる。


「はぁうるさい。 燃えよ」


彼女がそう言うとキョウヘイの下半身が黒い炎で包まれる。


「――⁉ 俺は魔法使ってないぞ」


「そうであろうな、今我は貴様の肉体を選択したのだから」


その瞬間、何かを悟ったのかキョウヘイの顔に恐怖が走る。


「あ、熱い熱い熱い熱い!!!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! たすけて、助けてくれ!」


黒く焼け焦げていく自身の足をバタバタと振る動かしながら、命乞いをするキョウヘイ。


「貴様がレーナルズの居場所を教えるのであれば、火を止めその足を元通りにして、開放してやろう」


「い、居場所! しらねぇーよ! あいつらと撮影するときはいつも撮影用に別で借りてる家で撮るんだ」


「ほんとうか?」


「嘘つくわけないだろ! しにたくねぇよ」


「うーん…………」


「早く、早く火を止めてくれ!」


「その撮影用の家の住所は?」


キョウヘイは叫ぶように住所を言った。


「――よかろう、嘘をついていたら我にはわかるからな」


東雲がそういうと炎が消えた。


「その足治してやろう」


彼女はそういうと腕を一振りし、一瞬でキョウヘイの焼け焦げた下半身を元通りに治して見せた。


「はぁ……はぁはぁ、もういいだろ早く降ろせよ」


下半身は治ったものの、未だにキョウヘイの両手両足は触手のようなものに縛られたままだ。


「――人間よ、我は人間にありとあらゆる拷問したのだがな、その中で大きな気づきを得たのだ」


「なんの話だ?」


「我は苦痛を与えられた人間の表情がたまらなく好きである、ゆえにありとあらゆる痛みを与えた。 その中で何が一番効果があったと思う?」


「……?」


「精神的苦痛だ! 肉体的な痛みに強いものでもこの苦痛だけは耐えることができない! 精神的苦痛こそ人間の苦悩を最もあらわにする」


「だから、何の話だってんだ!」


「貴様の苦悩の表情を我に見せてくれ」


東雲のその顔はグチャッという音が当てはまるような、狂気的な笑みが浮かんでいた。


「【ナイトメア】」


魔法を掛けられてたキョウヘイは瞬時に眠りにつく。


「この魔法は夢の中で貴様が殺してきた全ての生き物の、殺される時の感覚を追体験させる魔法だ。 つまり貴様は今から自分自身に殺され続けることになる」





【あとがき】

メインで書いている作品のあいまに思いつきで書き始めましたので、投稿頻度は不定期です。

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