第5話 魔女の怒りが準備運動を始めました
マジカルOLさんの登場により、一瞬時が止まったかの様に静まり返る。
「ほらこれ、充電器」
そういってマジカルOLさんはいつも通りの調子で充電器を渡してきたが、彼女はこの空気をどう感じているのだろう。
「クソ美人じゃねーかよ」
キョウヘイは微かにそうつぶやくと、顎で自分の部屋のドアをさし、連れていた派手めな女性二人に、先に部屋に入るように促した。
「――いやぁそれにしても久しぶりだな!」
キョウヘイは今までの高圧的な態度が嘘であったかのように、明るい笑顔で俺の肩に腕を回してきた。
驚いた俺はグッと近くに寄ってきたキョウヘイの顔を見る事しかできない――。
だが声とは裏腹に彼の眼には一切の笑みも浮かんでいない。
「えーと、彼は友達なの?」
マジカルOLさんは気まずそうな愛想笑いを浮かべている。
違う、友達なんかではないと俺が言おうとしたが――。
「そうなんすよ! 同じ中学通ってて、結構しゃべったことあったんすよね」
全くの嘘だ、中学どころか道ですれ違ったことすらない初対面だ。
これは明らかにマジカルOLさんに言い寄るための嘘。
キョウヘイと関わることはレーナルズと関わる可能性が高くなる。
それは絶対彼女にとって悪影響でしかない。
ネットで活動している俺がネットユーザーに何を言われようと俺の責任だが、そういうごたごたにマジカルOLさんは絶対に巻き込んではいけない。
「あ、あの俺は彼とはしょたいめ――」
俺がそういいかけた時。
「草壁、お前は相変わらず変わらないよな!?」
その言葉に言いかけていた言葉が引っ込んでしまう。
――本名を知られている。
レーナルズの動画に出たんだ、悪い意味で世間に大きく知れ渡っている存在である俺の身元を、誰かが特定していてもおかしくない・・・。
そう思った瞬間、口の中の水分が一気に失われていく。
俺の個人情報がネットに乗っているかもしれない。
いや、SNSを見ていた限りではでまわっているようには思えなかったが。
「――はっ!」
最悪の推測が頭をよぎる。
リュウトが俺の個人情報を広めている。
キョウヘイはレーナルズとの交流が深い。
その中で俺のことをしゃべっていてもおかしくないじゃないか。
――だとすると、キョウヘイには一体どこまで知られているんだ。
俺の眼球は振り子のように左右に揺れ、まるで世界がコマ送りなったのかと思うほどに、何度も瞬きを繰り返す。
「なぁ、お前も俺に会えてうれしいだろ」
キョウヘイが腕に力を込める。
リュウトが俺の情報を流している可能性がある以上、下手なことはできない。
俺だけでなく家族に害が及ぶ可能性があるからだ。
「うん、久しぶりだね」
表情筋を軋ませながら、無理やりの笑顔をつくって俺はそういった。
「そう、2人は幼馴染なのね」
マジカルOLさんはほっとしたように笑みを浮かべながら、そういった。
「――で、お姉さんは草壁とどういう関係なんです?」
キョウヘイの眼にギラっとした光が差す。
「あぁ、私は彼の大ふぁ――」
「財布!!」
俺はマジカルOLさんの言葉を遮るため、大きな声でそう言った。
「たまたまマジカ――」
俺はマジカルOLさんの部屋の表札を一瞥する。
「東雲さんの財布を拾ったんだ! 交番に行こうとしたんだけど、チラッと見えた免許書を見た感じ、家近かったしそのまま届けた方がいいかなって思って。 そしたら、昔家の近所に住んでた知り合いのお姉さんで、昔話に花が咲いたって感じだったんだ」
つらつらと捲し立てた嘘を、キョウヘイがどこまで信じるかは分からない。
けれど、マジカルOLさんを巻き込まないために、少しでも彼に俺と彼女は大した関係ではないと思わせたかった。
「へー、そうなのか。 ――さっきお姉さん、お前のことをレイって呼んでたよな?」
キョウヘイが疑るようにこちらを見る。
「話の流れで俺の活動を話して・・・。 それで東雲さんが面白がって俺をレイって呼び出したんだ」
苦し紛れの嘘だ。
マジカルOLさんは、困惑の表情を浮かべている。
「ふーん、じゃあお姉さんはこういう活動してる奴に興味あんすね」
キョウヘイはそういうとおもむろに、自身の携帯を取り出す。
「俺も実は配信とか動画投稿とかしてて――」
マジカルOLさんに自身のSNSアカウントを見せる、キョウヘイ。
「へぇ、フォロワ―100万人近くいるんだね」
「そうなんすよ、こんな感じの動画もあげてて、リスナーからはプロみたいなトーク力と編集クオリティとか言われてんすよね」
「へぇー」
画面をスワイプしていろいろな動画を見せているようだ。
マジカルOLさんの表情からは何を考えているのか読み取れなかった。
ただ一瞬だけ、マジカルOLさんの視線が氷のような冷たさを感じたのは気のせいだろうか。
「へぇ、君すごい有名人なんだね! 他にどんな活動してるの!?」
あれ? なんだか思った以上にマジカルOLさんが食いついてるぞ。
――キョウヘイとマジカルOLさんの会話はめちゃくちゃ盛り上がっていた。
俺は完全に蚊帳の外である。
まるで俺は空気のような扱いだ。
胸の奥が締め付けられるような感覚がした。
キョウヘイにマジカルOLさんと関わってほしくない、というのは俺の勝手な考えなのかもしれない。
マジカルOLさんが誰と仲良くしようとそれは彼女の自由であり、俺が介入なんてできるはずないのだ。
俺の問題に巻き込みたくないとか格好のいいことを言っていたが、あくまで配信者とリスナーの関係でしかない相手に対してそこまで考えるのは杞憂なのだろうか。
それに考えてみれば無理もない。
キョウヘイは俺なんかと比べものにならないほどの超人気活動者だ。
見た目も、お金も、女性に対する接し方もレベルが違う。
俺よりも彼の方を魅力的に感じてしまうのは無理もないだろう。
そのあとのことはよく覚えていないが、気づくと俺は帰りの電車の中に座っていた。
ふと、携帯の振動を感じ取る。
画面をみると俺のSNSにメッセージが届いていた。
――キョウヘイからだ。
キョウヘイ〝しずくさんと連絡先交換したわ〟
そのメッセージの後にスクリーンショットが送られてくる。
それにはマジカルOLさんとキョウヘイがご飯に行く約束を取り付けるやり取りが写っていた。
キョウヘイ〝トーク力のない底辺のお前は女1人落とせないみたいだが、俺はちがう。 この女マジエロい体してっから、ハメ撮りして稼がせてもらうわww〟
――やっぱりだめだ!
キョウヘイは危険だ。
送られてきたスクリーンショットには日時や場所も写っていたので、俺はその場所に向かった。
正直、行ってどうすんだって話だけれど、でも居ても立っても居られかったのだ。
「1時間以上はやくついてしまった」
集合場所にかなり早くついてしまった俺は近くのベンチで時間を潰していたのだが、どうしても落ち着かず立ち上がって同じ場所を行ったり来たりしていた。
「様子がおかしかったら飛び込もう、いや運よくキョウヘイに会えたらまずはもうマジカルOLさんには関わらないでくれって説得を――」
俯いてぼそぼそとしゃべっていたせいか前に立っている人に気づかずぶつかってしまった。
「あ、すいませ――」
そこにはキョウヘイが立っていた。
「お前ここでなにしてんだよ?」
大きな手で肩を掴まれ圧迫される。
「い、いやそれは・・・」
もう関わらないでくれっていう一言が出ない。
「ここらへんで撮影があって、クソキモい魔力を感じたからまさかと思っていたが……、おまえ今日のについてくる気だったのか」
俺は小刻みに視線を泳がすだけだった。
「まじきめぇ、おまえマジ一回ぶっ殺してやんよ」
そのままキョウヘイは俺を引きずる。
「近くにもう探索すらされねぇ、ダンジョンがある。 そこで殺してやるよ」
【あとがき】
メインで書いている作品のあいまに思いつきで書き始めましたので、投稿頻度は不定期です。
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