第19話

 酒宴の後。

 静寂はキャンプ地に広がるなか、俺はブライトネスさんに治癒魔法を施していた。


「おえええっ!」


 黄色い液体を吐きながら目をつむるブライトネスさん。


「飲み過ぎです。治癒魔法って言っても万能って訳じゃないんですよ?アルコールは無毒化できても不快感は取り除くことは出来ません」


 背中をさすってやる。

 酒を飲み過ぎた直後の辛さはよく分かるからこうしてさすってやるのだ。

 少年少女には分かるまい大人の辛さ。

 視界がぐわぐわして胃の底から何かがこみ上げてくる不快感。

 それなら飲まなければいいじゃん、と多くの人は言うがそれはそれ、これはこれだ。痛い目を見ることを理解していてもついつい飲んでしまう魅力を酒は持っているのだ。本当に謎だよね。

 まあ、そういうもんだ。


「あれか。治癒魔法は痛みを取り除けないってやつか」


「ええ、そうです。治癒魔法はあくまでも再生を司る魔法です。痛覚無効や不快耐性なる魔法もあるにはあるらしいですが、俺には必要なかったので覚えていません」


 つまりは治癒魔法を用いて切断された腕を再生しようとも、痛みは拭えないということだ。

 そして、俺は痛みがそこまで恐怖ではなかったので別に痛覚無効とか不快耐性とかの魔法を覚える必要がなかったというコト。


「ふむふむ、つまりは君は痛みに恐怖がなかったということか。頭おかしいね、君」


「はあ、失礼ですね」


 肩を落として溜息をついてみる。

 何故みんなこぞって俺の事を異常と言うのだろうか。

 俺は別にバーサーカーとかいう訳ではないし、戦いに愉しみを見つけるタイプではない。自分で言うのもなんだが世間一般的な常識を身に着け、ある程度の遊び心は失わない理想的な大人だと思う。

 そんな事を彼に言うと、


「もしかして、本当に自分が頭おかしいってことに気づいてない?」

 

 え、という顔をしてないないという顔をするブライトネスさん。 

 はあ!?失礼なヤツめ!

 という訳で治療魔法で癒す手を止める。


「ごめんごめん!だから止めないで!うっ、変なのがこみ上げて──おえええ!」


 再び黄色い液体を吐き出すブライトネスさん。

 ふふふ、いい気味だ。

 

「前言撤回しますか?」


「するする!」


 治癒魔法を彼に掛けてやる。

 しばらくすると、気分が落ち着いたようだ。


「……でもさあ、S級相手に堂々とイカサマする方が頭おかしいと思うよ?」


「見えていたんですか?」


「いや、しっかりと捉えられていたわけじゃない。でも、カードのシャッフルの時に少しだけ君の手がブレるのが見えてね」

 

 これは……バレているな。


「──ええ、確かに俺はイカサマしました」


「認めるんだ。潔いね」


「どっかの偉い人が、まあ、俺の父さんが潔い男はカッコいいって言ってたからですね」


「へえ、君のお父さんか」


 俺の父さんは、ダンジョンの首都崩壊の時代に俺を何とか養ってくれた人だ。 

 当時の生きるには厳しすぎる情勢の中でよく俺の事を育ててくれたものだ、と今では感謝してもしきれない。

 

「てかさ、君、強いでしょ」


「急に話を変えますね。なんでそう思うんですか?」


「明らかに異常だもの。S級の僕が捉えられないほど素早く、精密な動きでカード束に細工を加えるなんておかしくないか?それに、昼間の山口へのあの斧裁き。俺じゃなきゃ見逃していたね」


「……」


「ねえ、君に頼み事があるんだけどさ」


 頼み事?


「俺の配偶者を殺してくれ」


「殺す?」


「ああ、殺してくれ」


「俺に人を殺せと?」


 コイツの方が頭おかしいのでは?

 急に堂々と暗殺のお誘い?

 頭おかしいと思う。

 俺社比だけど。


「ごめんごめん。そういう意味じゃないんだ。そうだね、今から少しばかり話をしようか」


 そう言ってブライトネスさんは話を始めた。

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