第4話

みどりは長野県上田市の丸の内署に行き、刀根警部補に面会した。

 「その後、武家屋敷の事件はどうなりました?」

 「今日はそのことで来たのですか?はい、調べは進んでいます。目星は付けているんです。三人で行動していたようです。まだ彼らと断定するには至っていません。近頃、その三人の若者が上田の町をぶらついていたようなんです」

 「・・・」

 みどりは怪訝な表情を見せた。何か・・・納得いかないようである。

 「死んで・・・殺されていたのは、その若者の内の一人なのです」

 刀根警部補はみどりの反応を窺った。警部補はこの前の事件でのみどりの活躍を見て、限りない信頼をよせるようになっていた。

 「鋭いもので喉元を切られていて、もう少しで首を斬られてしまっていたようです。昔のように、首をちょん切られていたでしょう」

 みどりは剣を扱い、この前の二つの事件では足首を切っていた。だから、みどりには恐怖心は何もなかった。

 「他の二人の人は・・・」

 「今、行方を追っています。その内、捜査の網に掛かって来ると思います。二人がこの事件にどう関係しているのか、今の所分かりませんが、何らかの事情を知っているのに違いありません」

 この後、みどりは、

 「何かの進展があれば教えて下さい。お願いします」

 刀根警部補は、分かりました、と約束し、みどりは丸の内署を出た、


 その数日の間、

 みどりはその間家から一歩も出ず、部屋にこもり、あれこれと考え事をしていた。

突然、その日の朝、みどりはまだ寝ている条太郎を揺り起こし、

「ちょっと紹介したい人がいるの・・・」

と、いって連れ出した。

「紹介・・・何処へ連れて行く気だ!」

条太郎が連れて来られたのは、例の武家屋敷

である。

「ここは・・・」

条太郎は納得したのだが、孫のみどりの意図することは理解していない。

「連れて来ましたよ、私のじいちゃん」

武藤みどりはじいちゃんを紹介した。

 小幡きく女は背筋を伸ばし、武藤条太郎に軽く頭を下げた。

 「私は小幡きくと申します・・・」

 と言おうとしたが、条太郎は、

 「孫からよく話は聞いています」

 と、挨拶をしたのだが、武藤条太郎は小峰きく女に怪訝な眼を向けていた。きく女は薄っすら笑みを浮かべ、

 「よくおいで下さいました。どうぞ、お上がりください」

 と、いい、みどりと条太郎を座敷に招じ入れた。

 条太郎は何処となく落ち着きがなく、庭に眼をやったり、座敷の中の様子を観察したりしていた。

 「あれは・・・」

 条太郎は木刀(?)の薙刀が欄間に掛かっているに気付いた。

 「あれを、やられるんですか?」 

「昔はよくやったものです。夫が戦に出ている時は、女といえども夫の代わりに城を守らなくてはなりませんから・・・」

「そうですね」

条太郎は座敷の中や庭をキョロキョロと見て回っていた。

 「じいちゃん」

 みどりは祖父が何を話そうとしているのか心配になった。

 「私は死に損なった女です」

 こう呟くと、きく女は立ち上がり、縁側に向かった。

 季節はいつの間にか秋になりつつあった。ふっと気持ちいい風が、少し冷たいかんじがするが、庭から吹き込んできた。信州上田にはもうそこに秋の香りが漂い始めている。みどりは、

 「きく小母様・・・」

 親愛を込めて、こう呼んだ。こう呼ばれて、きく女は口元に微かに笑みを浮かべた。

 小幡きく女の肌は透き通るように白かった。そっと触れば、そのしろい肌の中に溶け込んでしまいそうな感覚が感じられた。

みどりは母の肌の感覚も乳房の柔らかさも知らないし、その感触も知らない。ただ一度、みどりは昼間だったけれど、きく女に誘われ、

「一緒に入りませんか!」

と、誘われ、一緒に風呂に入ったことがあった。条太郎を連れて来る前日のことである。

二人が入るには広すぎるヒノキの香りのする美しい風呂で会った。

「いい、香りですね」

みどりは率直な感想を言った。

 湯船に入ると、湯が心地よく体に染み込んで来た。きく女の体は肉付きがよく、弾ける肌の感覚に見えた。

 みどりはじっと、その美しく見える白い肌に吸い込まれて行きそうになった。

 ふっ、ときく女は笑みを浮かべ、笑った。

「どうしたのですか?」

 「いえ・・・」

 みどりは顔を赤くし、言葉を失った。

 「お母様とは・・・」

 みどりは一瞬戸惑った表情を見せた。

 「母は小さい頃にいなくなりました」

 「いなくなる・・・?」

 みどりはそれ以上話す言葉を失ったのだが、きく女の目はさらなる答えを要求していたので、いやそう感じたので、

 「おじいちゃんは詳しいことを話してくれないから、はっきりとは分からないのです」

 と、いった。

 きく女はうっすらと白い頬に笑みを浮かべた。それを見て、みどりは何だがほっとした気分になった。

 「いいですよ」

 きく女は優しい口元のなかに白い歯を見せた。

 「・・・」

 最初きく女が何を言っているのか理解出来なかった。

「私の乳房はいい形をしていませんが、これでも結構柔らかいのですよ」

 きく女は豊満な乳房を、

「触ってもいい・・・」

というのである。

 みどりは驚いた。同じ女性であるのだが、躊躇した。みどりには母の乳房の感覚がなかった。夢の中に裸の母に抱かれている自分の姿を見たことはあった。それだけである。その時の手の指の感触を思い出そうとした。だが、歯がゆい気持ちだけが残ってしまった。

 きく女は何も言わない。じっと目の前の女の子を見ていた。

 「・・・」

 みどりは母のその感触を思い出そうとして、手をそっときく女の乳房に持って行った。

 「ああ・・・」

 みどりは言葉にならない溜息を吐いた。

 「お母様も・・・」

 みどりにはその言葉しか出て来なかった。 

 きく女の乳房は柔らかくふんわりとしていて、触った感触は・・・みどりにはよくわからなかったけど、そこには母・・・が間違いなく、いた。

 

 今、じいちゃんときく女は座敷机を挟んで話している。

 ふたりの話にみどりには余り興味はなく、風呂に入った時のきく女の和かな乳房の感覚を思い出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る