第二詞 【枯淡と首枷】
――「私」を見て。
スマホの画面を押して、ギターの弦を弾いて、声を出して、歌っていく。
誰もいない真夜中の公園に、私の歌だけが響いている。
同接視聴者数が、201、513、672、959、1504……と、どんどん増えていく。
――通称、『黒猫スピカ』。それがネット上での私、「本郷有紗」の名前。いつも黒の猫耳パーカーのフードを深く被り、銀色星のピアスがちらりと歌唱中に覗くこと。そして、視聴者からした私が、「青白い輝きを放つ一等星」=「スピカ」という星、だかららしい。
――私にはそんな輝き、一切ありはしないのにな。
「黒猫スピカは儚げながら訴えかけるような歌い方で、歌詞には若い世代からの絶大的な共感を得ている」なんて言われている。けれど、実際には、溜め込んだ言葉とか、感情を吐き出すようにして歌詞や声とか音程に詰め込んでいるだけの、ただの素人だ。
ただ、自分をみて欲しい。必要として欲しい。それだけのために始めた不定期の深夜弾き語り配信。当初は有名曲のカバーをよくしていたけれど、最近では自分でも曲作りをするようになっていった。同接視聴者数が一万人を越えることも珍しくない。
この世に生きる沢山の人々が息をしたり、勉強したり、仕事をしたり、愛し合ったりなんてするように、私も曲をつくって、歌って、弾いて、聴いてもらって、自分を満たすんだ。
……濁りきって、真っ暗闇な世界から私を、手を差しのべて、誰かが連れ出してくれることを願って。
あぁ、楽しい。と、目を閉じて歌いながら思う。誰にも邪魔されることなく、私の音楽が、沢山の人に聴いてもらえて、コメントしてもらって、感動されて、凄い!凄い!って、認めてもらえている。
――あぁ、なんて幸せで満たされているひと時なんだろうか!
今日書き上げた新曲のお披露目を終えて、視聴者のみんなにコメントをもらう。次歌う曲のリクエストを募っていた時に、思いもよらない事態が起こった。
――公園沿いの歩道を、知らない少女が鼻唄を歌いながら歩いていた。
ここに人が通ることはないはずなのに。焦る気持ちと同時に、見惚れた。
そこにいたのは、柔らかな雰囲気を纏った、花のお姫様みたいな女の子だった。同い年なのだろうか。どんな性格をしているのだろうか。そんな思考に駆られる。ほんのり癖がかった茶髪と桃色の瞳に、淡いピンクのワンピースが映えていて、遠くからみてもとても愛らしさがみてとれた。気を取られて、時々、歌詞が飛びそうになってしまう。
例えるならば、「一目惚れ」と称するのが正しいのかもしれないと思う程に。
「……え?」
――目が合った。思わず、冷や汗が流れる。ギターを弾く手が止まり、コメント欄が戸惑いの表情を見せる。ギターの持ち手を握りしめた。
次の瞬間、私は配信そっちのけでその少女に向かって走り出した。大切なギターを、投げ出してまでして。
――少女が路上に突如、私の見ている目の前で倒れ込んだ。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄り、声をかける。車が通るかもしれないので、少女を抱えてふらつきながらも公園のベンチに寝かせた。
配信をつけっぱなしにしていたことに気がつき、視聴者の皆に声をかける。
「ごめん!ちょっとトラブっちゃったんで、配信切ります!」
コメント欄のようすを確認して、配信を切る。腕時計の針は、深夜一時を指していた。水を急いで自動販売機で買い、少女に飲ませる。
「貴女が助けてくれたの?ありがとう」
「あ、いえ……。そうだ、救急車呼ばないと……」
「……、だ、ダメ!」
私がスマホで電話番号を打とうとした時、少女が私の手に自分の手を重ねてきた。
「え……?」
「だ、ダメって訳じゃないんだけど……必要ないよ。大丈夫!」
「でも……」
「大丈夫よ。助けてくれて本当にありがとう。今度会えたら、お礼させてね!……それじゃ」
そうして少女はふらつきながら去っていった。なぜか私の体は、高揚感を覚えた。
荷物を片し、コンビニで夜食を買って帰路を走る。裏路地へと続く曲がり角を曲がったところで、叔父さんに連絡をいれた。
「っ、わぁ!……いたた。」
ながらスマホをしていたせいで、向かい側にいた人物とぶつかり、尻餅をついてしまった。
「す、すみません。私の不注意で。って……え?」
「随分と楽しそうじゃないか。出来損ないのバカ娘」
体が震える。吹き出す冷や汗が頬を伝う。地面を這い、後退りする。起き上がれない程の威圧感を肌で感じて、肺が締め付けられている。
なんとも禍々しい気味の悪い感覚がして、私は首元をそっと抑えた。――再び、「あの」地獄に引き戻されてしまいそうな、どう足掻いても絶ち切れないその人物との鎖の感覚がしたから。
「……父さん」
最悪な、父娘の再会だった。
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