第5話
智頭町の郵便局からいつの間にか消えた九谷為也はどうしたかというと、外に出て来る二人を待ち、すぐに彼らの後を追った。為也が車のキィーを抜いておいたのである。
「誰が・・・」
とヤスヒロが狼狽し、辺りをキヨロキヨロとしたが、それらしき人物は見当たらなかった。
「ヤスヒロさん、どうしよう・・・」
カズが不安な声をあげる。郵便局の隣りの家の角から見ている為也に、二人は気付かない。為也の方も驚いた。五月裕が彼らと一緒に出て来たことである。連れて来られたと言った方がいいかも知れない。
「計算外だな。まあ、いいか、何とかなるだろう。あの女の子、気丈な所がありそうだ。さて・・・」
この計算外にも、為也はすぐには動かずに、彼らが向かう方向を見定めた後、先回りをすることにした。そして、前もって調べた地理だから、彼らの先回りをして、諏訪神社の鳥居の脇にある茂みに隠れ、二人を待った。車のキィーを抜いたのはもちろん為也である。車で県外に逃げる計画だったのは想像できた。車を使えなくすることで、彼らの計画を龍作は台無しにしたのである。
二人だけなら逃げるのに自由に行動出来たのだが、裕がいることで動きが鈍くなった。それは彼らの動きを見ていて、為也にも読み取れた。郵便局の職員も、今ごろは警察に連絡しているだろう。やがて、種山警部とランがやって来るはずである。
為也こと、九鬼龍作がふっと空を見上げた。
(もう・・・次の行動に移っているはずである、ピックルが・・・)
「ふっ、ふふっ」
龍作は軽く笑みを浮かべた。
ランに引っ張られながら、種山警部は諏訪神社までやって来た。その後に、三人の制服の警察官が続いている。
「ここか・・・」
種山警部はランの背中を二三回撫でた。
「ここだ。奴らは、ここに逃げ込んだようだ。よし、すぐに応援を呼んで、山狩りをするぞ。おい、連絡を頼む」
「はい、警部」
種山警部の近くにいた警官がすぐにパトカーに戻って行った。
「しかし、弱ったぞ。まさかと思うが、これ以上山の奥に入ってはいかない・・・そう願うしかない」
ひんやりとした夏の青白く澄み切った空を見上げ、心地いい。鳥居脇の茂みの中に隠れていた九谷為也はにんまりし、次の行動に移ることにした。この時、
ピ、ピックル
「来たか、来ていたのか!」
ピックルである。老爺はもう一度空を見上げると、彼の頭上を何回も飛び回り喜んでいるように見えた。
「頼むぞ。俺はもう少しやることがあるからな」
龍作はそのまま何処かに行ってしまった。
ピ、ピ・・・
「何だ?」
種山警部は辺りを気にするが、何も見当たらない。この時、
ワン・・・
ランが吠える。
ウウ・・・ワン
ランは種山警部の持つリードを強く引っ張った。
「待て、ラン。そっちか、分かった、分かった」
例の二人は諏訪神社の一番奥の拝殿に中に隠れていた。
「これから、どうするんです?ヤスヒロさん」
カズが明らかに焦っている。女子局員に金をつめこませいていた若者である。髪は短く、眼が細い。見るからに気が弱そうに見えないこともなかった。この男がこの強盗の計画を練ったのではないのは確かである。
「カズ、落ち着け。俺に任せておけ。逃げるさ。どこまでも・・・絶対に逃げ切ってやる」
局長を押さえていた男は顔が大きく、目がくりっとしていて、鋭い。この事件の主導者はどうやらこの男のようであった。
五月裕は二人のやり取りを冷静に観察していた。そう見ていた。そうかといって、裕には今の所この二人をどうこうする計画もなかった。ただ、彼女は見るからに落ち着いていて、かずひろが持っている拳銃のようなもの
郵便局から盗んだ金の入ったカバンを抱えているカズは、少女を見ていた。
こうして諏訪神社の奥の拝殿に隠れているのが不安なのか、
「早く逃げよう、ヤスヒロさん」
外の様子を気にしている。
「大丈夫だ。こっちには人質がいる。俺に任せておけ」
「この子、どうするんですよ。もう警察には知らせているに違いないですよ。早く逃げないと・・・」
「分かっている。まあ、任せておけ」
ヤスヒロは携帯電話を取り出した。どこかに・・・いや誰かに連絡をするようだ。声をひそめ、なにやら話している。しばらくすると、
「カズ、お前には言っていなかったが、こんなことがあると思って、もう一人の仲間を作っていたんだ。ああ・・・分かっている。何も言うな。悪かったよ。だが、連絡が付いたからもう大丈夫だ。すぐに迎えに行くっと言っている。
「誰です?」
「お前は知らなくていい。会えば分かるよ。カズの知っている男だ」
「金のある奴には百万ははした金だが、俺たち貧乏人には・・・特に俺たちのような若者には大金だ。さあ、行くぞ」
と、この時拝殿の扉が開いたのである。二人はぎくっと体を震わせた。
「警察・・・」
ではなかった。見覚えのある男であった。
郵便局から消えた老爺であった。
「お前・・・どうしてここが分かったのだ」
ヤスヒロが声を張り上げた。
「お前だな、俺の車のキーを抜いたのは・・・?」
老爺の返事はなく、じっとこっちを睨み付けるだけだった。
「今更、何をしにやって来たんだ。何をしようとしている?」
「何もようはない。この女の子を返して欲しいだけだ」
「ふっ」
ヤスヒロという男は苦笑した。
「返して欲しければ返してやる。だが、今はいかん。この人質にはもう少しいてもらう必要がある。それまでは大事な人質だ。まあ安心しろ。殺しはしない。わそれにしても、ざわざこんな中に飛び込んで来るとは・・・どういう気だ」
しばらく要領の得ないやり取りがあったが、その間、老爺こと九谷為也は少しずつ裕とビビににじり寄って行った。
「おじいさん・・・」
この老爺を憧れの目で見つめる裕に、為也はやさしく頷いた。
この場合、為也はすぐに二人の若者に向かって、
「なぜ、すぐに捕まるような強盗をやった?こんな事件を起こして逃げ切った奴は一人もいない」
と、厳しい声をかけた。
この老爺の問い掛けにヤスヒロは、
「クゥ、俺たちに何が出来るのか、というのか。まあ、見ていろ。ここから必ず逃げて見せるからな」
ヤスヒロは軽蔑した目を為也に向け、睨み付けた。
「カズ、ちょっと来い!」
ヤスヒロはカズという若者を呼び寄せた。
「カズ・・・」
ヤスヒロは何やらカズに耳打ちをしている。
「分かったか。いいか、今から十分くらいこの神社の中を走り回って来い。いいか、歩くな。走れ、思いっ切りだ」
「でも・・・なぜです?」
「余計なことを聞くな。バッグは置いて行け。分かったな。時間がない。すぐ行け」
カズは首をひねりながら、本殿から出て行った。
ヤスヒロはニンマリ笑みを浮かべた。
為也はヤスヒロという男の動きを観察している。
(こいつは馬鹿ではない。何をやろうとしている?)
この時、為也の耳に犬の鳴き声が聞こえた。
(ラン・・・だ)
まだ、遠い。
為也こと龍作は焦らない。役者はそろい始めている。
(どういうことになるのか分からないが、やるしかない)
ビビは拝殿の扉を仕切にカリカリとし、外に出ようとしている。裕のところに行きたいようだ。連れて行かれた裕が心配なのだろう。ビビの首には紫の領巾が巻かれている。拝殿の中には風が吹いていないのに、奇妙に波打ち揺れている。
その頃、諏訪神社の鳥居の前には多くの警察官が集まっていた。これから揃って諏訪神社の中に捜査に向かう気のようだった。指揮を取るのは種山警部である。ランも傍にいる。ランはもう目指すにおいを嗅ぎつけているようだった。
この時、ランは走り出した。
「あっ、待て、ラン。よし、みんな・・・行くぞ」
ランを先頭に走り出した。
「この奥にいるのは、どうやらまちがいのないようだな。
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