第49話 それぞれの感性

 ギーゼラがカドゥケウスを見つめている。


「ユイエル、その杖は?」

「なんだか魔法の威力が増す杖?」


 みんな魔法の練習を始めてはいるけれど、やっぱり気になる様子。


「カドゥケウスって名付けたよ」

「……」


 ギーゼラはふいに腰の〈聖剣〉を外し、机にのせた。

 そして布を解いていく。


 俺もカドゥケウスを机にのせる。

 ベルトタイプのホルスター、俺も欲しいな。

 このあと探しに行こう。


 みんなの魔法が消えていく。


「……『剣聖』の、紋章?」


 つぶやいたのはクラウス。

 ついでラヴィが小さな声をあげる。


「あ、そう考えると杖の先端も『聖者』の紋章に見えますわ」

「……どうやって手に入れた!?」


 クラウスの声が大きくなる。

 俺はギーゼラを見る。


「気づいたらそばにあった」


 ギーゼラの言葉にうなずく。遺跡のモンスターからドロップしたとか言うと、どうやって行き来したのかという話になるので仕方ない。


 クラウスは考え込んでいるみたい。

 たぶん『賢者』の杖があるなら欲しいと思ってるんだろうな。


「ボク、この剣と意思疎通できるんだ。ユイエルもできる?」

「うん。なんとなく? 言葉は喋らないけど」


「こっちは、カタコトだけど喋る」


 カタコトなの?

 直接話したことないから知らなかった。シリュウが風魔法で運んだ言葉を聞いて覚えたとかだろうか。


「喋る武具とは、変わっているでござるな。それがしそろそろ魔力が切れるでござる」

「あ、待って待って、あたしももう少し」


 ハッとしてみんな魔法を使い始めた。

 みんなの魔法は、結構大きく動きも激しくなっている。エマの土はもう金属くらいの圧縮された鉱物。


 ギーゼラは頭上に魔法を出しつつ〈聖剣〉さんを見ている。


「……ボクもこの剣を隠さずに持ち歩きたい」

「……いいんじゃないかな?」


 カレン先生を見るが、否定はされない。


「ずっと、どうしていいかわからなかったんだ。ユイエルと同じなら心強い」

「そっか。たしかにふたりなら心強いね」


 ギーゼラは布を巻かずに〈聖剣〉さんを腰に戻した。

 笑顔だ。やっぱり隠すのが嫌みたい。

 髪も隠さなくていいんじゃないかな?

 けどいちいち驚かれるのも嫌か……。


 俺はカドゥケウスを持ち、みんなの魔力回復を行う。


「あ、そうだ。学年代表ってなにするか教えてくれる?」

「……私は特になにもしませんでしたわ」


 ラヴィが答えてくれた。

 クラウスはちょっと呆れ顔?


「これから先は知らないが、入学式で宣誓をしただけだ。学年代表が嫌で手抜きをしていたのか?」


 信じられんやつだ。そう、言外に聞こえた。


「……もしかして1位でもデメリットない?」

「なぜデメリットがあると思ったのか理解できない」

「なれるものなら1位になりたいでござる!」

「ユイエル、たまに慎重すぎ?」


 シェキアは笑顔でフォローしてくれたけど、あとのみんなは苦笑って感じ。


 そもそも、いままでは1位になるメリットがわからなかった。とは言わずにおく。

 向上心はあっても、闘争心はなかなか出てこないのだ。


 試験も本気でいこうかな。卒業式の挨拶はさせられるかもだけど、ミリーが面倒な立場になるよりずっといい。


 もう一回魔力を回復して、今日は解散。

 俺はディープに乗って商店街へ。

 ディープを所定の場所につなぎ、商店街をうろつく。

 杖ホルスターを探せ。


 革製品の店に入ろうとしたところで、小走りで向かってくるピンクの髪が視界に入る。


「ユイエルさん、お買い物ですか?」

「ラヴィ、うん。カドゥケウスを腰に下げるものが欲しいんだ」


 ニコッてされる。

 呼び捨てにしようと話したけど、ラヴィとエマは「さん」がまたついちゃった。俺もたまについてるかも。


「ご一緒に選ばせていただいても?」

「うん、選んでもらえたら助かるよ。センス皆無なんだ。入ってみよう」


 ラヴィは、どうもまだ悩んでいる気がする。表面上は元気そうだけど、成績も少し悪かったみたいだし。といっても4位だけど。


 でもな、俺の子どもをヴァイス家に欲しいのかとか、ちょっとだいぶ話しづらい。ていうか無理。

 棚上げしてベルトやホルスターを見て回る。

 ラヴィも真剣に探してくれているみたい。


「こちらはいかがでしょう? あわい色合いが似合いそうですし、汎用性も高そうですわ」

「ちょっとつけてみる」


 たぶん矢筒とかぶら下げるものだと思うけど、ホルスターのサイズを調整したらぴったりに。上からスポッとカドゥケウスを入れられる。鍔で引っかかる感じ。


「うん。出し入れもしやすそう。これにする。ありがとうラヴィ」

「いえ、お役に立てて嬉しいですわ」


 買ってさっそく装着。いい感じ。

 カドゥケウスも満足気。


「お茶してく? よかったらお礼させて。なにか相談あるなら聞くし」

「ええ、はい。ぜひ」


 すっかり通い慣れた喫茶店の奥まった席につく。今日もすいている。

 ラヴィは、注文を取った店のおじいさんがカウンターの向こうに戻るのを確認し、こちらを向いた。


「……その、ユイエルさんは、爵位を返上したい気持ちがあるのですか?」

「いまのところないかな? 『聖者』になれたし」


 ラヴィは、キョトンとした。


「その、逆ならわかるのですが……『聖者』になれなければ返上するおつもりだったのですか?」


 ラヴィの中でハテナが大量発生しているみたい。結局なにが知りたいんだろう?


「うーんと『5英傑』じゃないと、領地とか、パーティみたいなのとか? 断りづらいよね? だから貴族でいるのはデメリットが大きいかなって思ってたんだ」

「……パーティもデメリットなのですね。母や姉はとても楽しそうでしたが」


 堅苦しいパーティに出るより、ベッドに入ってアストラルボディで冒険したい。

 礼儀作法の授業も受けているけど、楽しくはない。


「平民はさ、とても自由そうにみえない? 冒険者とか」

「……ですが、年金も領地の収入もなければ、生活は苦しいものになるのでは?」


「なんで? 誰よりも魔法が得意なのに? ラヴィは、モンスターを倒せば食べていけるよね?」

「あ……そうかもしれませんが、王都では無理ですわ」


「王都以外も行ってみたいよね?」

「……」


 なんだかポカンとしているな。


「……でも俺は貴族をやるよ。レガデューア家のみんなが好きだから。領地は断るし、パーティは逃げちゃうかもだけど」


 おどけて言ってみたけど、ラヴィの口が半開き。


「……私、もしかすると、とても狭い世界にいるのかもしれません。王都を出るとか、貴族をやる、なんて考えたこともありませんでしたわ」

「あー……ちょっと失礼な言い方だった?」


「いえ! あ、その……そんなことはありませんわ」


 コーヒーが来て、少し間があく。

 その間もラヴィはジッとこちらを見て考えているみたい。


「ユイエルさん、ほかにもしてみたいことがありますか?」

「あー……ラヴィは、海見たことある?」


 なんだかラヴィの赤い瞳がキラキラしだした。


「いいえっ」

「たとえば、ドラゴンの背中に乗ってさ? 海とか大陸とか、見るのどう? こう、風を受けながら飛ぶんだ。魔法で飛ぶのって難しいよね?」


「まあ……それはでも少し怖いですわ」

「そうかな? 万が一落ちてもなんとかなりそうだよね? 聖域の上にだって乗れるし」


 ラヴィは息を飲んだ。

 まあ、実際落ちたら怖いかも。シリュウは落ちる前に助けてくれるだろうけど。


「…………火属性では、無理ですわ」

「そんなことないと思うけどな? それに、役割分担でいいよね?」


 くしゃっとラヴィの表情がくずれる。そしてポロポロと涙がこぼれ始めた。

 ……なんで!?


「え、ご、ごめん? なになに、どうしたの!?」


 え、まじでどうして。浄化すべき!?


「……火属性は、役立たずでは、ありませんか?」

「あ、ありません! ラヴィがいつもご飯あたためてくれるの助かるよっ。モンスターだって率先して倒してくれるし!」


 なんか笑い泣きみたいな表情。でも泣きやんでくれない。


「……ラヴィは、火属性は役立たずって言われて育った?」

「そんな、はっきりとは、言いませんわ……でもわかります。私、諦められているのですわ。きっと髪の色を見た瞬間から、父にも母にも、諦められているのですわ」


 そんな馬鹿なと思う。

 けど『聖女』が望まれる家だからな。火属性のみなら『5英傑』は絶望的か。

 上位貴族が嫁に欲しがる属性ランキングとかありそうだし。


「俺、空を飛べるとしたら火属性だと思う」

「……え?」


「ほら、あったかい空気は上にいくよね? だからさ、大きな布を作ってその中の空気をあたためれば、飛べるよね?」

「……」


 ポカーンってされてる。ですよね。気球なんて見たことない。

 でも涙が止まったからよし。


「べつに魔法じゃなくてもさ? ラヴィは勉強教えられるし、役立たずなんてことはまったくないよ。なにも諦める必要なし!」

「……はい!」


 まだぎこちないけど、笑ってくれた。ホッと息をつく。

 それから気球やドラゴンの話をして寮へ送る。


 俺は本気でシリュウ島バカンス計画を立て始めた。


 ヒタチとノーマンは、国境のモンスターを倒して加護レベルが上がっている。ヒタチがノーマンに倒し方を教えていたのだ。


 まずは壁を作って大型船を隠そう。その過程でノーマンの加護レベルも腕も上がるはず。

 ワープ遺物を運べる広い地下道を一緒につくろう。

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