第48話 〈聖杖〉さん

 早朝。

 杖で知恵の輪みたいなことをするはめになっている。


『大きさはちょうど入りそうじゃがの?』

『うーん……』


 島に簡単な港を造り、ドロップの水晶だけを寮まで持ち帰った。遠くて大変だった。

 ピンポン玉くらいの水晶球だ。


 杖の形状は、長さや太さは違えど〈聖剣〉さんの柄と鍔にそっくり。そして刃がある部分には球状の物体。球状物体と鍔の間には、翼のような見た目の支えがついている。


 この球形物体の部分、いろんな方向を向いたアルファベットの「C」が重なったようになっていて、中に水晶球が入りそう。


 イメージぶち壊しな言い方をすれば、現在俺は泡立て器みたいなもの中に水晶球を入れるのに苦戦している。


「……入りそうで入らない。押し込んだら折れるかな?」

『えい』


 フヨッと俺の両手を包むように実体化触手が2本来た。

 と思ったらギュッと押された。

 ポコンと急に抵抗がなくなる。


「ちょっ……」


 ……無事だ。入ってる。


『まどろっこしかったんじゃろ』

『壊れたら嫌じゃん。でもありがと。ほかにどうしようもなかった……完璧な見た目。でもなにも起こらないな?』


 そっと魔力を放出してみる。

 あ、なんとなく手応えあるかも。遺物アーティファクトに魔力を込める感覚に似ている。


『扱いが丁寧すぎるのではないかの? ほれ、もっとガッといかんか』


 わ、わかってるよ、お母ちゃん。

 ふざけたらフヨフヨから楽しげな波動が。


『フヨフヨ、お父ちゃん』

『なんじゃ? 妾が母かの?』


 フヨフヨ、バラさないで?

 そんなくだらないことを言い合いながらも、魔力は送り続ける。徐々に増やしていく。


 ……なんか、水晶球が白っぽく光りだしてない?

 あたたかみのある昼白色。そういえば〈聖剣〉さんも光を放っていた。


 触れてみても熱をもったりはしていない。まだ大丈夫かな?

 ふと思い立って回復。


『……いまなんか手応えあったかも』


 ほんのかすかなもので定かではない。回復は本来、生き物でなければできない。


浄化ピュリフィケーション回復ヒール


 手応えが増したかも。

 なんかキレイだな。太陽みたいに見える。覆いの部分がプロミネンス。

『聖者』の紋章に見えてきた。支えている翼も似ている。


 どっかにもう1本、杖がありそう。だって『賢者』の紋章が杖だ。

 見た目もこの杖に少し似た意匠。

 羽ペンと旗は微妙かな。『宰相』と『元帥』の紋章。こっちは宝石があるような意匠じゃないし。


『あ、魂』

『えっ?』

『これフヨフヨ、触ってはならぬ。ユイエル、名付けよ』


 フェネカは触ろうとするフヨフヨを止めてくれたみたい。

 名前は考えてある。むかしやっていたゲームから拝借。もとは神話かなにかのはず。


『カドゥケウス』


 繋がった。


『……カドゥケウス?』

『……』


 あわい歓喜の波動が来た。


『まだ喋れない?』

『……』


 肯定の波動っぽい。


『光を抑えられる?』


 肯定の波動が来て、途端に光がおさまった。


『……授業に持ってっちゃおうかな?』

『うん。ユイエル、朝食食いっぱぐれる』


 もうそんな時間か。急いで支度。

 カドゥケウスを持って食堂のカウンターへ。


 アンナさんがいる。チラッと見て、あわてておばちゃんを見る。アンナさんを見ると思春期が暴れだしそう。


「えーと、ベーコンエッグとご飯と味噌汁で」

「あいよ」

「……ユイエルくん、その杖は?」


 アンナさん目ざとい。

 やめて、近付かないで。声出さないで。


「あ、き、気がついたらそばにあったっ」

「今晩、お話を伺いに行きます」


 ささやかれた。

 ……こんちくしょー!

 思春期がっ。このエロハニトラ要員め。

 調理中のおばちゃんをガン見。鎮まりたまえ。


 じりじりしながら待ち、朝食を受け取ってカサカサと逃亡した。



  ◆◇◆



 終業式の朝。

 2年生初の期末試験は、何事もなく終わった。

 いまは結果を見に行くところ。


 最初の筆記は、スッキリ気分で受けられた。アンナさんに感謝しないといけない。

 カドゥケウスは気づいたらそばにあったで押し通した。


「あっ」


 片足のない方を発見。

 許可をもらい、カドゥケウスを両手で持って祈る。


再生リジェネレイト


 すると不思議なことに、魔力はカドゥケウスの先端に向かう。

 結果はいつも通り。にょきにょき。

 お礼を言われ、ふたたび体育館へ向かう。


 カドゥケウスから歓喜の波動。なんとなくだけど、伝わってくる意思がだんだんと強くなっている。それに、魔法の威力も増してきている。


 体育館のある建物に入ると、やっぱり人だかり。

 試験は2位から5位くらいを狙った。『聖者』の称号をもらっておいて、ほかの聖属性に負けたら立つ瀬ないかなって。

 結果はどうかな?


  1位 クラウス・フォン・アツェランド

  2位 ユイエル・レガデューア

  3位 ミリー・フォン・エスターライヒ

  4位 ラヴィ・フォン・ヴァイス

     ︙


 まじか。

 あぶな。ミリー頑張りすぎでは。


  1位 1802点 無属性

  2位 1788点 聖属性

  3位 1784点 聖属性

  4位 1771点 火属性

     ︙


 しかも僅差すぎる。

 抜かれたからといって、どうってことはないだろうけど、ミリーには抜かれたくない。カッコ悪い気がする。部長として教える立場だし、いちおう婚約者だし。


 それになにより、他の貴族がミリーを『聖女』にとか言い出しかねない。俺よりもミリーに面倒事がきそう。


 これはもう諦めて学年代表をやるしかないか。なにをさせられるのかクラウスくんに聞こう。


 体育館に向け歩き出しながら考えていると、視界に銀髪のたてがみが。

 マックスが突っ立っている。なんか遠くを見てたそがれてる?


 向かうと、すーっと静かにこちらを向いた。目が死んでるんだけど。

 どうした?

 マックスは緩慢な動きで腕をあげ、無言で成績の貼られた壁を指した。


 Bクラス上位の位置。

 ああ、上がれなかったかな?

 見れば2位にシェキア、3位にマックス。それから8位にトーニ、10位にエマ。

 シェキアに抜かれたのが悔しいのもあるかな。


「マックス、まだ2年の1学期だよ。結果より、つぎのためにどうするかが大事」

「……そ、その通りでござる!」


 目に光が戻った。


「ユイエルどの、かたじけない! つぎこそ、Aクラスでごさる!」


 口調は治らない。諦めている。

 背を軽く叩いて一緒に体育館へ向かう。


「成績表みて対策しよう。苦手な教科ある?」

「国語と馬術でござるか……Bクラスは馬がたびたび変わるでござる。Aクラスになれば固定でござろう?」


 あー。ディープとはもうツーカーだ。そうでなければ俺も苦戦したかも。

 それにマックスは身体強化が苦手だ。運動音痴なのかも。


「俺も考えてみるよ。じゃあ、部活で」

「かたじけないでござる」


 マックスはカドゥケウスに目を向けたけど、なにも言わずに離れていった。


 退屈な終業式を終え、ホームルームで成績表を受け取って、ミリーを褒めながら部活へ向かう。

 ミリーも、チラチラとカドゥケウスを見る。でもなにも言わない。


 教室に入ると、Bクラスの4人はもう来ていた。


「ユイエル! あたしBクラス2位! すごくない!?」


 シェキアは満面笑みだ。今朝のマックスとは真逆。

 最近、シェキアはプラチナブロンドの髪をハーフアップにしている。

 どんどんかわいくなっていく気がするのは、俺の目にフィルターがかかっているんだろうか。


「すごいね。もう眠くならなくなった?」

「眠くはなるよー! でもでも、なんか我慢できるんだよね!」


 シェキアもカドゥケウスを見たな。

 席についてみれば、4人とも明るい表情。

 すぐに、クラウスくんとラヴィも来た。


 次に来たのはカレン先生。挨拶のあと、入部希望者はいないと言った。


「先生、入部希望断ってます?」

「いえ、教師陣には定員に達していると通達してあります。部活リストにも書いてあります。でなければ多すぎて選別も難しいでしょう」


 来ないようにしてくれてたのか。正直これ以上増えても目が届かなくなるから助かる。


 それに、3年からは自分でチームを見つけることになると今日聞いた。チームA1ではなくなるのだ。6人から10人で組まなければならない。


「3年になったら、この部でチーム組まない?」

「やった! あたしもそれがいいって思ってたんだよ!」


 みんながうなずく中、クラウスくんがまっすぐこちらを見ている。


「そのためには、全員がAクラスになる必要があるだろう」

「なるでござる!」

「うん! 絶対なる! あと2回試験あるし!」


 ガラッとドアがあき、ギーゼラがはいってくる。挨拶を終えて、俺の隣に座る。

 簡単にここまでの流れを説明。3年からのチームに同意をもらえた。


 ふたたびクラウスくんが口をひらく。


「近接が足りなくないか?」

「ギーゼラだけで余裕じゃない? 感知は、クラウスくんとマックスもできるし」


 マックスは目が泳ぎだしたけど。


「……おまえは?」

「内緒にしてたけど、感知はできるよ。でも誤解しないで欲しいんだ。近接戦闘は無理。だからなるべく内緒にして欲しい」


 みんなやっぱりって表情。


「……近接が足りないなら、ロンを誘うか?」

「あ、いいね。それでぴったり10人だ」


 うなずいたギーゼラは、俺の膝にあるカドゥケウスに気づいた。

 ジッと見て固まっている。

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