第38話 急報

 遅くなった朝食を終え、ディープに揺られて図書館へ向かう。

 すると、フヨフヨから淡い警戒の波動が。


『フヨフヨ?』

『……王城に駆け込んだ騎士、いる』


『ど、どこから? 父様は無事?』

『北から。西は動きなし』


『……賢者さまを探して!』


 肯定の波動が4つ。

 頼もしく思いながら、ディープに指示をだす。王都側の門へ。


『妾がいく。フヨフヨはユイエルのそばにおれ』

『うん。眷属2体、派遣』


 そうこうするうちに、ポケットで遺物アーティファクトが振動。『聖女』さまから受け継いだものだ。


 誰かが大怪我をしたことで、俺が王城に呼ばれている。


 ……こんちくしょー。今後はこれを一生作動させないのを目標にしてやる。これが最初で最後の作動だ。

 速度を上げる。


『駆け込んだ騎士の報告。賢者重傷、馬車で王城に向かってるって』

『見つけて、魂でたら戻して!』


 こんなに早く『賢者』さまに離脱されては困る。俺はまだまだこれから成長するのだ。加護レベル上げ狩場も見つかった。それに『賢者』さまには恩もある。


 門に着くと、あわてて『聖者』の紋章を出す。

 門番に突き出しながら言う。


「王城へ行きます!」

「はっ……少々お待ち下さい。いま護衛を!」


 言われて外の危険を思い出し、聖域を使う。俺とディープを包むように。


 門が開かないのを苛立たしく思う。焦りで、まずアストラルボディで行くべきだったかとも。けど戦場には、いるはずなのだ聖属性の使い手が。


『おった、無事じゃ! 息をしとるの。白髪のおなごも乗っておる。もとは酷い火傷のようじゃ』


 よかった。

 いや、よくない。欠損で離脱したってことだ。

 火傷で欠損って、火魔法を受けたのか。なんでだ……少なくとも俺はもう避けられる。

 火魔法は雷や風ほど速度は出ないはず……。


『……16歳くらいの黒髪の男の子、いない?』

『おる。息はしておるし5体満足に見える。意識はないようじゃ』


 てことは魔力切れ?

 違うか、魔力回復もマナポーションもあるよね?

 でもたぶん、『賢者』さまは息子をかばったんだ。

 それより、ふたりとも帰ってくるってことは……。


『シリュウいる?』

『我は馬車の上空だ』


『北の戦場を見てきて欲しい。フェネカは馬車にいて』


 ふたりから肯定の波動。


『ヒタチもいるの! なんでも頼むの!』

『ありがとう。いまはフェネカといてね』


 そんなやり取りをするうちに、ようやく護衛がそろう。

 眼球を治した大隊長とカレン先生が来て、俺の前につく。簡単に頷くだけの挨拶をした。

 護衛はそのほかに4名。

 門があいていく。

 横に来た護衛がこちらを向く。


「『聖者』さまは魔力を温存してください」

「大丈夫です」


 聖域は解かない。以前襲われているから念の為。

 大隊長とカレン先生に率いられ、王城へ急ぐ。


『シリュウ、どう? 騎士団は無事?』

『どうやら砦に籠もったらしい。囲まれておる』

『……ラングオッド王国内の砦だよね?』


 フヨフヨから肯定の波動が来た。眷属の1体は、シリュウについていったらしい。


 それはつまり、敵国に入られている状態ということだ。略奪される前になんとかしたい。

 けど、人を襲わないと決めているシリュウに人を襲わせるのはなし。

 フェネカに頼むのも最後の手段だ。


 だんだん腹が立ってきた。なんで殺し合いなんてするんだ。ほかに楽しいこといっぱいあるでしょ?


『……もう、王城につきそう。そっちは?』

『まだ王都の外じゃ』


 王城に裏から入る。ここまでの門同様、カレン先生の顔パス。きっとアンナさんも顔パス。服装入れ替わったら区別つかないから。


 通されたのは、北門に近い別館。というか離宮だった。

 案内の騎士は、『賢者』さまが来るので待ってほしいと言った。


 中に入ったのは俺とカレン先生だけ。

 騎士や護衛の警備員は外に残った。安全を確認し、聖域を解く。


「……カレン先生、なにか知ってることあります?」

「いえ、呼び出しを受けたのみです。『賢者』さまになにかあったのでしょう」


 どうやらカレン先生も俺が持っているような遺物を持っているらしい。


 うなずいて待っていると『元帥』が来た。聖属性の使い手と思しき女性をふたり連れている。簡単な挨拶を済ます。


『賢者』さまを乗せた馬車は、貴族街にはいったところ。フェネカから報告が来ている。

 幸い、北の砦は膠着。こっちはシリュウから報告が。


 どうやったら戦争をなくせるだろうか。

 始皇帝、じゃなくタリルエス帝国の皇帝は、大陸を統一すれば戦争はなくなると信じている。

 けど、俺は信じられない。だって中華は始皇帝が統一したあとまた分裂してるからね。


 国境に壁は……。公国は狭いし砂があったから短期間でいけた。けど、砂はこれ以上使えない。

 ほかの国境には山もある。土砂崩れは固めて防ぐとしても……。


 距離が……万里の長城を俺とお供たちだけで作れと。それには、もっと加護レベルが欲しい。魔力も欲しい。


 1度で出来るのがせいぜい10メートルじゃ、いったい何年かかるか。

 その間に階段を作るとか対策されてしまう。はしごなら、うちの火力担当フェネカさんがサクッと燃やしてくれるんだけど。


『聖者』の立場を使ってなんとか出来ないかな?

 いまの俺の立場はまだ確立されていない。疑われているから『元帥』は聖属性の使い手を連れてきたのだろう。


 まず『賢者』を治して、味方につけたい。おそらく11歳の言うことをまともに聞いてくれる人は少ない。けど『賢者』さまには、『聖者』になるときに同意してもらっている。同い年の息子クラウスくんもいるし。


 馬車の音が聞こえてきた。フェネカとヒタチからの知らせも。


 騎士たちが運び込んでくる。『賢者』親子のふたりは、担架のような小型のベッドに乗せられている。ストレッチャーに近いか。車輪ないし低いけど。


「回復を頼みます、『聖者』どの」


『元帥』が言い、『賢者』の毛布をめくる。

 うっ。声こそ我慢したが『賢者』さまは酷い状態だった。

 右腕はなく、右の脇腹がごっそりとえぐれたようになっている。

 無理矢理に皮膚を伸ばすようにして止血してあるらしい。

 よく、これで生きていると思う。


 俺は大きく息を吐き、両手を組んでアストラルボディの腕をずらす。


再生リジェネレイト!」


 内蔵的には、肝臓と大腸だろう。肺もか。

 それから肋骨。

 みるみる元通りに。


 小さな驚きの声が上がった。

 騎士が、聖属性の女性ふたりが、以前にも見たはずの『元帥』が、どよめいている。


 念の為だ。


回復ヒール


 これで健康診断オールA。ついでに浄化。


『賢者』さまの手が動き右の脇腹を探る。意識がもどったらしい。

 次いで目があいた。


『元帥』が、ガバッと乗り出すように『賢者』さまを覗き込む。


「『賢者』どの! いったい北でなにが!?」

「……私のミスだ。そのまえに」


 むくっと上体を起こした『賢者』と目が合う。


「『聖者』どの、感謝します。まだ学生の『聖者』どのの手を煩わせたこと、『賢者』として汗顔かんがんの至り」

「……いえ、称号をいただいたからには、学生であることは関係ありません。ご無事でなによりです……その、息子さんに怪我はないようなのですが……」


 息子の方のストレッチャーモドキは、少し離れた位置に置かれている。まず『賢者』を治せという意味だろう。


「……ニコラスが殺した者の親がな、執拗にニコラスを狙った。呪詛の言葉を吐きながら」


 うわ……。

 ニコラスというのは、息子の名だろう。クラウスくんの兄だ。

『賢者』は苦しそうに続ける。


「ニコラスは突然気を失ったように思う。なにをしても目覚めなかった……ニコラスは初陣だった」


 それは、俺なら魂でてる。そのまえに殺せないけど。


『……フヨフヨ、ニコラスくん、魂、はいってる?』

『はいってる』


「回復してみます」

「頼む、『聖者』どの」


 どう考えても精神的なものだろう。


浄化ピュリフィケーション


 俺は無言で祈った。

 忘れられないだろうけど、悩まなくていいように、よどんだ感情は全部取り除く。清浄になれ。


 手応えがなくなっても目覚めない。

 回復も使い、不安になって軽く肩を揺する。


「う……」


 よかった。目があいた。


「ニコラス!」


『賢者』さまが駆け寄った。

 いつの間にかまともな軍服を羽織っている。


「……父上?」


『賢者』は、大きく息を吐いた。そしてパッとこちらを向く。


「『聖者』どの、ありがとう」


『賢者』は頭を下げた。

 息子ニコラスくんは、いぶかしげ。


「父上? その子どもは?」

「『聖者』どのだ。私どもを回復してくださった。胸に紋章をつけておられるだろう。おまえも礼をしなさい」


 キョトンとしている。まあ、年齢公開してないし。聞いていたとしても実際見たらびっくりするよね。


 しばし間を置き、胸の紋章をガン見したニコラスくんは「ありがとう」と言った。クラウスくんにそっくり。そっくり3人親子だ。


 ニコラスくんはともかく『賢者』は戦場に戻るだろうな……。

 戻って貰えれば助かるし。

 いましかないか。


「『賢者』さま、壁の噂はご存知ですか?」

「ああ、もちろん。みなに聞かれるが、私ではないよ」


「……噂では壊せないそうです。同じものを国境に作れれば、一時的にでも戦争はなくならないでしょうか?」

「なくならない。土を掘り返したり、船を使ったり、様々な方向に向かいはするだろう。しかし、戦争は決してなくならない。大陸を統一したとしても」


「……それでもなくしたければ?」

「同じ考えの者を増やすことだ」


 その通りだと思った。


「……同意、いただけませんか? 戦争を減らしたいとは思いませんか?」

「同意しよう。戦争をなくすことが私の理想だ」


「ありがとうございます」


 それから、用意された食事をとった『賢者』は、戦場へ戻って行った。驚いたことにニコラスくんも。


 俺は諦めず、戦場には出ずに、うらでこちょこちょ戦争を妨害しよう。

 同意者も増やしたい。


『フヨフヨ、まだ眷属増やせる?』

『うん』

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