第36話 春

 11歳になった。

 いまは春休み。土曜の朝。

 てくてく歩いて商店街へ向かう。ちょっと複雑な心境で。


 国境に造った壁は、帝国に攻撃されてもびくともしなかった。

 公国と我が国の交渉は順調みたい。


 下剋上部も順調。

 初期メンバー全員がBクラス。みっちり魔力を増やした甲斐があった。

 部室はBクラス棟に移っている。


 けどね……。

 暗躍している人物がふたり。


 ひとりは、銀髪のメイドさん。

 名前はアンナさん。カレン先生の姉。最近はよく会話もする。無表情が多いんだけど、たまに笑ってくれる。


 ベンチに座る人物が視界に入る。

 片足の膝から下がない。服装的には、事務員さんかな?

 挨拶し、許可をもらって再生。お礼を言われてまた本屋へ向かって歩き出す。


 こんなことは頻繁にある。

 アンナさんが暗躍しているから。俺は治療を必要とする人を探す必要がなくなったのだ。

 これには感謝しているんだけど……。


 で、本屋のまえ。もうひとりの暗躍している人物は……。


「シェキア、おはよう」

「ユイエル、おはよ!」


 身構えたまま、いつもの喫茶店のいつもの席へ。

 誰もいない。ホッとした。

 今日はふたりきりみたい。


 いままでに、なぜかラヴィ、ミリー、エマと遭遇し、そして前回はこの席にギーゼラがいた。


 偶然を装っていたけど、絶対にシェキアが暗躍している。絶対だ。

 アンナさんと話しているところも見たし。タッグ組んでる。


「シェキア? 部員の女の子と遭遇させたのはなんでなの?」

「みんな喜んでたでしょ?」


 ……たしかに、喜んでいるようには見えた。

 でもそれは理由になっていない。


「なんでなの?」

「あはははははは。イヤだった?」


 ごまかされないぞ。


「なんでなの?」

「……ごめん。婚約者になるって話したあと、すぐカレン先生に相談したんだよね。そしたらアンナさんを紹介されてさ」


「……なんでカレン先生?」

「なんとなく? 頼りになりそうだからかな」


 諜報員だと思ったわけじゃないみたいだけど、シェキアの洞察力は高い。あと、コミュ力と行動力も。


「でねでね? ……5人とも側室にして! ユイエルならなんとかなるなる!」

「ならないから……」


 ……ん?

 5人?


「シェキアも側室なの?」

「そう! 平等でしょ?」


「そんなことできる?」

「『聖者』さまはなんでもできる!」


「……シェキア、アンナさんに騙されてない?」

「あたしは自分で考えたよ。『剣聖』さまには、ユイエルしか子どもいないし。そのユイエルは『聖者』。あたしひとりじゃ荷が重いよね?」


 血筋か……そんなこと、考えなくていい。

 けど、これはシェキアだけの価値観じゃない。俺がズレているんだ。


「もし、俺が平等に振るまえなかったら?」

「ユイエルは、こう……気持ちがスカッとする魔法、使えるよね? 内緒にしてるけど」


 もともと小声だけど、さらに小声に。

 ……浄化にも気づいてたのか。


「……あれは精神面の成長にあんまり良くないかと思って、若い相手にはひかえてる」

「将来もし、どうしようもなくなったら、使ってくれる? あたしは、なるべくどうしようもなくならないように頑張る」


「……考えてみるよ」

「ユイエル、考えないで開き直ってみて? たまに開き直るよね?」


「……まあ、そうかも?」

「5人とっかえひっかえだよ! 男のロマン!」


「誰の入れ知恵なの? アンナさん?」

「あはははははは! 正解!」


「ひょっとして『剣聖』のひとり息子に産まれた時点で開き直るしかない?」


 ほんとうは産まれたんじゃなく憑依したんだけど。


「それそれ。あたしもユイエルをー……好きになっちゃった時点で開き直るしかなくてさ!」


「好きになっちゃった」のとこだけ小声。なんかパタパタ手を動かしている。

 子どものかわいさから、女性のかわいさに進化してきてる。

 この子と将来、普通に恋愛したかった気もする。複雑な気分……。


「……逆方向に開き直れなかったの?」

「次代の『剣聖』や『聖者』が空席でもいいやって? 考えてはみたよ。でもあたしエマも好き。ギーゼラもサバサバしてて結構好き。ラヴィはちょっとエマに似ててお姉さんみたい。ミリーは、ユイエルが好きすぎて泣くくらいじゃ済まなそう」


「……ミリーさんは、どうしてそうなった?」

「神々しいって。ユイエルさまの背中に翼が見えたんです! って言ってたよ。たぶんひとめ惚れ?」


「余計にわからなくなった」

「あはははははは。思い込みが激しいタイプだよねっ」

「不安なんだけど」

「ミリーは、そばで見ていられれば幸せーって感じ?」


 ……どうなるにせよ、どこかでもっとコミュニケーションをはかろう。不安だ。席近いだろうし。

 俺の成績は学年3位だった。1位クラウスくん、2位ラヴィさんだ。


 そのまえに、アンナさんをとっちめたい。やつが主犯だ。

 護衛だと思っていたけど、たぶんもっと複雑な役割な気がする。諜報員だし。


『ユイエル返り討ちにあう』

『え!?』

『大丈夫。味方』


 味方に苦情を言うだけで返り討ちってそれどういうこと?

 心にグサッとくること言われるのかな。気をつけて問いただそう。


 なんだかんだシェキアと楽しく遊んで帰った。

 そして夕飯と風呂を終え、さて遺跡探し。と、思ったらコンコンとノック音が。


「はい?」


 開けると、メイド服姿のアンナさん。

 ちょうどよかった。いや、ちょうどよすぎる。機会があれば苦情を言おうと思っていたら来るとか。


 アンナさんは、辺りを気にする素振り。


「少し、よろしいですか?」

「……」


 小声だ。

 とりあえず部屋に招き入れる。


 そして、もうこれが大失敗。

 アンナさんは、一瞬でメイド服を脱ぎ落とした。


 俺は意味がわからなすぎてフリーズ。

 薄手で長めのキャミソール姿が目に焼き付く。ボンキュッボンってこの世界の若い子に伝わる?

 次の瞬間には、ベッドに押し倒されていた。


『フヨフヨ!?』

『大丈夫。味方』

『妾たちは屋根の上にいっておるぞ』

『わっつ!?』


 返り討ちってこれ!? まだなにも言ってないのに!


「な、なんのつもりですか!」

「ハニートラップの予行演習といったところでしょうか」

「不要です!」


 アンナさんは妖艶な笑みで俺のパジャマを脱がせにかかった。

 11歳だよ!?


「お気づきでしょうか? ユイエルくん、わずかですがお声が低くなってきました」

「……」


 いや、顔に豊かなやわらか物体が乗っていて返事できません。

 ……抵抗もできません。


 よく寝るからか、それともマイボディが欧米風だからか、ちょっと成長早い気はしてたよ。

 でも、ただでは負けない。


「ぷはっ、アンナさん、シェキアに余計なこと言ったでしょう!?」

「余計ではありません。将来、重圧に押しつぶされないための助言です」


「……これは、いくらなんでも余計じゃない?」

「ユイエルくんは、誘拐を防ぎましたね? これは防げますか」


 もし、アンナさんが敵だったり、俺が本気で嫌がっていたら、防げるよ。


 フヨフヨは俺の希望というか、願望というか、欲望をわかっちゃってるのだ。


「……ほかにも理由ありません?」

「よくお気づきで。我が国は『剣聖』不在、『聖女』不在を経験しました。ユイエルくんには多くの子孫を残していただきます。5人と言わず、もっと娶ってくださいね」


『剣聖』不在は、祖父のまえにあったことだ。

 父様は歴代の『剣聖』の中でも強い方らしい。父様が後妻を拒否するから俺にしわよせが……。

 ……開き直るか。やわらかいし。



 しばらくして、ぐったりしていたら魂出ちゃった。

 眼下ではアンナさんが浄化魔法を使った。普通に掃除目的のやつ。

 マイボディに布団をかけられてる。


 そして、アンナさんはご丁寧に外から部屋に鍵をかけて行った。

 合鍵持ってるやん。

 ほんと困る……。

 いや、困るというか、後ろめたい。


 あとになって知るのだけど、どこの家でもメイドさんが手ほどきと筆おろしをするらしいよ。学校卒業後に。

 4年も前倒しされちゃった。


『……よし、なにもなかった! 今日こそ遺跡を見つける!』

『じゃが、相当深くまで探したの?』

『ない』


『深くがだめなら、広く。砂漠を越えたら……川?』

『川までは探しとらんの』

『ヒタチもいくのー!』


 海は遠すぎる。

 レスレ王国とウィオブ公国の間にも川がある。

 濁った川。


 ぴゅんと行って川底へ。


『なにも見えない……』


 光魔法を使い、しばらくさまよった。

 突然、フヨフヨから歓喜の波動。


『あった! 空洞!』

『さすがフヨフヨ!』

『なの!』


 感覚を頼りに、フヨフヨの方へ突撃。

 光魔法に照らし出されたのは、コンクリートの下り坂。

 やっと見つけた。

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