第35話 密会

 その日の午後。

 終業式の日と同じく、部活は早めに切り上げる。部のみんなも祝ってくれた。


 ディープを寮の厩舎に預け、なんとなく本屋へ向かう。

 図書館ではなく、商店街にある本屋だ。


 いったん本屋の前を素通りする。

 今日は結構、生徒が多いな。

 ニンジンでも買って帰ろうか。

 八百屋の前を素通り。


 しばらく歩き、本屋へ戻る。

 ……来ないか。

 もういち往復するか。いや――。


「ユイエル、待ってた?」

「シェキア……偶然?」


 偶然ではない。以前に1度ここで鉢合わせて、お茶したことがある。ちょっと仲良くなっとこうかという軽い気持ちでごちそうした。


 シェキアは少し息が上がっている。走って来たらしい。

 俺がここにいるとわかって来たのだと思う。なにも言ってないけど。


 相変わらず吸い込まれそうな瞳をしている。


「ユイエル、元気ないね?」

「そう?」


「そうそう、今日はあたしが奢るよ。いこいこ」

「……いや、俺が出すよ」


 シェキアに手を引かれて、以前と同じ奥まったところにある喫茶店。

 そのいちばん奥にある、半分個室みたいなところ。ここも以前とおなじ席だ。


 メニューを取って俺の前に置くシェキア。


「静かだし、ここ隠れ家みたいだよね。あたし気に入って1回ひとりで来たんだ」

「俺も気に入って何回か来た。八百屋も本屋も近いし」


 店員のおじいさんが来たので、コーヒーを頼む。


「シェキア、甘いもの頼んでいいよ」

「んー、じゃ遠慮なく、ワッフルください。取皿も」


 無愛想なおじいさんは、うなずいて離れていく。


「それで、ユイエルはなんで元気ないの?」

「んー……」


 貴族的な結婚がちょっとモヤッとするからかな。まだ10歳だし。


 シェキアは勉強は苦手みたいだけど、ひとの感情の機微には敏感だと思う。実は頭がいい。

 背も結構伸びていて、まあ女の子って感じだ。


 俺はロリコンじゃないので、べつにそこまで興味があるわけじゃないんだけど、でもたぶん、シェキアを婚約者にと思ってた。


 血筋なんて、まったく考えてなかったな。

 でも『5英傑』になったし……。

 いや、わがままを通そうと思ってなったんだった。


「……シェキアは、婚約者いなかった?」

「いないよ。あたし、両親から見たらダメな子だったからね」


 あっけらかんとしている。

 ポジティブ。黒い瞳はちゃんと前を見てる。


「俺の婚約者にならない?」

「……あ、あたし平民だけど、いいの? 愛人?」


「え、なんで愛人?」

「婚約者はいなかったけど、貴族の愛人にされそうだったんだー、ほんとは。だから逃げちゃった!」


「愛人とかいらないよ。婚約者」


 父様は普通に恋愛結婚している。自分で婚約者を選べとも言われた。


 べつにロリコンじゃないので、シェキアに恋愛感情があるわけじゃない。たぶん。ロリコンじゃないし。

 でも、心臓が口から出そう。


 あれ?

 俺なに言ってんだろ?

 こんなプロポーズみたいなことをするつもりじゃなかったはず。先送りするつもりだったのに。

 いや、でももう言っちゃった。

 早くこたえてシェキア。顔が熱い。


「なる! ユイエル師匠、一生ついていきます!」

「そこでなんで師匠なの」


 なんか笑う。助かった。

 シェキアも笑ってる。


 あー、よかった。よくわからない侯爵令嬢は、俺には荷が重い。側室もいらない。断ろう。


「部員に言っていい? 実は……血筋を狙われてるっぽくて」

「……ユイエル、それは誤解かも?」


「え?」

「ユイエルが好きなんだと思うな?」


「……どこに好きになる要素が?」


 目を見開いて笑うシェキア。


「ユイエルは優しいし、部員を引っ張ってる。ちょっと優柔不断だけど、でも、ちゃんと相談して決めてくれる。ユイエルについていけば、あたしはAクラスも夢じゃないよ」

「……あ、ありがとう」


 中身おっさんなので、そのくらいは当たり前だよね。部長だし。なんか恥ずい。


「あたしにちょっと時間くれる? ラヴィとミリーと話してみるよ」

「うん? ……いや、自分で断るよ。シェキアの名前を出さない方がいいなら、婚約者がいるとだけ言うから」


 部員としか言ってないのに……なんでわかったんだろ?

 それはともかく、さすがにシェキアに丸投げは出来ない。そこまで優柔不断じゃないよ。


「でもさ、想像してみて? ミリーが泣きながら、どうしてもユイエルが好きって言ったら、どうする?」

「……いや、それはなくない?」


 あんまり話したことないし。ちょっと聖魔法を教えた程度だ。


「なくないない。魔法が得意ってだけでも憧れるんだよ。あたしにはユイエルがミリーに泣かれてうろたえる姿が見えるよー」

「そんな馬鹿な。予知能力?」


「あはははははは! ユイエル、女の子はもう女の子だよ。子どもだと思ってるでしょ」

「お……思ってないよ」


「ユイエルは大人っぽいよね。そこも好かれるんだと思うな……あたしも好き」

「……」


 シェキアは、ちょっと照れたような、いたずらっぽい笑み。

 中身おっさんなだけですしおすし。


 俺は結局、すぐには断らないと約束した。シェキアに押し切られる形で。

 納得いかない。なぜ10歳児に口で負けるんだ俺。しっかりしろ。

 でもシェキアも結構、大人っぽくなってきたと思う。



  ◆◇◆



 数日後、深夜。

 ウィオブ公国とタリルエス帝国の間にある森。


 材料は揃った。お供たちみんなのおかげで予想よりだいぶ早い。

 一夜にして壁が出現する予定。


『いくよ! 土魔法 築壁フォーティフィケーション!』 


 高さ10メートルの壁が出現。

 断面は台形。底面は厚さ7メートルだけど、いちばん上は1メートルもないかな。

 けど、表面は防弾仕様。

 1度では長さも10メートルくらい。

 どんどんいこう。でもその前に。


『どうだろ? 身体強化で走って登れそうなんだけど……』

『常人には無理じゃろ?』

『無理』


 ……サラッと非常人扱いを受けたかも。

 登れないならよし。

 どんどん造っていく。

 細い川は橋のようにして上にだけ壁を。流れは変えない。


 ラングオッド王国に10メートルほど飛び出す。

 幸い、戦の痕跡は森付近にはない。


 逆側もちょっと休憩しながら。

 そして森から飛び出す。

 太い街道が見えた。


『誰もいない?』

『……街道に出来たら、どっちも気づく』


 ここは国境だ。街道の両側に関所がある。

 ちょっと公国寄りだけど、帝国の関所からも見えちゃうみたい。そこはやむなし。


 先に川から。

 街道をスルーして大河に入り、あらかじめ立てておいた柱に網状の防壁をつくる。

 船が通れなくなればいいので、高さは2メートル程度。底の方は柱しかない状態に。


 それから、河原に掘っておいた溝に合わせて、フヨフヨがコンクリブロックを積んでくれる。


『ここは見えない?』

『うん』

築壁フォーティフィケーション


 うまく繋げられるかな?

 その前に魔力がまずい。フヨフヨが縮んでる。

 見張りをフヨフヨのしもべに頼み、マジックバッグを壁の上に残し、いったん宇宙。


『満タン』

『よし、仕上げだ!』


 街道とそのまわりを掘り返す。深く。10メートルくらい。

 掘ったところにコンクリを入れ、下をくぐれないように。

 そして、ドン、ドン、って具合に壁、出現。

 つなぎ目をしっかり融合させる。

 壁に接した地面もしっかり固める。


『どう?』

『完璧じゃろ』

『うん』


 壁の上に隠れて待つ。

 まあ、マジックバッグ以外は見えないはずだけど、なんとなく。


 先に公国側からふたり来た。

 口を開けて見上げている。ポカーン。

 ふっふっふ。驚くが良いー。


『悪い顔しとるの?』

『こういうのちょっと楽しいよね』

『ふっふっふっ』


『フヨフヨ? 真似しないで。心に突き刺さるから』

『ごめん』

『楽しいからいいけど』

『どっちじゃ』


 フェネカに笑われた。

 ふざけているうちにウィオブ公国のふたりは急いで去っていった。

 そして、帝国側から4名。


「な、なんだこれ……」

「……まさか、我が国に逆らおうってのか」

「……森まで続いてるぞ。公国に出来るか?」

「まさか『賢者』か……」


 とんだ方向に濡れ衣が……。

 こんな敵国の奥深くまで『賢者』が来るはずないでしょ。


 来れるならとっくに公国は味方だ。

 我がラングオッド王国の上層部は、公国が帝国の言いなりだとわかっている。

 あくどい手を使っていたレスレ王国との和平には時間がかかるが、公国は味方に出来るはず。


『あとは、フヨフヨの眷属に任せていい?』

『大丈夫。知らせが来る』


 もう空が白みだした。帰ろう。

 反応をみて次の行動を決める。


 にしても結局、遺跡が見つかってないな。砂はかなり広範囲から大量に減ってるんだけど。

 どこにあるの?

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