第29話 バカンスに海賊は呼んでない

 大陸最北端の岬に浮き、海を眺めている。

 夏休み8日目。土曜日の午後。


 ここへは、明確な目的があって来たわけではない。

 下剋上部は、やる気に満ちている。やる気がありすぎて俺がげんなりするレベルで。


「明日プール行こう」と言ってみても反対される。おもにクラウスくんに。みんなあまり泳げないものだから、積極的に賛成してくれるのはシェキアだけ。


 あげくのはてに、土日も集まろうとか言い出した。クラウスくんが。

 断固拒否した次第。


 だって放課後だけじゃないんだよ?

 朝から晩までほとんど魔力回復しまくるだけだからね俺。魔力量をごまかすために昼休みを3時間にしたけど。


 ワーム狩りもちょっと飽きた。加護もほとんど上がらなくなったし。


 だからまあ気晴らし含めて遊びに来た。バカンスだ。


 夏休みと言えば海。そんな安直な考えで最北端の岬にいる。

 ちなみに、ここは友好国なので王様チェックはやっていない。


 キラキラの海。

 ちょっとした崖になっていて、波の音も激しめ。心洗われる気分。


 シリュウとディープは遥か上空を旋回している。上機嫌みたい。


 ……ヒタチどこいった?

 フヨフヨとフェネカはいつも通り俺の右後ろと左後ろに浮いている。

 ヒタチはどう考えても海の中だ。


 気軽に海中へゴー。

 アストラルボディなので息継ぎとかいらないし、よく見える。


 ヒタチ発見。

 なんか海藻になついてる。


『……波で不規則に動くのが楽しい?』

『楽しいの!』


 ヒタチは、樹のお世話が一段落したからか、だいぶ自由に遊んでいる。木箱のどんでん返しもお気に入り。


 そういえば海の中はあまり探検していないな。

 なにか面白いものないかな?


 しばらく探検。

 船の残骸らしきものがある。でもお宝なんかはなし。ボロボロ過ぎてそこまでワクワクではない。


 明らかにモンスターっぽい魚もいる。けど、あまり強くなさそうなので加護レベルの足しにはならなそう。


 フェネカは海の中でも関係なくモフモフ。フヨフヨとのサンドイッチになって漂う。アストラルボディなので海の流れは感じられないけど。


 海から飛び出し、ぐるっと見回す。

 ……崖が見えない。迷った。

 少し上空へ。


 すると大きな帆船が見えた。

 ぴゅんと近づく。

 風を受け膨らむ帆。ぐんぐん波をかき分けて進んでいる。カッコいい。


 これ、ラングオッド王国の船だ。

 見慣れた旗がなびいている。

 ついていこう。どこか大きな港につくはず。貿易船かな?


 帆柱のてっぺんに立つと、ヒタチがやってきて俺の頭に立ったみたい。歓喜の波動。

 シリュウとディープも降りてきた。


 フヨフヨの触手が進行方向を指す。


『小さい船、9』

『……え? こっちくるの?』


『うん。武器もってる』


 せっかくのバカンスに武器とかいらない。

 ちょっと見に行く。


 ……漁船?

 ボートよりは大きいかも。帆が1枚で、オールもついてる。


 ものすごく人相の悪い不健康そうな男が、6人から8人ずつくらい乗ってる。

 しかも抜身の武器を持ってる男もいる。海賊?


 先頭の男が縄をくるくると振り回しはじめた。縄の先にはカギ状の物体。9そうすべてにいるな。


 狙いはどう考えてもラングオッド王国の船。ぐんぐん距離が近づいている。


『火祭かの?』

『いや、俺に任せて?』


 カギ縄が投げられるタイミングを見計らう。全部いっぺんに防ごう。

 帆船を覆うように……。


シールド!』


 聖属性の聖域サンクチュアリより、無属性のシールドの方が魔力消費が少ない。

 内側から攻撃はできないけど。

 カギ縄が全部海に落ちたところで解除。


 海賊たち、びっくりしてるな。それにしても不健康そう。なんか血が出ている人もいる?


「漕いで寄せろ!」

「へい!」


 えー? 諦めないみたい。

 ……本格的な戦いになる前に座礁してもらおう。

 軽くぶつかる程度でいい。


『慎重に……シールド


 海面より下に、坂道のように9枚出し、行く手を阻む。

 どんどんシールドに乗り上げるが、衝撃で壊れる船はない。上の男たちは転ぶ程度。

 上手くいった。ひとまとめに寄せるか。


 帆船の進む路をあけるように、シールドを操作。海賊船を滑るように動かしてみる。


『帆船、魔法4』

『うっ……シールド


 10枚目の盾を射線上に。

 魔力は平気だけど、頭の中はちょっと混乱。

 船が密集してるし、俯瞰ふかんしてるからギリギリなんとかなってる。

「俺に任せて」とか言っちゃったからだろう、お供たちは見守ってる。いまさら泣きつけない。


 帆船から無属性と風属性の魔法が発射され、シールドにあたったみたい。

 見えにくい魔法、見えない魔法はちょっと怖い。


 戦わないで欲しいんだよな。

 ……なんだか以前戦場を見たときよりも落ち着いている自分がいる。

 まだ誰も攻撃を受けていないからか、それとも人型モンスターに慣れたからだろうか。相変わらず攻撃したことはないけど。


 やがて帆船は通り過ぎて行った。

 ホッとしてシールドを全部解除。やっぱり大事な荷物のある貿易船だったかな。

 あまり速度を落とさなかったし、本格的に戦う気はなかっみたい。


 海賊たちは呆然と座り込んでいる。

 ……なんでこんな不健康そうなんだろう?

 あれかな? 昔の海の男がかかる病。ビタミン不足。どのビタミンだったか覚えていないけど。


 助けたいけど、物騒なもの持ってるからな……。

 武器を全部海に落としたら、魚に悪影響ある?

 マジックバッグは部屋に置いてきた。だいぶ慣れたけど物を持ち歩くと移動速度が落ちるから。


『……シリュウ、武具の目利きできる?』

『それなら得意だ』


『この海賊たちが持ってる武器って安物だよね?』

『ほとんど青銅に見えるが……しばし待ってくれ』


 シリュウは飛び回って確認している様子。


『まともな鉄製もない。装飾もない。安物のみだ』

『生きてる武器もない』


 フヨフヨが付け加えてくれた。

 ……ちょっとやってみたい魔法がある。


 砂漠で鍛えた俺の土魔法の威力、とくとご覧あれ。


『土魔法 風化ウェザーリング!』


 武器狙いで、まずは1艘分。

 海賊たちの武器がボロボロと崩れ、残骸が船に積もる。武器は柄だけになった。


 これは本来、大きな石とかを粉々にする土魔法。

 粉々までいくと海を汚染しそうなのでボロボロ程度におさえた。

 武器には初めて使った。いちおう鉱物だと思って。

 でも消費魔力多すぎ。


 火魔法で溶かした方が効率良さげ。でもやったらたぶん船が燃える。

 フヨフヨヘルプ。

 魔力をもらい、続ける。


『……ふう。フヨフヨありがと。もう武器ないかな?』


 フヨフヨとシリュウから、なさそうだというこたえ。貧乏海賊で助かった。


 海賊たちの中から「タタリだ」とか「お許しください」なんて聞こえてくる。泣いている人もいる。


 では、本領発揮しよう。

 回復、浄化は、宇宙でも散々使っているから得意だよ。


 ビタミン、ミネラル、ちゃんと取って?


回復ヒール!』


 全員いっぺんにいけた。

 魔法のウデも魔力量も着実に成長している。


 それから、船を動かす技術があるなら、漁師でも目指してみて?


浄化ピュリフィケーション!』


「……あ、あったけぇ」

「神様……」


『なんとか生きて行けそうかな? 港に戻ったらお縄だと思うけど……』

『そこまで重い罪にはならんのではないか? なにも戦利品を持っとらんようじゃし、武器が柄しか残っとらんからの』


 たしかにー。そこは考えてませんでした。

 前科の有無はわからない。どこかに根城島でもある?

 けどそれは衛兵に任せよう。ここは遠い異国だ。


『……フヨフヨ港どっち?』


 フヨフヨの指す方へ海賊たちの船が向かうよう、海面に風を起こす。


『主、それは我がやろう』

『ありがとうシリュウ。なるべく海を汚さないようにお願い』


 魚は好物。特にホッケ。たしか寒いところで取れる魚だったはず。ここは最北の地。


 港に着いても、しばらく海賊たちは呆然としていた。

 そして、みずから衛兵の詰め所へ詰めかけた。海賊たちの口から「衛兵さん!」ってやたら聞こえたのでたぶんあってる。


 一件落着かな。

 武器を風化してみて思ったんだけど、出兵しそうな敵国の武器庫から武器を全部盗んだらどうなるだろう?


 ……風化は平気なのに、窃盗には抵抗がある不思議。

 問題は……戦争だけでなく、モンスターが存在することか。

 日本のように武器の所持自体をなくすことはできない。いや、日本だって猟銃はあった。

 武器がなくなったとしても、魔法もある。

 ……武器の生産で儲けている敵国が潤っちゃうかも。


 むずかしいな。「自由には責任がともなう」って誰かの名言を思い出した。


 宇宙でまったりして、マイボディに帰る。


 月曜日は朝から、はじめての部室外部活だ。Dクラスの部員も入ることのできる森で。

 剣での物理攻撃は禁止にしてみようかな。

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