第30話 フヨフヨの一言で、ちょっとしたターニングポイント

 夏休み10日目。月曜日の朝。

 今日は部活の遠征だ。


 Dクラス3人の馬を借りるのにちょっと手間取った。レンタル料は部費から。


 2学期の部費は多そうだな。

 Aクラスが4人も増えた。Aがひとり頭5万、Cが3万、Dが2万。

 もしかして34万ゴールド。多すぎ。


 でも、平民ズのポーション代を全部出すには足りないか。ギーゼラは週に20本買えるはずだから。

 使い道の相談もどこかでしよう。


 ディープにまたがり、カレン先生に率いられ門へ向かう。

 王都側の門ではない。行くのは外だ。

 校舎からはだいぶ遠い。


 馬術はみんな大丈夫そう。

 徐々に速度をあげ、門に到着。


 門番以外に、馬をともなった警備員がふたり。

 そのふたりにカレン先生が挨拶した。

 護衛がふたりは少なく感じたけど、やたら強そう。


 片方は眼帯。もし眼球の欠損だとしたら珍しい。

 しかも大隊長を名乗った。


 ……どっかで治せないかな?

 学校の職員さんには、それなりに欠損のある人がいる。たぶん欠損で引退した騎士とかが警備員になってる。

 でも治すと騒ぎになりそうで、まだできていない。


 ふたりとカレン先生だけを護衛に門を出る。

 ワープせずに出るのは初だ。


『……ごめんフヨフヨ、念の為さっきの門番たちチェックたのめる? 情報の漏洩がないかどうか』

『行ってくる』


 別におかしなところがあったわけじゃない。

 同じ轍を2度踏まないためだ。誘拐は未然に防ぐ。


『大丈夫』

『ありがと。護衛ふたりと、カレン先生もお願いできるかな?』


 カレン先生は、ちょっと気が引けるな。

 でももし誘拐犯さんが来たら、部員も巻き込まれる。

 敵国の国家元首たちはフヨフヨがチェック済みだけど、それだけで安心は出来ないと思う。


『大丈夫。大隊長の眼、欠損。カレン先生、ユイエルを筆頭聖女候補って報告してた』

『……ん!?』


 情報漏洩がないのはよかったけど……。

『聖』候補。しかも筆頭? わっつ? 男だし。

 え、なにしてんのカレン先生。


『だ、誰に……王様に報告したの?』

『うん』

『……直接?』

『うん』


 カレン先生、諜報員だとは思ってたけど、その中でも偉いひと?

 しかも『聖女』を決める重要な任務中です?


『え、ちょ、助けて。女装させられちゃう』


 フェネカ、笑ってないで真面目にアドバイスプリーズ。


『フェネカさん?』

『わかってやっとるものと思っとったがの?』


『な、なにが……?』

『フヨフヨが報告するのは、ユイエルが聞きたいことじゃろ?』


 フヨフヨから肯定の波動。

 ……。


『……聖女がいちばん、戦場から遠い立場だってことなら、わかってる』

『ならなにが嫌なんじゃ? 妾は考えは読めぬ』


 ……俺はまだ10歳。まだ先送りできる問題だと思っていたかも。


『父様は帰って来るたびに謁見の間にいくよね』

『そうじゃの』


 そこにはいつも『宰相』と『元帥』がいる。

『5英傑』の立場は、送り出すものと送り出されるものに分かれている。


『聖女』は送り出す側だ。本来の役目は、国王の主治医みたいなものだから。


 ディープに揺られながら、考える。

 いまは護衛のふたりが交互に身体強化を使って警戒してくれている。

 俺たちは雑木林の中の獣道を北へ向かっているみたい。


 ……俺は、戦争には絶対に行きたくない。

 だから『宰相』『聖女』は魅力的なポジションに見える。『元帥』は指揮する立場のはずだからそんなに魅力的じゃないけど。


 でも、もしなったらなったで、嫌な立場だ。


 きっとギーゼラは、実践経験を得ようと積極的に戦場へ行く。『剣聖』になるために。

 止められない。夢は叶えて欲しいし、この国が戦争に負けて蹂躙されればいいとも思えない。


 俺は、15歳の女の子を戦場へ送り出して、ぬくぬく楽しく生きられるだろうか?

 たぶん、無理だ。

 本人の希望だとしても、5年間ともに過ごしたあとなら、余計に無理。


 父様が出征するのだって、ほんとうは心配だ。でも大人だし、男だし、最強だからきっと大丈夫と言い聞かせてる。


 ギーゼラだけじゃない。きっとシェキアも、ひょっとしたらここにいる8人全員が戦場へ行く。


 つまり俺は、戦場には行きたくなくて、でも見送るのも嫌なのだ。逃げ出したい。

 わがままなんだろうと思うよ。


 それにきっと、逃げ出すのも無理だ。だって気になるでしょ?

 できることなら守りたい。レガデューア家の使用人たちも守りたいから、王都まで攻め込まれるなんて想像もしたくない。


『みんなに戦わせて、俺だけ悠々自適なんて嫌だよ。出来ない。八方塞がりだから、先送りしちゃってたんだと思う』

『なにも塞がっとらんの?』


『なんで?』

『自分で制限をかけとるんじゃ。たとえば、宇宙のモンスターと山のドラゴンは、なんで倒さんのじゃ? 加護の足しになりそうじゃろ?』


 フヨフヨとシリュウの同族だ。いまのところ害になってないし。


『たとえば、そうして加護を上げて、国境に巨大な壁でもこしらえたらどうじゃ?』

『それは壊されるだけじゃない?』


『そうかの?』

『敵国の砦は賢者さまが壊してるみたい』


『敵国には賢者も剣聖も、ユイエルもおらぬ』

『……』


『加護だけでなく、立場を得れば、できることは増えるじゃろう。中途半端がいちばん良くなかろう?』


 ……フェネカのいうたとえを実行する気はない。クラゲさんたちは漂ってるだけだし。

 けど、もっと出来ることはあるってことだ。


 なんとなくビビって挑戦できないのは、前世からの悪癖だと思う。

 変わろうと思っていても、そう簡単には変わらない。

 でも……。


『……聖女の名称も変えさせられるかな?』

『そうじゃ。認めさせればよいのじゃ』


 フェネカだけでなく、お供たちみんなから肯定の波動が来た。


『ありがとう……やってみるよ。わがままの通る立場を目指してみる』

『うむ。妾たちに遠慮などいらぬ。返しきれぬ恩があるゆえ、遠慮されるより命令された方が嬉しいくらいじゃ』


 またみんなから肯定の波動が。

 ディープは恩なんて覚えてないよね? なのに肯定しちゃうのか。命じゃなくてニンジンの恩かな。ディープの首を撫でる。


 フヨフヨがなんだか楽しそうな波動。なんで? なに思いついちゃったの?


『ユイエル、誇れ。世に合わせる必要などない。お前がしたことは正しい。人を救うことは正しい。なにを言われようと、堂々と己の道を進め』

『……フヨフヨ? 父様のモノマネ?』


 肯定の波動。

 記憶力すごいな。そっくりだった。フヨフヨ、成長する方向間違ってない?

 モノマネは覚えなくてよかったと思う。励まされたけど。


 やがて俺たちは、開けた場所で馬を止めた。

 森というほど木は密集しておらず、いまのところそばにモンスターの気配もない。


 眼帯の大隊長がくるりと振り返る。


「この近辺をお使い下さい。スライムは、来年のために増やさねばなりませんので、できれば倒さずにおいていただけると助かります」


 1歩前に出る。


「わかりました。でも、モンスターを探す前にひとつやってみたいことがあります」


 このひとの眼球を再生する。

 もし、再生できることを知らずに筆頭候補と報告したなら、たぶんこれでほとんど確定する。


 カレン先生の位置を確認。

 いちばん後ろだったけど、目が合うと前に出てきてくれた。


 大隊長を見て言う。


「眼帯の下を見せていただけませんか?」

「……かなり、見苦しく……怖い思いをするかと思いますが」


「後学のため、必要なことです。その、申し訳ないですが、お願いします」

「わかりました」


 大隊長が馬を降りた。

 俺も続くと、全員が馬を降りる。

 自然と人と馬が分かれて集まる。


 カレン先生はすぐ隣に。

 エマやトーニくんはちょっと不安そう。ごめん。でもたぶん、この先見る機会は来るかもしれない。それは欠損じゃなくて遺体かも。

 もしそうなったとき、油断しないで欲しい。


 大隊長は俺たちを見回すと、ゆっくりと眼帯を外した。

 息を飲む音が複数。

 まぶたが内側に入り込んだようになって、失礼ながら気持ちが悪い。


 あえて両手を組む。

 そして わずかにアストラルボディをずらす。


再生リジェネレイト

「なっ……」

「まさかもうっ」


 本人だけでなく、カレン先生も驚いている。

 やっぱり知らなかったみたい。銀髪紳士の欠損を治してから2年か。

 よくバレなかったな。


 ああ、清々しい気分。これでもう、隠さなくていい。欠損をみかけたら、すぐに治せる。

 あれもこれも隠すのはそれはそれでしんどい。

 ……本人の許可は取るべきか。

 ごめん大隊長。


 大隊長には、キレイな青い瞳が2つ揃った。


「勝手に治してすみません。ちゃんと見えますか?」

「…………は、はい。よく、見えます。ありがとうございます。聖女さま」


 なんか、腰に佩いた剣の柄を握りしめて涙ぐんでいる。剣士なら、片目は結構つらいのかも。

 けど、聖女じゃないから。その名称は変えて欲しい。


「聖女じゃないです。男ですから、絶対嫌なのでやめて下さい」

「こ、これは、大変失礼を……」


 大隊長は頭を下げた。

 カレン先生がちょっとうろたえているかも。上手くいった気がする。

 王様に伝えてね。


「よし、みんなモンスターを探して順番に倒そう。剣で倒すのはなし。魔力をちゃんと使って、部室で出来ないことをためそう!」

「……おまえ、やはり試験は手を抜いているな!?」


 うん。

『5英傑』目指さないって言ったよね。あれは嘘になったよ。


 おそらく、頻繁に攻め込まれる理由のひとつに『聖女』不在がある。

 敵国はいまが狙い時と思っているわけだ。とくに『剣聖』『賢者』に大怪我をさせれば治せるものはいないと。土地よりふたりを狙っている。


 10歳の男でも、つとまるだろうか?

 たぶん他国への牽制には不十分。


 立場を得て、いろんな人の手を借りて、すこしでも戦争を減らそう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る